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第5話 恐るべく才能の無さ

「ここよ」


 橘さんは指をビシッと差して静止する。この人指差すの好きだな。

 辿り着いたのは、普通のカラオケ店だった。


 猫のようなマスコットキャラが描かれた、全国的に展開されている普通のチェーン店。

 俺もよく利用している。値段が手ごろなんだよなここ。


「ささっ、入って入って」

「ちょ、あっ……」


 ぐいっぐいっと腕を抱きかかえられながら中に連れ込まれる。肘に柔らかいものを感じて妙に気恥ずかしくなってしまった。

 この人はその辺気にしないのか……


 受付を済まし、無料のウォーターサーバーで水が入ったコップを手にしながら指定された部屋に入った。


 狭い個室で美少女と二人きり。こう見えても立派な思春期の俺としてはドギマギする環境だ。なんか甘いにおいする気がする。

 ていうか一人以外でカラオケ来るの初めてだし、しかもそれが女子とだなんていきなりハードル高くない? 大丈夫? 俺、変なにおいしてないよね? 

 

 「んんっ」


 こほん、と橘さんは咳払いをする。顔を赤らめながらもじもじとしながらこちらを見てきた。


 なんなんだ。すごく色っぽい仕草をして一体何が始まるというんだ。


「その、笑わないでね?」

「へ?」


 笑う? 何を?

 

 呆けている俺を無視して橘さんはデンモクをいじり始める。

 ピピピッと本体から音が走り、大型のモニターに曲名が映し出された。

 これは……初期の頃のclosefaceの曲だ。

 

 え? 歌うの? 橘さんが? ほとんどがフォルスコードスクリームの曲なんだけど。


 重ねて説明するが、フォルスコードというのは低域、中音域で叫ぶスクリームで獣の唸り声のように分厚く迫力のある歌い方だ。デスボイスと聞いて万人が真っ先に思い浮かべるのがこれだろう。俺が中学の時にやらかしたのがこのフォルスコードだ。


 にしても歌えるとしたら凄いぞ。美少女スクリーマーなんて属性過多で好きになっちまう。

 

 激しいイントロが間もなく終わり、歌詞が表示され始める。

 聴けるのか! 橘さんの絶叫が「うわ~~~~~~~~~~~~~~~~」








 ………………へえ゛っ!?







「うぇいか~~~~~!! あきゃんてえ~~~~~~~!!」


 橘さんのきれいな口からお出しされたものは、ドスが利いたえげつないフォルスコードでもなければ、空を切り裂く様な脳幹貫くフライスクリームでもなかった。


「あいあ~~~~~~~~! ざすとおおおおおおおおおおおおむっ!」


 ただただ、耳障りな雑音のような間の抜けた叫び声だった。


 つまるところ…… 


「へっっっっっっっっっっっっっっっっっっったくそおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああ!!!!」


 俺は思わず演奏停止ボタンを連打した。


「なんだあ!? その轢き殺された蛙の断末魔のようなしょっっっっっぼい音は!! まさかと思うがそれをスクリームだとのたまうつもりじゃねぇだろうなあ!? ハードコア舐めてんのか!? それともわざとか? わざとヘッタクソな叫びをスクリームと称することでディスってるつもりか!? そのディストーションのデの字も感じねえミミズ腫れの声でよお”!? お”あ”!?」


 俺の怒号が狭い個室の中を乱反射する。スイッチの入ったマイクがそれを拾ってキィィィィンとハウる。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 ハウリングを聞いて俺はハッと我に返る。

 舐め腐ったシャウトを聞いてついカッとなってしまった。


 まずい! あまりにもひどすぎる言葉をぶつけてしまった。

 気の強そうな橘さんとは言え、こんな密室で男の俺にマジギレされたら怖がってしまうのではないか!?


 恐る恐る橘さんを見ると、彼女は俯いてプルプル震えてた。


 まずい! 泣かせてしまったか!? 

 流石に今のはライン超えだ。謝らないと。人として終わり過ぎている。


「ご、ごめ――」

「そう! そうなのよ!!」


 俺の罪悪感など知ったことじゃあないと、橘さんは額に汗を流した顔を近づけてくる。


「私マッッッジでスクリームの才能ないの!! 自分でもびっくりするくらい! 録音して聴いた時はほんと殺してやろうかと思ったわ! 自分を!!」


 立て続けに橘さんは自分を卑下したり、怒りで燃え上がったりして捲し立てる。


 「私も必死こいて練習した! でも一向にうまくならなかった! 元プロのスクリームボーカルに師事したこともあったわ! でもなんて言われたと思う!?『二度とスクリームをしようなどと思いあがらないことだ』ですって!! ねえ信じられる!? プロにお墨付き貰ったのよ私! 才能の無さを!!」

「わ、わかった。わかったって」


 喜怒哀楽全てを忙しなく切り替えながら暴れる橘さんをとりあえず宥める。


「君にスクリームボーカルが無理ってことはよぅくわかった。でもそれはそれとして、酷いことを言ったのは謝るよ。あれは人としてダメなことを言った。ごめんなさい」

「ああ、気にしないで。私も『今からスクリームやります!』って言われてあれを出されたら、間違いなく手が出てたわ。罵倒で済んだだけマシだと思ってる」


 さ、面を上げなさいなと橘さんは深々と下げた俺の頭を元の位置に戻す。

 彼女の表情を見ると、実にニュートラルな表情をしていた。

 よかった。全然気にしていない。いや、それもどうなんだ。


「さ、次はあなたの番よ」

 

 橘さんはデンモクとマイクをこちらに渡す。


「……なにこれ」

「だからあなたの番だって」

「俺が? なにをしようって?」

「歌うに決まってるじゃない」

「歌う……ああはいはい。流行りの曲でも歌いましょうか? ミスターパインアップルとかの――」

「ジャンルが違う! スクリーモに決まってるでしょ!」


 やっぱりその流れか。


「嫌だ! 俺は二度と人前でスクリームなんか出さないって決めてるんだ!」

「どうして?」

「どうしてって、そりゃあ……」

「せめて理由くらいは聞かせてほしいわ。じゃないと諦めがつかないもの」


 どうして俺はさっさと理由を説明しないのだろう。

 昔あった出来事を話してわかってもらう。簡単なことじゃないか。


「私だってできればあんな無様な姿晒したくなかったわ。恥ずかしいもの」


 橘さんは赤面しながらそう言う。


 確かに。橘さんにとって彼女のスク……もどきは他人には聴かせたくなかったものだろう。

 人一倍スクリーモ好きの彼女にとって、アレを人に聴かせることはこの上ない屈辱だろう。俺でも嫌だ。

 そんな彼女が意を決して自分がスクリームボーカルを担えないことを実演してくれたのだ。

 理由も話さずに意固地になるのは少し不義理ではないか。

 よくよく考えてみれば隠すようなことじゃない。理由を言って諦めてくれるのならそれが


「実はさ――」

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