第27話 ばか
雨が降っている。
天気予報では今日一日中曇りのはずだった。ここ最近は外れることが多い気がする。
雨は嫌いだ。自転車が乗れないから。
自転車に乗れない日はバスで通学しなければならない。交通費の無駄だ。
それを抜きにしても、自転車は風を感じられる。
スピードを出せば出すほど感じられる風は、爽快感は増えてくる。
ポストハードコアを聴く以外のストレス解消法が自転車に乗ることだ。
晴れの日の暖かく爽やかな風は、嫌なことを吹き飛ばしてくれた。
だから雨は嫌いだ。シトシト降りしきる雨音すら耳障りだ。
だからこうやってイヤホンをしている。
In terror and fateを聴きながらあんぱんを――「須賀先輩」
片耳からイヤホンを取られた感覚がした。
スコッチのすべてをなぎ倒していくような圧迫感のあるフォルスコードの代わりに耳に届いたのは、甘い女の子の声だった。
「探しましたよ。こんなところにいたんですね?」
「……真琴か」
亜麻色のポニーテールをひょいひょいと揺らしながら真琴は近くに腰かけた。
「溜まり場に来なければ教室にもいない、どうしてこんなところでぼっち飯キメてるんです?」
「決まってんだろ? ぼっちになりたかったからだよ」
はあ? と真琴は首を傾げた。
「いいから俺のことは放っとけよ。橘さんのとこ行きなって」
「先輩、今日はクラスメイトと食べるそうですよ? ライン見てないんですか?」
見ていない。今の俺にとってスマホは音楽ツール以外の何物でもなかったから。
「……よくここがわかったな」
昼休みはまだ中盤。溜まり場で待って教室に探しに行った後、ここにたどり着いた。
いくらなんでも見つけ出すのが早すぎじゃないか? なんでわかんだよ。
「ここ、知る人ぞ知る穴場ですよ? 天気のいい日はここで弁当食べるカップルとかいるんです」
なるほど。俺が目を付けた場所は、他の人から見ても魅力的な場所だと言う事か。そりゃあそうか。ここ居心地良いもん。
「ただ、雨の日は湿気がやばくなるので、誰も寄り付かなくなるんですよね。こんな日にすき好んでここに来るのは須賀先輩くらいですよ?」
……ジメッとした雰囲気が今の俺には丁度良かっただけのようだ。
まあ、ぼっちには相応しい気もするが
「噂、まだ気にしてるんですか?」
噂、というのは橘さんの件だろう。真琴は橘さんのことになると固有のセンサーが発動する。だからやたら鋭い。
「あんなの気にするような先輩じゃありませんよ。須賀先輩はまだ来て日が浅いからわからないと思いますけど、先輩って結構僻まれたりしてたんですよ? 嫌な上級生に絡まれたことだってありますし、それを平然といなせる様なメンタリティの持ち主です。こんなんで凹むことなんてないですよ」
真琴は壁にもたれかけ、弁当箱を開いた。
……その弁当箱には見覚えがある。
「……それって――」
「そう、先輩とおそろいの弁当箱です。昨日須賀先輩が食べなかった分、私と幸で食べたんですからね? 太っちゃいそ」
いつも橘さんが俺に渡してくる弁当箱だった。
「そうか、よかったじゃないか」
「なにがですか?」
「作ってもらえることになったんだろ? 橘さんに。真琴にとっては悲願だろ」
「確かに。否定はしません」
でも、と真琴は付け加える。
「これ、別に私の為に作ったわけじゃないですよ?」
きょとん。とぼける様に首をかしげる真琴。
「じゃあ誰に――」
「誰にでしょうね?」
相も変わらず、すっとぼけている。
「『今日も渡せなかったからこれお願い』そう言って渡されました」
真琴の弁当の中身を覗き見る。中に入っていたのは……
「一体誰に渡しそびれたのやら」
いつか食べたのと同じハンバーグだった。
また作ってほしいとリクエストしたことがある。
「…………」
「おいし~☆」
橘さん、まだ俺の為に……
でも――
「凹まないから何言っていいわけじゃない」
だからといって――
「大丈夫だから傷つけていいわけじゃない」
言い訳にはならない。
「クソ共に付け入る隙を与えるべきじゃない」
いいわけがない。
「俺がいることでそんな噂が流れるのなら、取り除かれるべきだ」
俺が俺を許せない。
「だから、悪いな」
俺がそう言うと、真琴は「はぁ……」とため息を付いた。
「まあ、噂にムカつかないと言えば嘘になりますね」
いつの間にか、真琴は弁当を平らげていた。
食べるの早すぎだろ。ちゃんと噛んでいるのか。
「ま、須賀先輩なりに先輩のことを想っての行動ってのはわかりました」
弁当箱を片付け、真琴は立ち上がる。
「その旨、私から伝えておきましょうか?」
「必要ない。真意がわかったら橘さんは俺に構うだろう。そしたら意味がない」
『バッカね。そんなの気にする必要ないって!』
彼女のそんな言葉がポンと浮かんでくる。
「……それは――」
そうこうしている内にチャイムが鳴る。昼休みは終わり。5時限目の授業が始まる。
「やばっ! 怒られるっ!」
真琴は一目散に駆けていった。
「真琴!」
俺の呼びかけに真琴は振り向く。『なんですか急いでいるのに!』と足をその場で踏み踏みしていた。
「それは校内での話。バンド活動はちゃんと続ける。今日の練習も行くつもりだから」
それと、と付け加える。
「もう俺を探すな。明日からはトイレで飯食うから」
それだけ言って俺も歩き出した。
真琴は返事をせず小さく口を動かしたかと思えば、再び踵を返して去っていった。
『ばか』
と言われたような気がした。




