由佳と花火大会
修学旅行の引率から帰ってきた。
もう、くたくただ。
ろくに寝られてない。
今日は寝るぞ。
軽く食べて、ビールを飲んだらダイブだ。
朝まで寝るぞ。
今日は、旭川の花火大会。
由佳を高庄駅まで迎えに行く。
想像していたけど、ゆかた姿の由佳はかわいすぎた。
一撃でやられた。
「どうかな。」
由佳の頬が赤い。
そんな由佳に、何て答えたらいい?
思っている通りに答えるしかないよな。
「かわいいよ。よく似合ってる。」
「ほんと?」
由佳の顔がもっと赤くなった。
先に晩ご飯を食べに、ファミレスに入る。
「今日は少し遅くなるけど、だいじょうぶ?」
「全然よ。子どもじゃないし。」
「だよな。由佳の家って、門限ってあった?」
「高校の途中まであったよ。でも途中でなくなった。」
「なんで?」
「お姉ちゃんのせいで。」
「あの、すさまじいお姉ちゃん?」
「うん。でも本人の前でそれは言わないでよ。怒るから。」
「わかってるよ。で、なんでお姉ちゃんのせいでなくなったの?」
「お姉ちゃん、私の3つ上でね、商業高校に行って卒業したらすぐに就職したの。高校のときから男の子にもててて、毎回違う彼氏をうちに連れてきてたよ。」
「ほー。それで。」
何か展開に期待してしまう。
「就職してからもすぐに会社の人とつきあうようになって、休みの日は毎日デートしてたのよ。でね、デートから帰る時間がどんどん遅くなっていって、最後のへんは12時とか1時になって。」
「お父さんやお母さんは?」
「言っても聞かないの。相手にも言えないし。危ないって頭抱えてたよ。」
「ふーん。」
「で、お母さんは私にはよく何時までには帰れって言ってたけど、それ以降は言わなくなった。まぁ、私は高校生だったから、普通の時間に帰ってたけど。・・・お姉ちゃん、高校の頃からいろいろやらかしてて、お母さんが何回か学校に呼ばれたことがあるの。お母さん、何でこんな子になっちゃったんだろうって、よく泣いてた。いくら叱られてもたたかれても変わらないし。」
「そうだったの。」
「それでね、子どもの頃はお父さんもお母さんも厳しかったんだけど、お姉ちゃんがやらかすようになってからは、少しずつ基準が甘くなっていって、よっぽどのことじゃないと怒らなくなったの。全部を怒ってたら体がもたないって思ったのかな。」
「そうか。」
「人間的にもすごくおおらかになって、だいぶ変わったよ。」
「鍛えられたってことかな。」
「一度壊れて、人格の再形成がされた感じ。」
「そこまで言う。」
「本当よ。でね、お姉ちゃん、3年前に結婚して、去年に子どもが生まれたんだけど、お父さんもお母さんも孫ができたら、孫かわいさに壊れてしまって。二人してしょっちゅうお姉ちゃんの家に会いに行ってるの。でね、孫ができてからは、私にお前も早く彼氏を作って、早く孫の顔を見せてくれって言い出して。なんなら、デートで2時や3時に帰ってきてもいいぞなんて言うのよ。どう思う?」
「そうか。3時までならOKってことだな。」
「そういうこと言ってるんじゃないよ。もー、なんで私の回りは困った人ばっかりなんだろ。」
食べ終えて、会場に向かう。
着いたはいいが、駐車場もほぼ満車状態で停めるまでにかなり掛かった。
河川敷に向かう人たちの群れに入る。
河川敷もほぼ満員状態。
なんとか二人が座れる空間を確保して、コールマンのシートを敷く。
「子どもの頃に来たことあるけど、すごい人ね。こんなことはなかったように思うんだけど。」
「うん。年々増えてるって話も聞くよ。この前調べてみたんだけど、県内でもかなりの花火大会があるね。」
「そうなの?」
「うん。県北が多いよ。近いところじゃ、総社や玉野も。そう近くないか。」
「もっともっと行きたいな。」
「うん、夏だけのものだから、頑張っていっぱい行こう。」
「うん、もう一枚の方のゆかたも着ないと。せっかく真ちゃんが2枚も買ってくれたんだから。」
「僕も見たい。あっちもかわいいよな。」
花火の打ち上げが始まった。
花火もきれいだが、演出がうまい。
見ていてまったく飽きない。
ここぞというシーンでは「おー」と大きな歓声に包まれる。
もちろん俺たちも大きな声を上げた。
「きれいね。」
「うん。」
とは答えるけど、花火に照らされた由佳の方がずっときれいだ。
フィナーレを飾る圧巻な花火で締めくくられ、花火大会は終わった。
時間は9時を少し回ったところ。
明日は由佳も仕事だ。
「どうする?帰る?僕はもう少し一緒にいたいな。」
「私も。少しどこかへ行きたい。」
とりあえず、車を出す。
どこか気の利いたところはないかな。
車で前を通った大きな神社で祭りをしていた。
「寄ってみようか。」
「うん。楽しそう。」
神社の駐車場に車を停めて、鳥居をくぐる。
参道の両側に屋台が連なり、とてもにぎやかだ。
こんな時間だが、子どもも結構いる。
歩きながら、初めて由佳と手をつないだ。
小さな手、細い指。
「私ね、子どものころからお祭りに行くのが大好きだったの。」
「そう、僕も。」
「何かが欲しいとか食べたいとかよりも、あの雰囲気が好きで。」
「わかるよ、非現実って感じだよね。あの独特の暗さ?明るさ?も。」
「うん、なんか、人でない人も混ざっていそうで。」
「楽しいんだけど、少し怖かったな、あのころは。暗いところに行ったら大変なことになりそうで。」
由佳がつないだ手を離した。
由佳の顔を見る。
うつむき加減で、顔が赤い。
どうしたんだろう。
すっと、両手で俺の腕に組む。
これを迷ってたのか。
嬉しい、由佳が腕を組んでくれるなんて。
由佳の胸が腕に当たる。
柔らかくて優しい。
参道を抜け、当てもなくまっすぐに歩いていると、末社の小さな天満宮の前に来た。
少し遠くににぎやかそうな参道が見える。
暗くて、周りに誰もいない。
思い切って言った。
「由佳、ぎゅっとしてもいいかな。」
心臓が爆発しそうだ。
「うん。」
少し恥ずかしそうに由佳が返事する。
由佳の前に立ち、ぎゅっとした。
由佳も手を回してくれた。
ずっとこのままでいられたらな。