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第17話 漢は黙ってあんぱん

 四時間目の授業終了のチャイムが鳴る。

 俺達購買組にとっては戦闘開始の合図以外の何物もない。


 ドドドドドドと生徒諸君共が教室の扉を開けて勢いよく廊下に躍り出る。

「走るなよー」と英語の担当教師の注意する声が後ろから聞こえてくるが、気にする者など誰もいなかった。


 購買で人気なのはカツパン、コロッケパン、カレーパンと言った男子高校生御用達のガッツリしたパンだ。すぐに売り切れてしまう。メロンパンやチョココロネ、クリームパンといった女子人気の高いパンもウカウカしてると無くなってしまうぞ。


 ちなみに生徒全員が戦場に赴くわけではない。弁当を持参している者や、あらかじめコンビニ等で買っておいた者は、悠々自適と教室で机をくっつけて卓を囲んでいた。


 そしてこの俺、須賀雅貴はいうと先ほど言った通り持参組ではなくバリバリの購買組だ。

 本来ならば他のサバイバー達と共に戦場に出なければならない立場ではあるのだが、ここに例外がある。

 俺はのんびりと立ち上がり、ゆっくりと購買へと足を運ぶのであった。








 螺旋階段を下りたその先、我らの戦場がある。


「おーやってるやってる」


 案の定、購買は激戦区とかしていた。


「おばちゃんこれお願い!」

「カツパン売り切れ!? そんなー!」


 ある者は戦利品を勝ち取り、ある者は悔し涙を啜りながら妥協する。それがここの日常だ。


 もちろんこの学校に学食や手作りの弁当はある。ラーメンや丼物、日替わり定食といった様々なメニューが取り揃えてある。俺も食べたことあるがかなりレベルが高い。

 だが、うまさの代償としてそこそこ割高だ。なので、なけなしの小遣いを食費にあてたくない生徒が購買に群がるのだ。


 さて、購買組である俺がどうして悠々自適にバトルを眺めているかというと――


「あれ?」


 ふと見覚えのある生徒を見かける。スラッと高い身長に人形のように整った顔立ち。青みがかった黒髪をまっすぐにおろした少女。 塚見幸だ。

 彼女は購買に群がる群衆を眺めていた。

 右へ左へとウロウロしたかと思えば、生徒の群れへと入っていく。が、押し返されてしまった。

 何度かトライしたようだが、結果は変わらず。


 さあて、どうしたものか。真琴とはこの前のスタジオ練習で多少打ち解けた感があったけど、塚見さんとは一度たりとも口を交わしていない。俺のやることなすことにびっくりする程無反応だった。


 さて、困っていることは火を見るよりも明らか。だがここで馴れ馴れしく声をかけたとしよう。


『やあ、塚見さん。何かお困りか?』

『馴れ馴れしく話しかけないで。バンドが一緒とはいえ私はあなたとお友達になった覚えはないわ。親しいと思われるのも嫌だから私の前から消えて』


 なんて言われたらショックで十七年は寝込む。ストレートな美人にストレートに辛らつな言葉を投げられると人死にが出るぞ。

 

 見なかったことにして引き返すのは簡単だ。

 でも――


『ほら、あたしらって結構ぐいぐい行くタイプじゃん? でもギターの子は結構控えめな子だから、仲良くしてあげてね』


 こんなことで迷ってるなんて、恋に見られたら『情けないぞー!』ってドツかれるかな。

 いいじゃないか。俺みたいな奴がきつい言葉投げつけられても。慣れてるだろうが。

 橘さんならどうする? 決まってる。あの人はきっとどんな結果になろうが自分のしたことに後悔なんてしないだろう。


「困ってる?」


 意を決して話しかけた。

 塚見さんはキョトンと首を傾げた。 あれ? もしかして俺のこと覚えてない?


「俺だよ俺。須賀雅貴。ほら、この前holicで一緒だった、ぎゃーって叫んでた奴!」


 俺はマイクを持って叫ぶジェスチャーをしてみせた。それを見て塚見さんは「ああ」とようやく合点がいったそうだ。


「いやさ、困ってるように見えたから。欲しいパンでもあるの?」


 そう言うと、塚見さんは購買の方に目を向けた。


「メロンぱん」

「いくつ?」

「ひとつ」

「メロンパン一つね。オーケー、俺に任せて」


 意を決して群衆の中に飛び込む。まるで生き物の体内のように激しくうごめく人の群れは、俺の体をガリガリと粉砕した。


「ぐおおおおおおおあああああああ!!」


 満身創痍になりながらも最前線へとたどり着く。メロンパンラスイチ、取った。


「これ! これお願いします!!」


 購買のおばちゃんにお金を渡して戦場から離脱する。もうへろへろだ。


「塚見さん、これ」


 おぼつかない足取りで歩きながら塚見さんにパンを渡す。


「あ、ありが――」

「みゆきちゃーん、パン買えたー?」


 声の方を見ると、数名の女子生徒が塚見さんに手を振っている。

 みゆき、つかみゆき、つか・みゆき、ということか。


「行ってあげなよ。待ってるよ」


 俺がそう言うと、塚見さんはトコトコと女子生徒の方へとかけていく。途中で振り返り、ペコリとお辞儀してくれた。


「さて、もうそろ収まるかな」


 戦いのピークは既に超えている。もう数分経つと、人気商品は売り切れて一先ず落ち着くようになる。

 残ったのは人気の少ない商品のみ。だが、これが狙いだ。

 あんぱんを二つ。これさえあればいい。むしろこれ以外は不要。不人気商品のあんぱんは必ずと言っていいほど売れ残る。


「はい撤退撤退っと」


 目当ての商品を手に入れた俺にとって、ここはもう用がない。階段を上がって教室に戻るのであった。







 開けっ放しのドアから自分の教室に入る、なんだかクラス内の雰囲気が妙だ。


(おい、来たぞ)


 こそこそと自分に向かっての陰口が聴こえた気がする。

 まーたなんかやいのやいの言ってるのだろうかと考えながら自席に向かうと、既に誰かが座っていた。女子生徒が頬杖を突きながら窓の外を眺めている。


「ん」


 彼女も俺に気付いたようで、こちらに振り返った。


「橘さん!?」

「おかえり須賀君、待ってたよ」


 俺の席に座っていたのは橘さんだった。

 なるほど、クラス内の雰囲気がおかしかったのは橘さんが尋ねてきたからだってわけだ。

 しかも俺の席に座って俺のことを待っていると来た。 


「待ってたって、また何か用事?」

「用事ってわけじゃないわ。一緒にお昼でもどうかしらと思って」


 橘さんがそう言うと、様子をうかがっていた周囲がざわつき始める。


(橘さんとお昼だって!?)

(う、羨ましい……羨ましすぎる)

(畜生、なんであいつばっかりあんないい思いできるんだよ……!?)


 周囲の羨望の視線が向けられる。


「い、いいけど。ここで?」

「もちろんいつもの場所で。ここじゃ落ち着かないでしょ?」


 (((いつもの場所ってどこだよ!?)))


 周囲がそう突っ込むのを聞いた気がする。


「さ! お昼休みも限られているし、行きましょ行きましょ♪」


 橘さんは俺の手を握ってグイグイと引っ張ってく。

 チラリと後ろを振り返ると、池谷を含めた周囲の嫉妬の眼差しがこちらに向けられていた。


 池谷、血涙流してるよ。こわっ。

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