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第2話 他当たってくれ

「ここで話しましょう」


 橘さんとやらは俺の手を握ったまま人気のない旧校舎の一室に足を踏み入れた。

 ここまで結構の距離を練り歩いた。周りの生徒は、トップカースト女子の橘さんが件の腫物野郎と手を繋いで歩いているのを見て驚愕の声をあげていた。


「ここって……」


 室内は防音処理が行われているようで、壁には丸い穴がいくつも空いていた。

 まるで――


「そ、元々音楽室だったところよ。今は私達の溜まり場みたいなものだけどね」

「溜まり場って――」


 辺りを見渡すと、年季の入ったドラムや古びたアコースティックギターが置いてある。

 埃っぽさはなく、それなりに手入れされている様子。

 まるで音楽系の部活の部室だ。 


「け、結局何の用なんですかね。俺、金持ってないんですけど……」

「カツアゲじゃないわよ。失礼しちゃうわね」


 淡々と突っ込みを入れられる。この人以外とノリいいな


「さて、単刀直入に言うわ須賀君」


 両肩をがっしりと掴まれる。橘さんは俺の目を真剣なまなざしで見つめてくる。

 ツンとした表情とは裏腹に吸い込まれるような大きくて可愛らしい目は、俺の視線をくぎ付けにした。


「あなた」


 目を……離すことができない。


「中学時代にカラオケでデスメタルを歌ったって噂、本当なの?」


 へ? 


「あの……」

「答えて! とっっっっっても大事なことなの!」


 ま、またその話か……! こんなところに連れてこられたかと思いきや、またこれだ。

 ああ、そうか読めたぞ。さっき私達のたまり場って言ってたな。ってことはトップカースト集団がどっかで隠れてるんだろ? んで俺のことを笑いものにしようって魂胆だ。


 何なんだよこの女。わざわざ人気のないところに連れ込んでまで俺を笑いものにしようってのかよ。なんて悪趣味な女なんだ。最悪だよ。

 上等だ。開き直ってやる。ああそうだよ! 悪いか! って一言文句言ってやる!


「ああ……ああそうだよ! わるい――」

「よっしゃきたああああああああああああああああああああああ!!!」


 俺が怒鳴るより先に、橘さんは満面の笑みで大きくジャンプした。

 立て続けにぴょんぴょん飛び跳ねる。その度に改造されて短くなったスカートから真っ白い太ももがチラチラ見え隠れする。


「え、ちょ、な、なんな――」

「須賀君! これは運命よ!」

 

 俺の話なんて全然聞かないで橘さんは俺の手を取る。

 運命? フェイト? デッテニー? 何の話だ!?

 あ、この人指にタコできてる。ギターやって――


「須賀君!」


 先ほどのツンとした表情と打って変わって、橘さんは大きく破顔した。


「私と!」


 真っ白い歯をきらびやかに光らせ、希望に満ちた目で俺の瞳孔を射抜く。


「バンドしましょ!!」


 あまりにも突拍子もない言葉に脳の処理が追い付かず、金属バットで頭を殴られたような気分になった。




 




「コホン」


 橘さんはようやく興奮を沈め、やや照れ臭そうに咳払いをした。


「挨拶が遅れたわね。私さくら。橘さくらよ。これでお友達ね須賀君」

「は、はあ……」


 拝啓お父様。初めて僕にお友達が出来ました。しかも女子です。トップカーストの女の子。


 ――じゃなくて!


