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第26話 きえろ

 あれから一日経った。

 シュガースポットのメンバーには会っていない。昨日は練習もなかった。帰りはいつもと違う道を一人で帰った。

 知らない道で下校するのは新鮮だった。澱のように積もった何かをほんの少しでも紛らわすことができたのは幸いだった。

 とはいえ、それも長くは続かないだろう。どうせその道はこれから日常の一部に溶けていくのだから。

 今日は久しぶりに自転車で登校した。俺はもともとチャリ通だった。橘さんと下校するようになってからバス通学に切り替えたのだ。おかげで交通費が飛んでいく。

 もうその必要もなくなったわけだが。








 明るかろうが沈んでいようが、心の持ち様に関係なく時は進む。

 授業終了のチャイムが鳴る。昼休みだ。今日もパンを買ってこよう。

 そう心の中で呟いて教室から出ようとすると、首周りにぬめり気のある衝撃が走った。


「よおデスボ」

 

 池谷だ。池谷が慣れ慣れしく俺の首に手を回してきた。

 なんの用だこの馬鹿。


「お前、橘さんに愛想尽かされたんだってなあ?」


 何言ってんだこの馬鹿


「結局お前なんてそんなもんだろ。いい夢見れてよかったなあ? スク?なんとかやらができるみたいだけどよお? お前なんかができることなんてたかが知れてるよなあ? ひひひ」


 ……ああ、読めた。おそらくあそこにいたギャラリー、あの辺が吹聴したのだろう。

 橘さんと俺が喧嘩したって。 

 で、その言葉だけで俺が橘さんに愛想尽かされたって勝手に解釈してんだろう。

 まあ、こいつの少なめの脳みそなりに考えた結果だろう。これ以上求めるのは酷だ。


「お前なんかがあの人たちの隣に居ていいはずなかったんだ。当然の結果だわなあ? そうなるって俺わかってたぜえ? 最初っからなあ?」


 池谷は顔を醜く歪ませて笑った。首に回された腕がどんどんきつく締まっていく。


「大体お前生意気なんだよ。俺らが中学で遊んでやった恩も忘れて楽しそうにやりやがって。お前みたいななんの取り柄もなさそうな奴に個性付けてやったのは誰だ? 俺だろうが。お前にデスボってつけたの俺だろうが。俺がいなかったらお前は無個性でつまんねえ奴だったろ。俺が面白おかしくいじってやったから、みんなに笑ってもらえたんだろうが感謝しろよ。お?」

 

 この男に限度はない。際限なく醜く歪む顔は、みずたまりに混じった油の様にぐにゃぐにゃと元から整ってもいなかった原型を無くしていく。


「まだお礼聞いてねえなあ? ほら、言えよ。僕に構ってくれてありがとうございますって! 僕のようなつまらない人間に笑われる価値をくださってありがとうございますって――ごあっ!?」


 池谷のガラ空きのみぞおちに肘鉄が突き刺さる。死角からめり込む角度の入った肘に反応すらできずに池谷はくの字に折れ曲がった。


「げえええええっ!?」


 膝をついて無様にみずおちを抑える池谷は、歯を食いしばりながらこちらを睨みつけた。


「てっ……てめえ、なにしや――」

「邪魔だ」


 地べたを這う芋虫以下の蛆虫を一瞥して――


「消えろ」


 俺は教室を出た。

 池谷の怯える様に凍り付いた表情は、数分後には俺の記憶から消えていた。

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