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第6話 Unleash!

「なにそれ! 信じらんない!!」


 橘さんは机をバンッと叩いて声を上げた。


「人の趣味否定するなんて最ッッッッ低!! 何様のつもり!? 誰が何を好きで、カラオケで何歌おうが勝手じゃない! それを指差して笑いものにするなんてどうかしてる!! 周りの奴らも周りの奴らよ! ロクに須賀君の人間性も知らないで他人から又聞きした情報鵜呑みにしてさ! 自分で見て確かめるってことを知らないのかしら!!」


 橘さくらは激昂する。スクリームをまともにできない自分へ向けた怒りよりもさらに荒く、高らかに激昂した。


「ああ、なんとなくわかってきたわ。なんっか変だと思ったのよね、あなたのクラスの雰囲気。要するにアレよね? 須賀君の元クラスメイトがここにもいて須賀君が転校してきたら馬鹿にして噂流したってわけ。で、それを真に受けて周りも色眼鏡で見てるわけだ」

「まあ、そういうことに……なるかな」

「なんかムカついてきた。明日辺りあなたのクラスに乗り込んで文句言ってやろうかしら」

「いや、よせって。君がそこまですることじゃない」

「でも!」

「ほら! あれだよあれ! 俺にもプライドってもんがあるじゃない? 女の子に庇ってもらうの情けなくて死にたくなるんだよ。男ってそういうもんなんだよ」


 橘さんにも立場ってものがある。爪弾き者である俺を庇った結果、彼女の積み上げたものが瓦解してしまう可能性がある。橘さんにそこまでする義理はないはずだ。


「そう……そういうものなの。私、男の子の気持ちよくわからないわ」

「まあ、そんなわけだからさ。橘さんが気にすることじゃないよ」

「……ごめん。そんなことがあるなんて考えてなかった。しつこく付きまとってごめんなさい」


 橘さんは深々と頭を下げる。


「いいって。俺も意固地になってたからさ。さっさと話してればよかったんだ。逆に時間取らせて悪かったよ」


 橘さんに頭を上げてもらうように促す。さっきとは真逆の構図になった。

 

 ……でも、なんか嬉しいな。俺なんかのことに本気で怒ってくれてさ。

 今まで親身になってもらったことなんてなかったから。


「でも、なんかさ、こう……悔しいな」

「え?」

「そんなさ、くだらないレッテル貼りで須賀君の優しさとかがみんなに伝わらないのがこう、悔しいって言うか」

「優しい? 俺が?」


 そんな馬鹿なと思わず笑ってしまう。


「またまたご冗談を」

「お世辞で言ってるつもりじゃないわ。さっきだって私に飲み物を買ってきてくれたじゃない。あのまま置いて帰ることだってできたのに」

「女の子にあんな酷い言葉投げかける奴のどこが優しいんだよ」

「でもさ、私のあんな声で笑わなかったの須賀君だけだよ。他の人は冗談とかふざけているのかって笑って本気にしないもの」


 本気、か。確かに歌い終わった橘さんの顔には汗がにじんでいた。彼女なりに一生懸命やった結果なんだ。その本気を誰も受け止めないで茶化して笑ってたんだ。


 橘さんも笑われてきたんだ。


 「だから私、ちょっと嬉しかったんだ。須賀君が本気で怒ったの。私の本気にそれ以上の熱量で返してくれた。それってすごいことだと思わない? 私よりスクリームに対して情熱がある人なんて早々見ないもの」


