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第41話 私の初めて

 一時はどうなることかと思った。


 須賀君がバンドをやめて、何もかもが手のひらから零れ落ちたと思った。


 でも、今は全てがこの手の中にある。


 観客の視線もフロアの熱気も全て私の支配下にある。


 それでも予想外の出来事は起こるものだ。


「――ッ……」

 

 須賀君が青い顔して声が出せないでいる。

 

 私はすぐにピンと来た。


 彼は今一度、過去のトラウマと戦っている。


 百人を超える観客達の視線は、彼にとって灼熱の焼きごての如く激物だろう。


 そんな彼らが須賀君に押す烙印は『異物』の二文字。恐ろしいはずがない。


「ちょっとちょっと、なにやってんのよー」


 でもそんなものがどうしたというのだ。


 今更この昂った激情を邪魔されてなるものか。


 その程度の障害に阻まれてたまるものか。


 私は須賀君の耳元にそっと口を当てる。

 子供を落ち着かせるように、細やかに囁く。

 誰にも聞かれない様に。


「私達が絡み合うところ、みんなに見せつけてあげましょう?」


 一瞬、彼は顔を赤らめて私を見た。


 それに応える様に私は強く微笑んだ。


 それからの彼は男の子の顔をしていた。


 覚悟を決めて困難に立ち向かう少年漫画の主人公のような目。


 意地があるもんね。男の子には。


「AAAAAAAAAAAAAAAI!AAAAAAAAAAAAAAAAAAAM!!SLAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAUGHT!!!」


 もう大丈夫。ここさえ超えちゃえば君はもう立派なバンドマンだ。


 オーディエンスは彼の重低音の音圧に圧倒されてる。さっきまでぶつくさ文句垂れてたファンの人たちも目ん玉かっぴらいて大口開けている。


 成ったね。須賀君。

 









「THERE'S A LABYRINTH IN THE MIRROR!! PEOPLE ARE TRAPPED IN A MIRAGE!!」


 あなたの横顔を盗み見る。


 目を見開いて一生懸命に心の叫びを解き放つあなたの姿はとても微笑ましかった。


 大好きなことに全力で打ち込むあなたを見て、私はとても嬉しかった。


 抑圧されたあなたの全てを受け止めてあげたかった。


 私はあなたのよすがになれただろうか。


「IF I COULD BREAK THE WORLD LIKE BREAKING GLASS, THEN WE COULD FLY AWAAAAAAAAAAAAY!!」


 頭を殴りつけられるような鋭いスクリームは、私の中に潜む衝動を、本能を刺激した。


 あなたの叫びは最初にあった日から、いや、今はより切れ味を増している。

 

 まるで研ぎ澄まされた刃のようだ。


 私はそれに貫かれたい。

 

 いや、もう貫かれている。


 その刃は私だけにとどまらず、やがて多くの人を切り伏せるだろう。


「You don't feel anything」


 だから私が鞘になろう。

 

 私の歌声であなたの抜き身の刀身をやさしく包み込んであげる。


 刃と鞘が揃っての『刀』


 私が居てこそのあなた。


 ね、須賀君。


 私達って最高でしょ?


「I won't be consumables, and frail and ephemeral」「I WON’T BE CONSUMABLES, AND FRAIL AND EPHEMERAL」

 

 二人の声が絡み合い、溶け合う。

 あなたの獣の様に力強く猛る声は、私を力づくで組み伏せようとする。

 私の声はあなたを柔らかく包み込み、抱き止める。


「I won't be consumables, and frail and ephemeral」「I WON’T BE CONSUMABLES, AND FRAIL AND EPHEMERAL」


 二人の爪痕はこの会場に永遠に刻み込まれる。 

 誰もが私達の逢瀬に目を離せない。


「I won't be consumables, and frail and ephemeral」


 これが私の求めた音楽。焦がれに焦がれた絶頂の時。


 イキかけた、なんて生温いもんじゃない。


 こんなセッション……気持ちよすぎるッ!


 もはやセックスと同等……いや、それ以上の快楽だ!!


 したことないけどね☆













 Reflection.

 その言葉と共にエクスタシーは幕を下ろす。


 待っていたのは津波の様に押し寄せる喝采と霜凪のような余韻だった。


 後ろを振り返ると、恋がニィッと笑っていた。

 真琴がバチンとウィンクした。

 幸が無表情で頷いていた。


 ふと、横目で相方の姿を探す。


 彼は瞳を閉じて気持ちよさそうにスポットライトを見上げていた。


 光を追い求めて彷徨う求道者に天から光の梯子が下ろされるような、そんな救いのようなものを感じた。


 やがて、須賀君は目を開いて私の方を見やる。

「橘さん」


 声は聞こえない。

 でもそう彼が呟いたような気がする。


 だから私も小さく言葉を紡ぐ。

 誰にも聞こえない様に、小さく小さく。


「須賀君」


 私達、交わったのよ。

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