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第15話 思想つよつよガール

 帰り道。すっかり暗くなった空を街灯の光が明るく照らす。その光の下を俺達五人は歩いていた。


 五人横並びに歩くわけにもいかないので、前方三人後方二人に分割。

 前方には橘さんと恋で塚見さんを挟んでいる。恋はちょっかいをかけているが、塚見さんは意にも返していない感じだ。橘さんが恋をたしなめている。


 となると、後方二人は俺と真琴ということになる。

 これがかなり気まずい。二人会話もなく無言で三人の後を追っている感じだ。

 

 何故だ。どうしてこうなった。察するに塚見さんと真琴でワンセット。であればさっきみたいに俺、橘さん、恋のトリオを作ってもいいはずだ。恋がボケて俺と橘さんで突っ込む。この形で丸く収まったはずだ。


 なんならペア、ペア、ソロでもいい。前方に橘さんと恋、真ん中に真琴と塚見さん、そして俺だ。俺はぼっちでもいいからな。会話する相手がいないことにはなれている。

 あれ、なんだろうめちゃくちゃしっくりくる。そんな自分に涙が止まらない。


「……正直、舐めてました」


 とかなんとかくだらないことを考えていると、真琴がぼそりと呟いた。

 それって独り言? それとも俺に向けて言った?


 これコミュ障ぼっちあるあるなんだけどさ。近くにいる人がボソッとなんか言った時、独り言なのか自分に向けて言ったのか迷うことあるんだよね。

 無視しちゃ悪いと思って返事すると「えっ?」て目で見られるんだよね怖くない? 罠じゃん。しかも俺が気付かないだけで俺の後ろにいた人に言ってたパターンもある。

 そしてその経験を活かして同じようなことがあった時に無言を貫くと今度は「聞いてんの?」って詰められるんだよなマジ理不尽だよどうかしてる。


 大体さあ――


「先輩が男性スクリームボーカル確保したってグループラインで送ってきた時、私てっきりゴッド・メタルばりのゴリゴリ厳つい系の人が来るかと思ったんです」

「ちょっと待ってよ」


 ゴッド・メタル。メタル界のレジェンド、betrayers monkのボーカルであるロブ・ハルバードの異名のことだ。この界隈で知らない者はいないだろう。

 橘さん以上の高音域のハイトーンを連発する正真正銘の化け物だ。いや、むしろ神だな。

 ちなみにゴリゴリスキンヘッドでサンタクロースばりにあごひげを貯えた超厳つい人だ。

 

「高校生バンドでそんな人来たら怖いわ!」


 そもそもゴッド・メタルはスクリームあんましないしね。あの人はとことん高音域のクリーンボーカルだ。


「ええ。我ながら夢見がちだと思います」

「あれ期待されたら誰が来てもガッカリだろ……」


 それはそうとbetrayers monkのpain slayerはマジでカミワザの連続なんだよね。ハイトーンボイスにおいて彼の右に出るシンガーはそうそういないだろう。


「須賀さんを一目見た時、『あ、こんなもんか』って思っちゃったんです」

「正直を美徳として消化するのにも限度があるんだよ?」

「もちろん先輩が連れてきた人を疑うつもりはありません。最低限の実力はあるんだろうなとは思ってました」


 まあ、橘さんはズブの素人をコッチの道に引きずり込むつもりはなかったからね。

 

「だから驚きました。あそこまでやれるなんて。ほら、私達ってかなりレベル高いじゃないですか」


 おお、自分で言っちゃうのか。でも事実だから否定なんてとてもできないけど。


「それに引けを取らないでついていけるってことは須賀さんのスクリームはかなり……下手するとメジャーでも通用するレベルかもしれません」

「及第点じゃなかったのか?」

「それは言葉の綾です! 揚げ足取らないでくださいよ!」


 なんだよ嬉しいな。


「素直に褒めてくれてよかったのに」

「調子に乗らないでください。リズム感とかはまだまだ改善してもらいますからね!」


 む、確かに。カラオケとかとはやっぱりワケが違う。

 自分ではそこそこうまく出来たと思っていても、長く続けている人からすれば思うところがあるのだろう。精進しなければ。


「ごめん、そこは頑張るよ」

「まあ、初めてにしてはかなりいい方だと思いますけどね」

「あ、やっぱり?」

「すぐ調子に乗る!」

  

