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由佳と鍋1

今回は、この前の続きだ。

では、ダイブ。


由佳とのカラオケの帰りに、鍋の食材を買いにスーパーに寄った。

俺のアパートに近い、よく行く大きな食品スーパー。


前のときのように俺がカートを押す。

「そう言えば、何の鍋をするか決めてなかったよな。普通は鍋を決めてから食材を選ぶんじゃないの?」

「うん。だけど、無難に寄せ鍋とかちゃんこ鍋とかじゃない。」

「うん、そうだな。その違いがよくわからないけど。」

「うちではそのどっちか。」

「家で鍋するんだね。うちもするけど。」

「うん。と言っても年に2、3回くらいかな。」

「そう。食材は、まずは肉からにしよう。鍋に入れるなら鶏か豚になるよな。どっちにしようか?」

「鶏。」

躊躇なく由佳が答える。

二分の一の確率だが残念だ。

俺の暗い顔を察して由佳が尋ねてくれる。

「真ちゃんは?」

「豚。豚一択。迷う理由がない。」

由佳が笑う。

「なら聞かなかったらいいのに。別に私はどっちでもいいけど聞かれたから答えただけ。もし、私が鶏でないとダメって言ったらどうしてたの?」

「聞いた手前僕も大人だし、泣きながら飲み込んでた。」

おもしろく言ったのだが

「そんなに鶏が嫌いなの?この前焼き鳥とか唐揚げとか注文してたじゃない。」

「それなんだよ。そういうのはすごく好きなんだよ。ほかにもファミレスで鉄板の上に乗ってジュージュー言いながら出てくるやつとかも美味いよな。ケンタッキーなんか、食べながらあの世に行ってしまいそうになるよ。」

「何が嫌いなの?」

「むね肉とかささみ。鍋ってむね肉だろ?」

「そうかな。」

「水炊きなんて悲惨だったよ。親戚の家にお年始とかに行って、昼ご飯が水炊きって。味が付いてるのか付いていないのかわからないむね肉のかたまりを、ポン酢に着けて食べるって。僕はすっぱいものが嫌いなのに。親戚連中は、あっさりしていいね、なんて美味そうに食ってたけど、正気かって思ったよ。」

「真ちゃん、すっぱいもの嫌いなの?」

「うん。食べられなくはないけど苦手。で、水炊きって味が唯一ポン酢だろ。食事って言うより修行だったな。これを食べられるようになったら新しい境地が開けるのかな、みたいな。下手すりゃ、修行を通り越して拷問だったな。」

「拷問って。うちは鍋にはお父さんやお母さんの好みで、もも肉とか手羽先とか入れてるよ。」

「え、そんなのありなの?うちや親戚はどんな鍋でもむね肉だったけど。だからずっと鍋に入れる鶏肉はむね肉って決まりがあるって思ってた。」

「そうなの。でも、鍋って別に何を入れちゃダメなんて決まりはないでしょ。美味しく食べたいなら入れたいものを入れたらいいんだよ。」

由佳のおかげで鍋の肉の幅がグッと広がった。

もも肉や手羽先がいいのなら鶏肉も大歓迎だ。

やがては、牛肉どころかヤギやヒツジやイノシシも入ってきそうだ。

「そうか、そうだよな。次はそれでいこう。」

とりあえず、今日は豚肉にした。


「次はスープだな。パッケージに入れる具材が書いてあるからそれ見て具材を買おう。」

売り場へ行くと、結構な種類の鍋のスープが売られている。

由佳にまかせると、ちゃんこ鍋を選んだ。

次は野菜やキノコだ。

由佳と並んでカートを押していたら

「あっ、先生。」

斜め前から声がした。

お母さんと娘らしき二人組。

生徒だ。

視野には入っていたけど、全くわからなかった。

学校とは違って眼鏡をかけて、私服だったらわかりようがない。

まずはお母さんに挨拶。

「岡山北高校で生物を担当しております桐島と申します。いつも学校の運営にご理解とご協力をいただきまして、ありがとうございます。」

お母さんは、おそらく地元であろうスーパーで、娘の通う高校の教員から挨拶されることは全くの想定外だったのだろう。

少し慌て気味に

「北高の先生ですか。娘がたいへんお世話になっています。」

ここは、何か世間話でもするのが自然だよな。

「谷田さん、こんにちは。買い物?」

当たりまえのことを聞く。

スーパーで買い物以外に何をするのか、逆に聞きたい。

「はい。」

「今日は眼鏡なんだね。」

「はい。いつもはコンタクトなんですけど、今日は早めに外したので。」

「家は近く?」

「東古梅です。」

近いなこの子、要警戒対象だ。

もじもじしていた谷田が思い切って言う。

「先生、その人、噂の彼女さんですか?」

「えっ。」

といってしまった。

「沙也加、あんた、何言ってんの。先生、すみません。もう、こんな子で。」

お母さんが慌てて謝る。

「いえ。」

お母さんの手前、返事に困る。

互いに気まずくなって、次の言葉が出ない。

「先生、今晩はお鍋ですか?」

お母さんが上手く切り抜ける。

やはり年の功だ。

「はい。」

「そうですか。この季節はお鍋が美味しいですよね。楽しんでください。」

谷田が何か言いたげに俺を見ているが、俺たちは軽く会釈をして向きを変えた。

おそらく、彼女と二人で?ということだろうな。

谷田親子と別れて、買い物を続けながらもそれが気になる。

「この前のイオンの子たちもそうだったけど、今の子って、はっきりものを言うのね。で、あの子が言ってた噂のって何?」

「だから、アイツらが言いふらしている若くて美人の彼女ってこと。」

「そう。困るなぁ。美人でもないし、いつまでも若くないのに。」

由佳が本当に困ってるようだった。


しかし、まずいな。

あいつが意外におしゃべりだったら、また広まるぞ。

いや、こっちのネタの方が皆が食いつきそうだ。

俺の部屋で彼女と二人っきりで鍋。

鍋の後は・・・。


それはないのに。

考えてもしょうがない。

もうやめよう。


「僕としたら、激辛キムチ鍋なんて、この季節には体が温まっていいんだけどな。」

「またそんなこと言う。真ちゃんはそうかもしれないけど、私は死んでしまうよ。拷問どころじゃないよ。」

「まあ、激辛は置いといて、普通に売られてるキムチ鍋のスープなんて全然辛くないよ。少し前に、姉ちゃんが呼んでくれてキムチ鍋をよばれたけど、幼稚園児の甥っ子もおいしいって食べてたよ。」

「私は無理だわ。て言うより、食べたくないの、辛いものは。」

「えー。それくらいは食べてくれないと、これから一緒に楽しめないよ。」

と言ってしまってからまた後悔した。

何でいつもこうなんだ、俺は。

由佳は?

さばさばした顔で俺を見ている。

「私は食べないから、真ちゃんが食べたいなら一人で食べて。それは自由だから。でもどうしても彼女とか奥さんと一緒に激辛を食べたいのなら、そういう人見つけて。」

目が笑ってるから、本気じゃないのがわかった。

よかった、本当によかった。

「ごめんなさい。激辛がどうしても食べたいときは一人で食べます。家でのカレーは中辛で十分です。」

「わかればよろしい。」


家でのカレーの意味、わかっているのかな?

俺と由佳と子どもたちで食べるカレーってことなんだけど?

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