第36話 楽屋にあるちっちゃいモニターってどこに売ってるんだろうね
あれから数週間が過ぎた。
俺たちは無事に和解し、結果的に絆が深まった。
やることは以前と変わらない。
みんなで何かを食べたり、駄弁ったりしていた。
だが、本命はこっち。もうすぐ俺の初ライブ本番だ。
俺たちは練習や研鑽を積み重ね、メキメキと成長していった。
そしてついに――
「いやーついに来たわね! 本番!」
「だねえ」
橘さんが腕を組んで仁王立ちをし、恋が軽いノリで返す。
俺たちはちょっと大きめのライブハウス、toxicに来ていた。
つまるところ、今日が本番なのである。
「なんか……緊張してきた……」
「須賀先輩足震えてる(笑)」
真琴がクスクスと俺の足を指さして笑う。
「そらお前あれよ。武者震いよ」
「強がっちゃってまあw」
「お前あれよな。全然先輩に対して敬いとか無いよな(怒)」
「私が敬うのは先輩だけですよ」
ねー、と真琴は塚見さんに笑顔を向ける。
「真琴、あんまり失礼なのはよくない」
おっ! 塚見さんが俺の見方をしてくれている!
会話は多くないけど、溜まり場でいつも一緒にいたのがきいてるんだ!
言ってやってくれ!
「雅貴は確かに頼りない」
おお!
……うん。
「リズムは若干ズレるし思い込みが激しいし相談とかしないし喧嘩相手を煽っておいて一方的にボコられる」
あれ?待って。全然味方してくれないむしろ敵だろこの子。
にしても酷い言われようだ。事実だから仕方がないんだけど。
「でも、最後にはちゃんと丸く収めてくれる。そんな人」
落としてから上げるタイプだった!
少しでも敵扱いした自分が恥ずかしい。穴があったら入りたい。誰か俺を埋めてくれよ。っていうか――
「塚見さん……初めて俺の名前を……」
そう。塚見さんが俺の名前を呼ぶことが、今の今までなかったのだ。
以前話しかけられた時も、背後に回って肩を叩かれるだけで名前を呼ばれることがなかった。
みんなとの会話の中で、彼女が俺のことを指す時は人差し指をこちらに向けていた。
もはや「お前」とか「あんた」とも呼ばれなかったレベルだった。
「しかも下の名前で……感激だ」
感動した。
正直ちゃんと仲良くなれているのか不安だったが、一緒にいた時間は決して無駄ではなかった。
「真琴は雅貴をもう少し敬ってあげるべき」
「そうだそうだ! 少しは塚見さんを見習え!」
「いや、呼び捨てされてる分まだ私の方が敬ってるでしょ。騙されてますよー須賀先輩」
「三人ともー、遊んでないで行くよー?」
後輩二人とのじゃれ合いは恋によって制され、俺たちはライブハウスへと足を運ぶのだった。
目に映るのは大量の落書き。
壁一面、天井に至るまで、ここに赴いたバンドマン達の足跡が残されていた。
俺たちは楽屋に案内され、ここで待機していた。
リハーサルも終え、既にライブは始まっている。俺たち以外にも最近人気が出ているバンドが参加しているので、オーディエンスは三桁を超えていた。
楽器の演奏やボーカルの歌声、観客達の歓声が楽屋に薄く響いていた。
「さて、もう一度流れを確認しましょうか」
俺たちはこのライブのトリ。最後に三曲演奏する。
いつもはもっと多いそうだが、俺の初ライブだということで、曲数を絞っているらしい。
「まずはいつもの面子で一曲演る。観客がいつも通りのライブだと思っているところで、満を持しての須賀君投入。二曲目からは須賀君の出番ってわけ」
一曲目は橘さんのクリーンのみで歌うポップでキャッチ―な『2000年代前半のスクリーモ』、二曲目は俺のヘヴィなサウンドを活かした重厚感のあるブレイクダウンを使った『2000年代後半のスクリーモ』、そしてラスト三曲目は前期後期両方の特徴を併せ持つ『2000年代中期のスクリーモ』を演奏する。
特に三曲目は俺と橘さん両方の持ち味を十全に発揮しなければならない。
二人の息をピッタリと合わせることで互いにシナジーを作り出すことができる。
難易度も高い。
だが――
「私達ならやれるわ」
橘さんは不敵に笑う。
「最ッ高にぶちあがっていきましょう」
いろんなことがあった。楽しいことばかりではなかった。すれ違いで袂を分かちかけることもあった。それでも精一杯やってきたんだ。
「まさっきー。失敗してもいいからね。大事なのは自信満々で最後まで演り切ることだからさ」
恋が俺の右耳にこそこそと耳打ちしてくる。
なんだかんだで一番バンド全体を俯瞰して見てくれているのは彼女だ。
厳しいようでとことん気を使ってくれる。すっげーありがたかった。
「ありがとう恋。なんていうか、恋はこのバンドの裏リーダーって感じするよな。縁の下から支えてくれてるっていうかさ」
「あははっ、そりゃそうだよ。こういうのは年長者がみんなの面倒見るもんだからさ」
恋は俺の背中をバシバシと叩く。この力加減にも慣れてきた。癖になりそう。
「何言ってんだよ。俺らと同じ高2だろ?」
「あれ?言ってなかったけ?」
恋は首を傾げながらてのひらを口元に当てる。
「あたし高3だからさっくとまさっきーの一個上だよ?」
「えっ」
え、いや、だって橘さん恋のこと呼び捨てにしたりタメ口使ってたりしたじゃん。
「さっくって誰に対してもああだし、あたしもあんま気にしないからさー」
「じゃあ本当に……」
「うん。あたし今年で十八歳でーす」
ピース!と指に本を前に出してウインクする恋。
せ、先輩でしたか……
「あっ、失礼言ってすんません……」
「ちょっとちょっとやめてよー。今更そんなん気にするはずないじゃん」
いつも通りでいいよー、と恋は笑う。
「あたしとまさっきーの仲っしょー」
「まあ、恋がそれでいいならいいんだけどさ」
よく考えたら俺も塚見さんに呼び捨てで呼ばれてるし、俺も許容してるからそんなものか。
「それよりさ。まさっきーも本番前にライブ見ときなよ。雰囲気とか掴んどいたほうがいいっしょ」
「そうね。客側で楽しむのもライブの醍醐味よ。みんなで行きましょうか」
橘さんは真琴と塚見さんを連れて楽屋から出る。
俺と恋もそれに続いた。
初めてのライブ参加。恋と橘さんに背中を押し出されて観客の中に混ざる。
モッシュと呼ばれる観客同士が体をぶつけあうパフォーマンスに巻き込まれ、体をもみくちゃにされる。ようするにちょっとしたおしくらまんじゅうだ。
我が校の売店での争奪戦を思い出す。
でも、なんだか楽しいな。
すごい一体感を感じる。
演者だけじゃなく、観客も一丸となってこの最高にキマッてる空間を作り出してるのだ。
確かに楽しい。めっちゃ楽しい。
本番が来るまでの間、俺はこの音楽を愛する者達による最高の空間を楽しんだ。