 お、なんかちょっといい感じに打ち解けている? ボケたりツッコんだりでバランスよく会話できてる。これがコミュニケーションか。休み時間中、遠目から他のクラスメイトの会話を見てラーニングした甲斐があったわ。


「なにより先輩が歌ってる時、すごくすごく楽しそうで」


 真琴はしっとりとした表情を浮かべている。

 

「橘さんはいつも楽しそうに歌ってるよ」 

「はい。でも、今日はいつもと違います。いつもよりもっともっとキラキラしてました」


 うっとりとした表情を浮かべながら真琴は記憶の中の橘さんを噛み締めていた。


「念願のスクリームボーカルが入ったからだと思います。だからこれでも須賀先輩には感謝してるんですよ。私に先輩のキラキラをもっと見せてくれましたから」


 こちらを見ずにうっすらと真琴は微笑んだ。よっぽど橘さんが好きなんだな。

 気持ちはわかるよ。橘さんが俺を見つけてくれなかったら、あんな楽しい経験はしてなかったからな。俺にとっては眩しい恩人だよ。


「俺がこんな事言うのもあれだけどさ、そんなに橘さんが好きなら真琴はスクリームをやろうとは思わなかったのか? 正直好感度を稼ぐならこれ以上のことはないと思うけど」


 俺なんかですら橘さんは認めてくれたんだ。彼女の気を引きたいのならマジでこれ一択だと思うんだけど。


「私にスクリームはできませんよ」

「どうして?」


 橘さんと同じようにスクリームの才能がなかったのかな。

 だとしたら余計なこと言ってしまったかもしれない。

 そんな俺の失言を華麗にスルーして真琴はあっけらかんとした態度で口を開いた。


「だって女の子のスクリームなんてショボいじゃないですか」

「えっ」


 なんて?


「スクリームボーカルって男性がやるべきだと思うんですよねー。厚みと重さが違うでしょう? 低域だってより深く出せます。でも女性のスクリームってなんかこう、軽い?っていうか」


 違うんですよねー、と真琴はため息をつく。

 待て待て待て。かわいい顔してなんてこと言うんだ。

 聞き捨てならないぞそれは。


「ま、待ってくれよ。女性にだって優れたスクリームボーカルはいるんだぜ!? アンチエナジーのメリッサとかスピリタスブックスのパルプンテとかさ。女性だからって差別するべきではないはずだ!」

「確かにあの方々は業界でも屈指の実力を持っているのは認めます! でも女性と男性では体格も違えば声帯の質も変わってきます! それによって出力される音は全くの別物です! これは差別ではありません! 差異です!」


 確かに女性のスクリームは特有の爽やかさがあって、男性ほどハードなのは出しにくいかもしれない。でもキメ細かいディストーションは男性よりもキャッチーで万人に受け入れやすい。あんのちゃんのデスボイスとかは聴きやすいイメージだ。   


「とにかく男性のスクリーム以外私は認めません!」

「そこまで行くともう好みの問題なのよ……」


 こだわりが強すぎる。もう思想入ってるまである。


『あとうちにちょっとこだわり強い子がいてね』


 そうか。思い出した。そういえば橘さん言ってた。

 彼女が言うこだわりの強い子というのは真琴のことだったんだ。


「だから須賀先輩にはくれぐれも頑張ってもらわないと」

「へ?」

「ようやく捕まえた男性スクリームボーカルですからね。逃がしませんよ?」


 真琴は鋭い眼光でニヤリと笑う。

 ゾクリ、と背筋に冷たいものが走った。


「ドリトスのグレイブがD.R.A.G.Sに引き抜かれるような真似はさせませんから」

「あれは引き抜かれたんじゃなくて、追い出された結果自分で結成しただけだろ!」

「ドリトスとD.R.A.G.Sの話してる? ねえ、今ドリトスとD.R.A.G.Sの話してるわよね?」

「あはっ♪ほら、やっぱ仲良くなってるじゃん(笑)」


 歩道橋の上を歩きながら俺達は音楽小話に花を咲かせていた。

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