由佳と新見
三連休を利用して、呉の大和ミュージアムと厳島に行く。
日帰りでよかったのだが、妻がゆっくりとしておいでと言ってくれたので、一泊することにした。
今、電車の中。
しばらくダイブだ。
今、新見に行くべく、国道180号線を北上している。
もちろん、由佳を助手席に乗せて。
今のうちに行っておかないと、冬本番になってしまったら、冬タイヤを持ってない俺は県北には行けなくなる。
新見は俺のホームタウン。
いつかは帰ることになるだろう、由佳を連れて。
「由佳の会社って、由佳と同じ部署に何人いるの?」
「私を含めて3人。」
「経理だと、みんな女の人?」
「うん、そうよ。」
「何歳くらいの人?」
「正確にはわからないけど、一人は50歳くらいの大ベテランの人。」
「お局様?」
「ううん、そんなことないよ。いろいろ教えてくれる頼れる人よ。」
「もう一人は?」
「いくつくらいだろう?中1と小5の子どもがいるって。いうから、30代後半だと思う。とってもさばさばしたいい人よ。」
「そうか。よかったな。3人じゃ合わなかったら大変だよな。」
「ほんと、感謝してるよ。」
「あとは、営業の人?」
「そう。営業に同期が一人いるの。私のときは採用が二人だったから。」
「営業だったら男?」
「女だよ。美玖ちゃんっていうの。文具メーカーだから、女性の営業もいるんだって。とはいえ、とってもパワフルな子よ。男性社員に負けてないよ。」
「へー。」
「僕のこと、職場で話したことある?」
「ないよ。聞かれたことないし、私から話すことじゃないから。」
「真ちゃんは?」
「俺から話したことはないけど、あの3人のヤツらのせいで、結構先生らまでも知ってる。」
「先生も?!」
「親しい先生になんか、『結婚式には呼んでくれよ』なんて言われて。」
「えー、まだ早いよ。」
「うん。そう言ってる。まだどうなるかわからないよとも。」
「え、それあるの?」
「ない。カモフラージュ。」
「そう、よかった。」
俺たちはドライブの間はずっと話しているな。
行った先でのことより、この時間の方が楽しかったりして。
「真ちゃんって、部活の顧問あるの?」
「してるよ。みんな何かの顧問をしてる。ただ、先生が80人近くいるから、第二顧問とか第三顧問が多いけど。」
「真ちゃんは?」
「柔道部の第三顧問。」
「やはり柔道?高校までやってたんだよね。」
また新しい設定が。
「で、第三顧問って何やるの?」
「行きたいときに行って一緒に練習するくらい。僕は高校までしかしてないから、指導はできない。第一顧問の先生が体育の先生で、6段で柔道の県連で役員やってる人。もう、55歳なんだけど、この前の役員会で、若手に頑張ってもらわないと困ると言われたって苦笑いしてた。第二顧問も大学まで柔道してた国語の先生。」
「へー。柔道している人って結構いそうだしね。部員って何人くらいいるの?」
「男女合わせて30人くらいかな。」
「女子もいるの!」
「いるよ。女子柔道って盛んじゃない。オリンピック見てもわかるだろ。今じゃ、たくさんの学校に女子部員がいるよ。」
「女子は女子どうしでやるの?」
「いいや、少ないし、それじゃ練習にならないから、男子ともやるよ。寝技も乱取りも。」
「えー!寝技も!」
「だから強くなるんだよ。うちの女子で、中国大会のチャンピオンがいるよ。」
「すごいね。その子強い?」
「強いな。52kg級だから、僕とは体格差があるけど、油断してたら投げられるよ。」
「真ちゃんともやるの!」
「やるよ。と言っても、僕が座って練習を見ているところに、お願いしますって来たときだけ。指名が掛かったら寝技もやる。」
「えー、いいの、それ?」
「そんなこと言ってたら、柔道なんてできないよ。それに、あの子らからしたら、僕なんか、もうどうでもいいおっちゃんじゃないのかな。」
「でも、当たるんじゃないの、胸とかに。」
「そりゃ、当たるよ。でも、本気でやってるから、お互い気にしない。」
「そうなんだ。」
「少しは気になるときもあるけど。」
「目がやらしいよ、先生。」
「おっと。まずいな、これは。」
高梁のドライブインでトイレ休憩。
ここまで来たら、新見は近い。
とはいっても、あと40分は掛かるかな。
話していたらすぐだ。
走り出す。
「でな、さっきの話の続きだけど。」
「うん、女子部員の胸が柔らかいって話よね。」
この前に一緒に飲んで以来、しらふでも由佳が辛らつだ。
「な、何の話。違うよ。そんなこと一言も言ってないだろ。」
「そうだったっけ?」
「もう、やめてくれよ。そうじゃなくて、高校のとき始業式や終業式で、部活の表彰式があっただろ。優勝したとか、入賞した生徒の。」
「うん、あったあった。」
「でな、女子柔道の場合だけ問題があるんだよな。」
「何が?」
「校長が賞状を読み上げて、生徒が受け取るだろ。」
「うん、それが何か?」
「女子柔道は体重で階級が別れってるだろ。それが書かれているからまずいときはまずいんだな。48kgとか52kgとかならまだいいけど、63kgとかになると、女子だったら全校生徒の前で読まれるの嫌な子いるだろ。現にそういう階級の子いるし。」
「あー、そういうこと。」
「校長もしばらく考えて、読んでいいものかって顔をするんだよな。」
「で、読むの?」
「いや、この前は○○kg級、第3位ってごまかしてた。」
「校長先生、やるね。」
「うん、なかなか気遣いのできる校長だよ。」
伯備線の石蟹の駅を過ぎたので、もう新見の中心に近い。
あまりに地元過ぎて、どこをどう案内するか考えてもいなかった。
どうしようかな。
この流れでまずは美術館へ行こうか。
美術館を出る。
「洞窟って好き?」
変なことを聞いている気がする。
でも、新見と言うと井倉洞か満奇洞は譲れないスポットだ。
「好きかって言われても・・・でも、面白そう。」
「じゃあ、井倉洞に行こう。」
満奇洞も神秘的でいいのだが、結構遠い。
ルートを選んで、先にそこに行かないと難しい。
その前に、昼ご飯を食べよう。
新見駅前にある郷土料理の店に入る。
新見で高校まで18年間生きてきたが、この店に入るのは始めてだ。
というより、ここは自分で稼ぐようになってから来るべき店だ。
メニューを見てびっくり。
定食を食べるつもりでいたが、幅はあるものの、上を見ると5000円に近い。
ボンビーな俺たちは、一番リーズナブルな日替わり定食を注文した。
そして、井倉洞へ。
俺も、小学校の遠足以来だ。
料金は大人1000円。
なかなか取るが、全長1,200mもあれば維持費が大変そうなのがわかる。
中は別世界だ。
異世界と言ってもいい。
幻想的な光に、上から下から伸びた鍾乳石が照らされている。
何とも表現しがたい変わった岩や大きな池、滝。
しょっちゅう立ち止まっては見入ってしまい、一時間ほどは中にいた。
洞窟を出て時計を見ても、まだ3時過ぎ。
やはり、ちゃんとプランを考えていないからこんなことになる。
車に乗って由佳に尋ねる。
「どこか行きたいところある?」
「ん~。強いて言えば真ちゃんの家くらいかな。」
イタズラっぽく答える由佳。
「じゃあ、行こう。母ちゃんが待ってる。」
真顔でアクセルを踏む。
「えっ、ちょっちょっと待って。わかってるでしょ、冗談だって!」
本気で焦る由佳がかわいい。