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第9話 ゆるふわギャルは熱を帯びる

「シャウトマンが見つかったって聞いたけど、まさか男とはねー」


 ゆるふわウェーブ・ゴールデンガールは首の後ろに両手を添えながら、口に含んだ飴をコロコロと転がしていた。


「あれ? 私言わなかったっけ?」

「言ってない言ってない」


 橘さんはコンビニで買ったであろうクレープをもきゅもきゅと咀嚼しながら首を傾げた。

 木山さんはそんな橘さんに呆れた様子で手首をスナップしていた。


「てかシャウトマンじゃなくてスクリームボーカルね。ここ大事だから」

「あーそれそれ」

「えーと、木山さんも――」

「れんれんって呼んでって。さん付けも敬語もいらないし」


 いや、ハードル高いでしょ。


「……じゃあ恋で」

「まあ、それならいっか」

「恋も橘さんと同じようにスクリーモが好きでやってるの?」

「スクリーモ……?」


 恋は小首をきょとんと傾げて丸い目でこちらを見ていた。

 あれ? この人シュガースポットのドラムって言ってたよね? 


「私達のバンドのジャンルのことよ」


 橘さんがため息を付きながらフォローしてくれた。


「あー、はいはいうちらのアレね」


 パチンと指を鳴らしながら恋は橘さんを指さした。

 あ、橘さんが呆れて首を振っている。いっつもやってんだこのやり取り。

 まあ、ジャンルって色々あって一々覚えるの大変かもね。名前はわかんないけど「こういう音楽好きー」ってのはよくある話か。

 多分恋もスクリーモが――


「あたし別にそのスクリーモ?ってのが特別好きってわけじゃないかなー」

「えぇ……」


 おいおいマジかよ。まさかのばっさりだよこの人。じゃあなんでやってんだよこんなニッチなジャンル。


「あー誤解しないでね? 別に嫌いってわけじゃないよ? あたし全ジャンルまんべんなく聴いてっから。どれも好きだよ」

「じゃあなんでよりにもよってスクリーモやってんのさ。こだわりないならメジャーなジャンルやった方がウケよくない?」

「んー」


 そうだなー、と恋は大きく伸びをする。弓のように反った背骨が形のいい豊満なバストを押し出していた。

 この人大胆に胸元開いてっから、その仕草は男性特攻入るんだよなあ……


「確かにジャンルにこだわりはないけどさー。なんでもいいってわけじゃないんだよねー」

「……というと?」

「人だよ人」


 恋は両手の人差し指で「人」の字を作りながらニヤッと微笑んだ。


「“何”をやるかじゃなくて”誰”とやるか。これめっちゃ大事じゃない?」


 恋は不敵な笑みを浮かべながら品定めをするようにジッとこちらを見つめた。

 口調は以前軽いままだが、そこはかとないプレッシャーを感じて背筋がゾクリと震えた。


「恋ね。私以上に、というか私達の中で一番演奏に厳しいのよ。下手な演奏やったらその場で帰っちゃうくらい」

「だってー。下手な子とやってもつまんないじゃん? レベルあわせてあげなきゃなんだしー。そうしちゃうと全力で叩けなーい」


 恋はゆるふわに巻いたカールを指でクルクルと回しながらつまんなそうに言った。


「ウチのがっこにね、私についていける子いなかったんだ。だからつまんなくてさ。『さっく』んとこ入ったの」


 さっく。

 ふと橘さんを見ると、人差し指で自分を差しながらこちらを見ていた。

 ああ、ニックネームね。


「でもしゅがすぽのメンバーはすごいよ。みんなうまいもん。一々口に出さなくても察してくれるし。なによりみんな熱がある」


 ガリッ、と固いものを噛み砕くような音がする。


「まさっきーさ。さっくの歌聴いた? 熱いもの感じなかった? 激情は? 心揺さぶられてハイにならなかった?」

「……ああ、なった。なったよ」


 そうか。この人がシュガースポットにいる理由。それは橘さんの歌声に魅かれたんだ。


「だからジャンルなんて関係ない。あたしはあたしがこれ!って決めた人とやりたい。そんだけだよ」

「わかる……わかるよ恋!」


 ああ、同士よ。


「俺も橘さんの歌を隣で聴きたくて。橘さんの隣で歌いたくてこのバンドに入ったんだ! すっげぇ綺麗でさ! ワンフレーズだけでもう痺れるんだよ! やなことあってもイヤホンつけて再生ボタン押したらもう夢中になる。些細なこと全部忘れさせてくれるんだ! もうこの声以外いらないってなれる。そんな魅力があるんだよ! もうたまんなくってさ!」

「おー、もう虜だねマサッキー。一周回ってこれ愛の告白じゃね? どうしようさっく、バンド内恋愛は解散の前触れだよ」


 恋は両手を口元に当てながらきゃっきゃきゃっきゃとはしゃいでた。


「ばっ、馬鹿なこと言わないでよ! いいからさっさと行くわよ!」


 橘さんはプンプンと顔を赤くしながらズンズン前に進んでいく。

 

「へー、さっくがあんな顔」

「……怒らせちゃったかな」

「えーなにが?」

「いや、結構熱く語っちゃったし、キモがられたかなって」


 橘さんはそういう男女の関係みたいな不埒な理由で俺を誘ったわけじゃないから、そういう目で見られるのは嫌なのだろう。後で誤解を解いて謝っとこう。


「いやいや、ちょ、マジかまさっきー」


 さっきから気になってたけどまさっきーって俺の事? なんか……橘さんもアレだけどこの人も距離のつめ方すごいな。そういうもんなのかな。友達いなかったからわかんないわ俺。


「いやいや、マジか。まさっきーってちょっとアレだね」

「え、なにがさ」

「いやーあの子結構わかりやすいと思うけどねー」

「だからなにがさ」

「んー、なんだろねー」


 恋はパタパタと小走りで橘さんに追いつく。後ろから抱き着いてバランスを崩させていた。

 あー、女子同士でいちゃこらしてるよ。輪に入りづれぇ……少なくともここにベースが加わるわけだろ? んで下手すりゃもう一本ギターとキーボードがついてくるわけだ。

 俺やってけっかなぁ。


 橘さんに「置いてくわよー」と急かされたので俺も小走りで追いついた。

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