「バンドやろうって……全然理解が追っついてこないんだけど?」

「あー、そうそう」


 俺の言葉を軽く流して橘さんはポケットからなにかしらのケースを取り出し、カードのような物をこちらに寄越してきた。


「私達、こういうのをやってるの」


 カードにはイラストとyoutube、インスタのQRコードが記されていた。

 バナナのような真っ黄色なリンゴに茨をぐるっと回したかのようなイラストだ。

 名前のようなものも記されている。なになに?「sug@r spΩt」……


「……シュガースポット?」

「そう! シュガースポット! 流石ね。読み方ばっちりよ!」


 ドーンとサムズアップを向けられる。シュガースポットってあれだよな。バナナの茶色くなった部分……

 まあ、バンド名はいいや。

 早速QRコードを読み込み、動画を見る。恐らくオリジナルのジャケットであろう画像を背景に曲らしきものが流れてきた。


「おぁ……」


 鳥肌が立った。背筋がぞわっとした。一気にこの曲の世界観に魅き込まれた。

 激しくもどこかさわやかな印象を持たせるようなリードギター。爽快なスピードで打ち込まれるドラム。それらを縁の下から支えつつも高い技術で奏でられるベース。

 何よりもボーカルが美しくも力強い。一見中性的に見えるが、女性特有の繊細さが見受けられるハイトーンボイス。


 はっきり言ってめちゃくちゃ好みだ。


「エモ……いや、silica surviveやアントニー脱退後のtanasinのようなポストハードコアか……」

「そう! 私達はそういうスクリーモやオルタナティブロックを中心としたジャンルをやっているわ」


 『スクリーモ』とは、ハイトーンで中性的な歌い方をする『エモ』や暴力性や攻撃性を強調した『ハードコア』から派生した音楽ジャンルの名称である。

 しばしば『ポストハードコア』や『メタルコア』とも呼ばれる(※諸説ある)ことがあるのでとりあえず同じようなものだと捉えてくれればよし。


 まあ、俺が一番好きなジャンルの音楽だ。


 高校二年生の女子高生の口からスクリーモなんて言葉が出てくるとは驚きだ。

 おすすめ欄に他の曲があったので色々聞いてみる。どれも一学生の領域を大きく逸脱した高クオリティの作品だ。

 何よりも激しいジャンルの裏に万人にもとっつきやすいようなポップでキャッチーなメロディを感じる。これなら激しい音楽に耐性がない人にもウケがいいだろう。


「すごいな……一気にファンになった。応援するよ」

「ありがとう! そう言ってもらえるとバンドマン冥利に尽きるわ」


 橘さんはくるりと回ってお辞儀をした。結構忙しないなこの人。


「ライブやる時は呼んでね。あ、インスタフォローしとけば情報来るか」


 すかさずインスタもフォローする。好きなバンドが増えることはとてもいいことだ。

 家に帰ったら聴いてない曲を一気に視聴しよう。楽しみだな。


「じゃあ、俺はこれで」

「ええ。応援ありがとう……じゃなくて!!」


 踵を返して教室に戻ろうとする俺の後襟をガシッと掴んで静止させる。

 ぐえぇ……のどが締まる……。


「最後まで話聞いて。ねえ須賀君、私達のバンドに足りないモノ、何かわかる?」


 足りないもの?……なんだろう。正直クオリティが高すぎて欠点なんてないように見える。


「そんなもの――」

「そう! スクリームよ!」


 俺の返答を上から被せて、橘さんは指をこちらに差し向けて叫ぶ。


「私達のバンドにはスクリームが足りない。吐き散らす魂のディストーションが足りないの!!」


 さて、スクリームとは何か。

 悲鳴とか叫ぶという意味だが、文字通り叫ぶように歌う歌唱法なのだ。

 シャウトと言ったら通じやすいだろうか。

 だが、ただ叫ぶだけではスクリームとは言えない。声を歪ませながら叫ぶ必要がある。

 参考にするなら呪いのビデオで幽霊の女が出すような「あ゛あ゛あ゛あ゛」をイメージすればわかるだろうか。


 そしてスクリームというのは所謂そのスジの用語であり、世間一般で知っている人は少ない。

 素人がスクリームを聞くと間違いなくこう言うだろう。


 ()()()()()、と。


「だから須賀君! あなたには私達のバンドのスクリームボーカルをやってほしいの!」


 橘さんは俺の両手を握りこみ、一生懸命な目で訴えてきた。


「あなた、中学の頃からデスボイス、いや、フォルスコードスクリームを会得してたんでしょう? 噂で聞いたわ! ね、私には貴方の叫びが必要なの!」


 デスメタルで使われるデスボイスは『グロウル』と呼ばれているが、『フォルスコードスクリーム』ともしばしば呼ばれることがある。


 ようやく話の流れが見えてきた。この人は俺を小馬鹿になどせず、ただただ純粋に好きな音楽を追求したいだけなんだって。

 話を少し聞くだけでもわかる。この人はこっち側だ。知識が一般人とは違う。


『なにあれ~w』

『あいつ空気読めてなくね?』

『きんもーw』


 だけど――


「悪いけど他当たってよ」


 俺はもう決めたんだ。


「もう人前でそういうのはやるつもりはないんだ」


 二度と誰かの前で歌わないと。


「だからごめん」


 そう言って教室から飛び出した。

 後ろから橘さんの焦った声が聞こえたけど、もう関係ない。

 ライブなんて大勢の前で披露するなんて、俺にできるわけもない。

 これ以上目立つのはごめんだ。


 誰もいない廊下に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。反響する足音すら、俺を嘲笑っているかのように聞こえた。

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