第24話 人の噂も七十五日、俺なら一瞬で終わらせられる
「……遅いですねえ先輩」
昼休み、旧音楽室で大きく伸びをしながら真琴は呟いた。
「まだ終わってないんでしょうか」
お昼休憩前に橘さんからシュガースポットのグループラインに連絡があった。
『また男子に呼び出されたから遅くなる~』
ここのところ毎日だ。一昨日なんて昼食を取り損ねたと嘆いていた。
「先輩、ここ最近告られる頻度多くなりましたよね」
「……そうだな」
理由は何となく察せられる。俺の存在だ。
俺みたいな弾かれ者のぼっちが橘さん達のようなカースト上位グループと一緒にいれる、それは傍から見れば彼女達への高くそびえ立ったハードルが下がったように見られる。
つまり、「須賀がいけるなら俺でもいけるんじゃね?」と男子たちに思われているのだ。
「zzzzzzzzz」
塚見さんがこっくりこっくりと舟をこいでいる。寝不足だろうか。
「もう、幸ったらまた夜更かしして」
真琴は塚見さんに自分が使っていたブランケットを羽織らせた。
「フラストレーションが溜まるとひとつのことに没頭したがるんです。多分夜遅くまでギターを弾いてたんだと思います」
「フラストレーション、か」
「幸ってミステリアスで人気高いですから、先輩程ではないですけど結構モテるんです」
「…………」
橘さんだけじゃなく、真琴や塚見さんも以前より声をかけられる頻度が増えている。
あのおにぎり頭とヘアピンが俺に接触してきたのがいい証拠だ。
俺を媒介にして彼女達との接触を試みようとする分にはまだいい。せき止められる。
問題なのはしびれを切らした奴らが直接彼女らにアタックしてくることだ。
そうなれば俺には止めようがない。
フッて諦めてくれるなら話は簡単だ。弾数が限られているからな。
厄介なのは懲りずに何度も告白してくる連中が多いことだ。フラれることもコミュニケーションの一環だと考えているのだろう。
水滴石穿、諦めずにリトライすればいつかはワンチャンってとこか。
好きだ好きだと言い続けられれば根負けしてなし崩し的に付き合ってしまう、なんてケースがあることは恋愛に詳しくない俺でも聞いたことがある。
それを狙ってワザとフラれる奴も少なくない。
とにかくそれがここ最近途切れることなく続いている。疲れるはずだ。
真琴も平然としたフリをしているが、いつもより少し疲れているように見える。
俺の存在がみんなに負担を強いている。
「なんか変なこと考えてません?」
真琴がこちらを見ずにそう言った。
「別に須賀先輩のせいじゃありませんよ」
俺の心を見透かしたように真琴は続ける。
「先輩が自分の意志で須賀先輩を誘って私達はそれに納得した、それだけのことです」
ほら、須賀先輩何も悪くないじゃないですか、と彼女は困ったように笑った。
「私達は先輩に比べたらそこまでって感じですし」
「…………」
「いずれにしろ、こんなの長くは続きませんよ。そのうち止みますって」
そう真琴はウィンクした。
真琴の言う通り、数日後にこの告白ラッシュは終焉を迎えた。
その代わりに橘さんにこんな噂が立つようになった。
『須賀なんかを傍に置いてる橘は大したことない』
『あいつは須賀なんかに腰振ってるビッチだ』
前者は橘さんを疎ましく思っていたカースト二位帯の奴ら、後者はフラれ続けて逆恨みした奴らが流したのだろう。
そんなくだらない奴らの戯言を鵜呑みにするなんて馬鹿のやることだ。
だが悲しいことに、世の中そんな馬鹿はいくらでもいる。
当然だ。転校したばかりで何も知らないはずの俺を噂一つで排斥するような連中だ。
いくらでも惑わされるだろう。
もちろんそんな連中ばかりじゃない。躍らされずに噂を糾弾している奴もいる。
それに馬鹿は長続きしない。この噂だって次のゴシップが来ればすぐに流れるだろう。
だがそれを待つ気はない。
俺の所為でこんな噂が流れるなら、それを断ち切るのは俺であるべきだ。
何よりも許せないのは俺自身だ。
この件で橘さんに非は一切ない。
橘さんは勉学も音楽も日常生活でさえも全て真摯に打ち込み、カーストの頂点を勝ち取ったはずだ。彼女の立っている地位は、彼女のたゆまぬ努力と人徳の成果だ。
それを後からノコノコと入ってきた俺なんかの所為で揺らいでいいはずがない。
俺を必要としてくれた彼女の為に俺ができることは簡単だ。
校内での橘さんとの関りを断てばいい。