 ……ああ、そうさ。

 俺は好きなんだ。スクリーモが、ポストハードコアが、メタルコアが。

 これの所為で色々嫌な目にあってきたけど。何もスクリームそのものを憎んだわけじゃない。

 悔しくて恥ずかしくて嫌いになろうとしても、それでも好きでしかいられなかったんだ。

 学校で嫌なことがあっても、ストレスが溜まっても、何もかもをぶち壊すような殴りつけるようなシャウトが心に降り積もった澱を消し飛ばしてくれた。

 お気に入りのバンドが新譜を出してくれた時は拝むように感謝した。

 ずっとずっと、好きでいられたんだ。


「だからね、須賀君。嫌なことたくさんあったと思うけど、これからもどうか嫌いにならないでほしいんだ。これだけ夢中になれる事なんて、早々ないと思うから」


 そう言って橘さんは上着を羽織った。


「それじゃあね、須賀君。今日はありがとう。また新曲出すから聴いてね」


 橘さんはドアノブに指をかける。

 それは終わりの合図だ。彼女は俺の事を慮って諦めてくれた。

 そう、終わるんだ。せっかく出会えた同士との関係が。この場所で


「待って!」


 俺の本気がこんな程度だと勘違いされたままで。


「待ってくれ! 俺は、俺はまだ君に何も伝えられていない」


 あまりにも慣れた手つきでデンモクの液晶をタッチする。

 すぐにピピッと音を鳴らし、モニターに曲名が浮かび上がる。


「俺の本気は……こんなもんじゃない!!」


 マイクのスイッチをスライドする。赤色のLEDは俺の魂に激しい炎を灯すようだった。


「笑ってくれてもいい。馬鹿にしてくれてもいい。どんな結果になろうとも、俺は君だけには聴いてほしい」


 モニターに歌詞が表示され始める。イントロもなく、俺の第一声で曲は始まる。


「AAAAAAAAAAI!! AAAAAAAAAAAAM! BLAAAAAAAAAAAAAAAST!!」


 犬歯を剥き出しにして獣のように咆える。己を縛り付けていた鎖を解き放ち、魂を解放する。

 迫り来るような嵐の雄叫びは、室内の物を全て分子レベルで崩壊させるような振動を響かせる。


 ああ、そうだ。このバンドはこうやって歌うんだ。

 喉をかっぴらいて空気の塊をすべて吐き出すかのようなフォルスコードスクリーム。

 

 確かに決めたさ。人前で歌わないって。

 だからと言って二度とスクリームなんて出さないなんて言っていない。

 常日頃からカラオケに通い、練習していた。

 普通の奴らが友達と遊ぶ時間を、俺は全てスクリームに充てていた。

 憧れているボーカルの歌い方を研究してどんどん上達する自分に興奮した。

 喉の消耗が減っていくことに、スキルアップを実感した。


 誰にも披露するつもりなんてなかったけど、歌うことに意味なんて求めてなかったけど、

 全ては今この瞬間の為だったんだ。


 俺の為に本気で怒ってくれた橘さんに。 

 俺の為に本気で叫んでくれた橘さんに。


 きっと俺は、俺は彼女の本気に報いる為にこれまで歌ってきたんだ。


 そろそろサビが来る。この曲のサビは突き抜ける様なハイトーンだ。

 ミスったかな。俺はここまでのハイトーンは出せない。何も考えずにとにかく好きな曲を入れてしまった。


 ――途切れる。俺の本気が途切れてしまう。


 後悔したその刹那――


「Coz I swear I'll find you」


 脳内に刺し穿つような衝撃が伝う。どこまでも遠くへ伸びていくようなハイトーン。

 聴き覚えがある。忘れるはずもない。


 シュガースポット。橘さんが所属しているバンドのボーカルだ。

 前に手を握られた時、彼女の指にはタコがあった。

 そのことから彼女はギターだって勝手に思い込んでいた。


 でも違った。そりゃそうだよ。coops lie dustのpekcoだってギターボーカルなんだから。

 そうだ。あの時俺を魅了した歌声は、橘さんによるものだったんだ。


 スクリームとクリーンが交じり合う。

 僕と彼女が交じり合う。


 どす黒いフォルスコードと爽やかなクリーン。

 冴えない俺と完璧な君。


 二人のセッションはお互いを引き立て、やがてこの狭い箱を灼いた。

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