由佳の誕生日
今日は出張で、津山の高校へ研究授業を見に行く。
1時間半ほど掛かるかな。
では出発とともにダイブ。
今日は9月17日。
由佳の誕生日だ。
一応、前もって聞いておいた。
「由佳の誕生日って、家でお祝いしたりする?」
由佳はくすっと笑って
「もう社会人よ。しないよ。高校まではプレゼントもらったりケーキ食べたりしてたけど。」
「そう。じゃあ、誕生日の17日って、夕ご飯でもどう?」
「ほんと、嬉しい。」
「平日だから、仕事の帰りに、どこかの店で直に待ち合わせようか。」
「うん、それがいいね。」
「どこがいい?」
「どこでもいいよ。」
「由佳の誕生日のお祝いなんだから、由佳が決めてよ。」
「本当に、私、どこでもいい。」
「そう、じゃあ、久しぶりにステーキガスタに行きたいんだけど、いいかな。」
「うん、私も長いこと行っていないよ。あそこのサラダバーがいいのよね。」
当日。
駐車場で待っていると、由佳の車がすぐに入ってきた。
「おまたせ、ちょっと出るのが遅くなっちゃって。」
何と、俺がプレゼントしたワンピースを着てきてくれた。
ワンピースは買ったときに見たが、由佳が着ているのを見るのは初めてだ。
似合いすぎて、かわいすぎて、口が開いたまま見とれてしまった。
「どうしたの?」
「いや、かわいくって、やられちゃった。」
こんなのが、普通に言えるようになっている。
「もう、何それ。恥ずかしいよ。」
いっしょに店に入って、テーブル席に座る。
プレゼントはだいぶ前にあげているというか、目の前にあるので、言葉だけになるが
「由佳、誕生日おめでとう。」
「ありがとう。」
好きなステーキを注文して、バイキングの方へ。
俺は、カレーライスを少しと、サラダをたくさん取って、席にに戻った。
少しして、サラダをいっぱいに盛った由佳が戻ってきた。
ワインで乾杯と行きたいところだけど、仕事帰りだから仕方がない。
ステーキも運ばれてきたので、食事を始める。
「今日は、僕がステーキの店に決めちゃったけど、由佳って、肉と魚だったら、どっちが好き?これはもっと先に聞いておかないといけなかったな。」
「う~ん。どっちか選べと言われたら、肉かな。でも、魚も好き。サケとかマグロとかサンマとかサバとか。刺身も、焼くのも、煮付けるのも、ソテーも好きよ。真ちゃんは嫌うけど、アジの塩焼きも私には美味しいよ。」
「そう、結局何でも食べられるってことだね。嫌いなものってある?」
「あるにはあるよ。」
「何?」
「・・・笑わないでよ。」
「うん。で、何?」
「グリンピース。」
「えっ?」
笑ってしまった。
「笑わないって言ったのに!」
「ごめんごめん。で、何で?」
「理由はないよ。食べたらどうかなるわけじゃないけど、食べられないだけ。だから、シュウマイに乗ってても、外して食べる。」
「ほかには?」
「辛いもの。」
「辛いものって、辛いカレーとか、唐辛子が入ってるものとかのこと?」
「そう。キムチはもう何年も食べてないし、カレーは中辛まで。」
「えーそれはダメだわ。人生の半分は損してる。実は、僕、激辛好きなんだよね。」
「えーウソでしょ。」
由佳が困った人を見る目で俺を見る。
「何で。カレーは基本、大辛でしょ。グリコのLEEっていうレトルトカレーがあるんだけど、知ってる?」
「知らないよ。どうせすごく辛いんでしょ。」
「僕にとっては辛いうちに入らないんだけど、たいていの人は辛いって言うな。普段は10倍と20倍が売られてるんだ。」
「20倍って何!私には絶対に食べられないな。」
「中辛までの人には、絶対無理。で、そのLEEなんだけど、夏になったら期間限定で30倍が売り出されるんだ。」
「想像するだけでお腹が痛くなってくるよ。」
「でね、それに辛さ増強スパイスってのが入っててね。そうだな、スーパーで寿司を買ったら小さな袋に入った醤油がついてるだろ。あんな感じですごいこげ茶色の液体が入った小袋が付いてるんだよ。で、それを加えたら40倍になるんだ。」
「どこまで行くんだろう。」
諦めの表情の由佳。
「これは辛いよ。僕もこれは認める。こいつなら僕と語り合えるなって。つむじから汗が出てるのがわかるもん。でな、注意して食べないといけなくって、口の周りに付いたら痛いんだよ。ひりひりして。それで痛いからって手で拭ったら、今度は手が痛い。」
「もうやめて。」
由佳の顔色が悪い。
馬鹿な俺は、ここでやっと気が付いた。
これは大変なことをしてしまった。
せっかくの由佳の誕生日なのに。
「ごめん、だいじょうぶ?調子に乗っちゃったよ。本当にごめん。」
「いいよ。こんなくらいでまいっちゃう私もどうかと思うよ。」
悪いのは、100%俺なのに、こんなことを言って俺を気遣ってくれる。
由佳はずっと、嫌な顔をしていたのに、何でやめなかったんだろう。
本当に、調子に乗ってしまったとしか言いようがない。
なんとか、楽しい誕生日にしたい。
どうしたらいい。
考えろ、思い出せ、何かを。
由佳を幸せにできる何かを。
そのためなら、何でもする。
あ、そうだ、前に由佳からスイーツに目がないっていうのを聞いたあことがあるぞ。
「由佳はスイーツが好きだったよな。」
「うん、好き。スイーツならいくらでも食べられるよ。」
「じゃあ、これから、ここを出てスイーツの店に行こう。」
「え、いいの!」
「うん。でも、こんなに食べた後で、食べられる?」
「食べられるよ。スイーツは別のところに入るから。」
「わかった。由佳の行きつけの店、教えて。」
「じゃあ、私の後をついて走って。」
由佳が元気になった。
よかった。
会計を済ませて、由佳の後をついて走る。
俺には全く縁がないと言うか、究極的に真反対のスイーツの店に入る。
「好きなだけ食べて。で、・・・さっきの許して。」
「えっ?許してって何を?でも、好きなだけ食べていいって言ってくれるんなら、好きなだけ食べるよ。こんなチャンス、めったにないもん。後で後悔しても知らないよ。」
由佳が嬉しそうにイタズラっぽく笑う。
いい、いい、お腹がはち切れるまで食べてくれ。
本当に、好きなだけ食べてもらって、楽しい誕生日だったと言って欲しい。
それにしても、ほんと、また次を注文したよ。
いったいどこに入っていくんだろう。
人間の体にスイーツ専用の消化器官ってあったっけ?
まだまだ勉強不足だ。