由佳との出会い
由佳ワールドでは、俺は岡山市在住の26歳の独身。
県立高校に勤める理科教師。
専門は生物。
この部分は現実と同じ。
この職について4年目。
一人暮らしでアパートに住んでいる。
なぜ?実家は?などといった不必要な設定はしない。
必要になれば設定するし、不都合が生じればすぐに変わる。
明日には実家に両親と住んでいることになるかもしれない。
歴史が好きで、特に古代史に強い興味を持っている。
古代史の本は生物関係の本と同じくらい持っている。
これもリアル世界と同じ。
ではダイブだ。
俺は、昨日届いた「大歴史研究」の6月号を読んでいた。
これは、年会費を払って会員になれば毎月の月初めに送られてくる冊子だ。
大きな特集が一つと小さな特集がいくつか。
大きな特集は、古代、戦国、江戸、幕末、近代などの様々な時代の中から、あるテーマで構成されていてかなり読みごたえがある。
ちなみに先月号は「聖徳太子は実在していたのか?」、先々月号は「鎌倉幕府の崩壊とその実態」。
俺は古代史が好きだが、それ以外の時代のことも知らないことを知りたくて、隅から隅まで目を通している。
そして、今月号の大きな特集は「知られざる江戸時代の庶民の暮らし」。
現代人の生活とは大違いで、なかなか面白い。
例えば、江戸時代の初期の食事は朝夕の2食が基本で、中期以降に3食が定着したとか。
これには菜種油を使った行灯が普及し、夜間も活動できるようになったことなどが背景にあるらしい。
食事のこと以外にもいろいろと書かれており、どれもへ~と思わされることばかりだ。
一気に全部を読んでしまっては楽しみがなくなってしまうので、半分ほどでやめて、この本の最後の方にある教えてくださいや譲ってくださいのコーナーを見るともなしに見る。
今のご時世では名前と住所を載せるなんてもってのほかだが、話の都合上、載っていることにする。
ざっと目を通していて、ある教えてくださいに目が留まった。
「山辺皇女について書かれた書籍、雑誌等をご存じの方、小さなことでも何でも結構ですので、ぜひ教えてください。」
何か切実だな。
山辺皇女といえば大津皇子の妃だったな。
俺、山辺姫皇について書かれた本を持っている。
永井路子さんが執筆された「裸足の皇女」。
山辺皇女が主人公の小説だ。
お願いしている人の住所は岡山県倉敷市。
名前は橘由佳。
全国誌で俺の住む岡山市の隣の倉敷市とは。
これも何かの縁だ。
俺は一度読んだ本はまず読み返すことはない。
読んでもらえるならあげてもいいな。
ハガキを送ることにした。
前略 大歴史研究の6月号にて、山辺皇女に関する書籍等をお探しと拝見しました。私、永井路子さんが書かれた「裸足の皇女」という小説を存じております。タイトルからおわかりと思いますが、山辺皇女を主人公とした小説です。小説ですので、フィクションが多々あるのはわかっております。お探しのものに当たるかどうかわかりませんが、私、その本を持っておりますので、もし興味を持たれたなら差し上げます。すでに知っていたとか、興味がないようでしたらお返事は結構です。読んでみようかなと思われたらご連絡ください。 早々
名前と住所と携帯番号を書いておいた。
早く出さないとと思いながらも、ついつい出し忘れ、投函は月末になってしまった。
ハガキを出してから2日ほど経った日、仕事から帰って着替えていると、知らない番号から電話が入った。
080か。
基本、個人の番号からの電話には出ることにしている。
0120や0800には出ない。
ろくなことがないから。
「はい、桐島です。」
「突然に申し訳ございません。私、橘と申します。」
すぐにわかった。
「ああ、山辺皇女の。」
「はい。今日おハガキをいただきました。ありがとうございました。」
「いえいえ、届きましたか。お電話をもらえたってことは、読まれるってことですか。」
「はい、ぜひとも読ませていただきたいと思っています。」
「よかった。じゃあ送りますね。住所はわかっていますから。」
「そんな。本をいただく上に送っていただくなんて。」
「いいんですよ。僕は一度読んだ本はもう読むことがありませんから。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。でも、送料まで出していただくわけにはいきませんから、宅急便の着払いで送ってください。」
「そんなことをしたら、かなり高くかかりますよ。このくらいの本ですと一番安い方法だと300円ほどで送れますから。それで送ります。」
「そんな、それは申し訳ないです。」
「気になさらないで下さい。本にとっても読みたい人のもとに行く方が幸せですし、僕もそうなることが嬉しいんです。それじゃあ、明日にでも発送しますので、しばらく待ってて下さい。」
しばらく間が開いて
「ありがとうございます。本当に。」
「いいえ。では。」
よかった。
お役に立てて。
まずは、着替えよう。
お腹もすいている。
発送の準備は食べてからにしよう。
ビールを飲みながらスーパーで買った弁当のおかずをアテにして食べる。
俺は、酒を飲むときは白米は食べないので、白米は明日の朝食で食べる。
最近、このパターンが増えてきた。
食べ終えて少しネットをしていたら電話が鳴った。
「はい、桐島です。」
「橘です。」
「あ、こんばんは。」
この挨拶は変かな。
「こんばんは。すみません。あの、本のことなんですが、手渡しでいただけませんか。」
「え、それはいいですけど、何でですか?」
「私、あなたにきちんとお礼がしたいんです。こんなにしていただいて。」
「いえ、そんなに言ってもらえるようなものじゃないですよ。本だって古本屋で500円くらいで買ったものですし。」
「値段じゃないんです。私、あなたからハガキをいただいたとき、本当に嬉しかったんです。教えていただける上に、読みたかったらくださるなんて。あなたが教えてくださらなかったら、この本に出合うこともなかったです。それにこの本、絶版ですし。だから、私の気持ちとして、きちんとお礼をさせて下さい。」
言葉ひとつひとつに強い気持ちがこもっている。
おそらく、いくら断っても断らせてもらえないんじゃないのかな、と勝手に思ってしまった。
なら
「わかりました。お言葉に甘えさせてもらいます。」
「あーよかった。ありがとうございます。じゃあ、お食事にご一緒してもらえませんか。物は食べ物にしても好みがありますから、もらっても困るものもがありますし。お食事なら、お好きなものを食べてもらえるでしょ。」
「そう言われればそうですね。」
「ただ、私と二人で食事するのがまずいとかありますか?」
「どういうことですか?」
「彼女さんがいるとか。」
「今はいません。」
「よかった。じゃ、お食事、お願いします。」
「はい。こちらこそ。」
「桐島さんは、和洋中華、どれがお好きですか?」
「そうですね、洋食が好きです。」
「わかりました。日時とかはまた都合を聞かせてください。そうだ、LINEを交換しませんか。電話だと出られないこともありますし。」
「そうですね。いつでも見られますしね。」
俺たちはLINEを交換して電話を切った。
彼女とLINEで繋がった。
俺もそうしたいと思ったが、俺からは言えない。
まさか、彼女の方からそんなことを言ってくれるなんて。
彼女からのLINE、やっぱり業務連絡だけかな。
それでも待ち遠しい。




