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第4話 ちなみに俺は『中期』が一番好き

「ほら」


 自販機でスポーツドリンクを二本買い、一本をベンチに座ってる橘さんに渡した。


「ありがと……なんだ、意外と優しいのね」

「別に。俺も飲みたかっただけ」


 橘さんと距離を少し開けてドカッと乱暴に座る。じっとりと身体にまとわりつく汗がうざったい。

  

「あのさ」


 第二ボタンまで開けてパタパタと襟を動かして風を制服の中に送り込む。

 橘さんは両手でペットボトルを持ちながらちびちびと飲みながらこっちを向いた。


「なんでそこまで俺にこだわるんだよ。他の人に頼むことはできないのかよ。大体ガールズバンドなんだろ? 女の子を探せばいいじゃないか」

「それができたらとっくにやってる。探してもスクリームができる女の子はいなかった」


 確かに。スクリームができる女子なんて余程の物好きだ。海外はともかく日本じゃそうそう見つからないだろう。


「初心者に一からスクリームをやってもらうのは?」

「それはあまりしたくない。できる人はもうやり方を確立させてるから滅多に喉を壊すことはないけど、初心者はうまく出せるようになる前に喉を壊しちゃうリスクがあるでしょう? 声帯って一生モノだし、そこまで情熱のない人にそんなリスクは負わせられない」


 なるほど。確かに。

 スクリームは諸刃の剣だ。間違ったやり方で行うと喉に負担がかかり過ぎて喉をいわしてしまう恐れがある。ステージに立つ前に声帯ポリープなんかになってしまったら目も当てられない。

 まあ、俺はそんなヘマはしないけど。


「SNSで募るのは?」

「それもやった。でも来るのは私達に近づきたいってファンの子達と、下心のある輩ばかりだったわ。多分ちゃんとできる人はもうバンドを組んでるんだと思う」

「あー……ね」

 

 そもそもスクリームボーカルなんて母数が少ないからそりゃあ取り合いになるか。

 ニッチなりに需要があるってわけだ。


「あとうちにはちょっとこだわり強い子がいてね」

「はぁ」


 こだわり、こだわりねぇ。確かにスクリーム……デスボイスと一言で言っても様々な種類がある。

 基本的には声帯を強く閉じてシャーと高い音域できめ細かいディストーションを生み出して叫ぶフライスクリームと低、中音域で獣のように叫ぶフォルスコードスクリームの二種類がある。


 フォルスコードスクリームはしばしばグロウルやグラントとも呼ばれることがあり、それよりも低い超低域の下水道がコポコポ鳴るようなデスボイスはガテラルと呼ばれる。


 さらに息を吐いて出すやり方と吸って出すやり方もある。

 人によって声帯の形や特性は千差万別。高音域はかなり出せるが、これ以上低音域は出ないなど、得手不得手があるのだ。


 こだわるとしたらそこだろう。

 俺もスクリームボーカルなら誰だって好きなんて言うつもりはない。

 coops lie dustのダニーのような荒々しいド迫力のフォルスコードスクリームが好きだ。

 tanasinのアントニーのようなクリーンが混ざったフライスクリームも魅力的だ。

 日本のバンドならgoldrainのMasaoとかもいいよね。中域高域隙がない。


 デスボイスって意外と奥が深いんだぜ。


「でもさ、今のままでも十分魅力的じゃないか? 2000年代前期のスクリーモって比較的今風じゃん? エモ寄りの方が一般受けいいし、今のまんまでいいと思うけど。ほら、closefaceだってメジャーになってからクリーンを多く取り入れたし、やっぱり万人受けするにはスクリームなんて――」

「それじゃダメなの!!」


 半分までになったペットボトルをぐしゃっと握り潰しながら、橘さんは叫んだ。


「私はスクリーモの全部が好き! 『前期』も『中期』も『後期』も! 色んな曲をやりたいの! だから私のバンドにはスクリームが絶対欲しい!」


 ちなみに2000年代のスクリーモには『前期』『中期』『後期』がある。

 『前期』はさわやかで綺麗め、ポップな感じ。『後期』はめちゃくちゃヘヴィで、叫びまくる。『中期』はその両方の性質を持ち合わせる。

 『前期』はともかく、『中期』や『後期』とやりたいのであれば、確かにスクリームは欲しいところだ。


 それにしてもこの人大分詳しいな。ここまで詳しい高校性は俺以外に初めて見た。よっぽど好きなんだな。


 でもそこまで好きならなんで自分でやらないんだろうか?


「そこまで言うならさ、橘さん自分でやればいいじゃん」


 俺がそう言うと、橘さんはむぐっと言葉を詰まらせた。

 ん? なんだか目が泳いでるぞ? 


「そう、よね。やっぱり……そう思うよね」


 チラチラと横目でこちらを見ては目を逸らす橘さん。

 なんだか挙動が不審……


「わかった。じゃあ一緒に来て」


 橘さんは立ち上がり、俺の手を引っ張って歩き始めた。


「ちょっ、なんだよ! また俺を引きずりまわすのか?」

「すぐ近くよ。30分で終わるから」


 この人は30分も俺を拘束するつもりか。

  

「ちょ、ちょっと! まだ行くとは言って――」

「大丈夫! ちょっと休憩するだけだから!」

「待てよどこ行く気だ!?」


 渋る俺の腕を橘さんは両の腕で抱きかかえながら引っ張る。

 あ、腕に柔らかいものが……。


 公園を出たらちらほらと人が増え始める。中には学生が多く、美少女に手を引かれている俺を好奇な目で見ていた。

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