第13話 後輩って難しい
他の部屋からもギターの音やドラムの振動を感じる。この時間帯はかきいれ時なのだろう。学生や仕事終わりの社会人バンドが大勢来るようだ。
コツコツと二人の足音が響く。
――なんかちょっと気まずい! ここはなんか話題を振らなければ!
「えっと、吉川さんは――」
「真琴でいいです」
「真琴さんは――」
「さんもいりません。私、1年なんで」
淡々と真っ直ぐに言われる。
「……じゃあ真琴はさ、橘さんみたいにスクリーモとかメタルコアが好きなの?」
「そりゃあもう。先輩と私は一心同体、先輩の好きなものは私の好きなものです!」
「……さようで」
さっきまでの淡々とした対応はどこに行ったのか、嬉しそうな顔で自信満々にあまりない胸を張る真琴。橘さんの話題になるとこうもキャラクターが変わるのか。
察するに橘さんの影響でコッチの世界に入ったのだろう。
これはあれだな。彼氏とかできると相手の趣味に染まるタイプだ。
大人になって彼氏の影響でタバコ吸い始めるタイプだよ。
いや、橘さんへの態度を見る感じ、ソッチのケの人なのかもしれない。
彼女さんの影響でシーシャとか手を出すタイプかもしれん。
結局ニコチン中毒かよ。
ヤニなんてやめなー。身体に悪いよ?
「じゃあもし橘さんがヒップホップにハマったらメタル系じゃなくてそっちが好きになる?」
「んー、まあ先輩が聴くって言うなら聴きますかねー」
ほらきた。
「でも、どっちにしろメタルはやめられなかったと思います」
「あ、そうなの?」
意外だな。この感じだと橘さん経由じゃなさそうだ。
そうのこうの言っているうちに、カウンターへと辿り着く。
「マイクでしょう?」
店長さんが既に三人分のマイクを籠に入れて用意していた。
「楽器持ってきてる様子もないし……そっちの坊やはボーカルってことでいいのかしら?」
「はい。そうです」
真琴が答える。
「ってことは念願の?」
「スクリームボーカルです」
真琴がそう言うと店長さんはにっこり笑って手を叩いた。
「あら~。よかったじゃない! さくらちゃんずっと探してたものね!」
「ええ。ちょっと頼りない感じですけど、先輩が連れてきたってことは大丈夫だと思います」
店長が冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出して俺に放り投げた。
「それ、サービスよ。女の子ばっかで大変だと思うけど、頑張ってね❤」
きゃるん、と星が舞うようなウィンクをくれた。
ピアスもバチバチに開けてるし厳つい雰囲気だったけど、全然優しそうな人でよかった。
「あ、はい。がんばります」
「行きましょうか」
真琴はマイクの入った籠を持ってスタジオへと歩みを進めた。
「持つよ。俺も使うし」
「む、子供扱いしないでください。これくらい一人で持てます」
ツンとそっぽ向いてキビキビと早い足取りで真琴はスタジオへ向かった。
「別にそんなんじゃないってー」
手持無沙汰のまま俺もその後を追った。
「そうそう……はい! 声出してみて」
「あーあー。テステス」
先ほどの橘さんの指南通りにミキサーとマイクを繋げる。
「うん。これでバッチリね!」
他のみんなも一通り準備は終えたようで、「一旦ワンコーラス適当なのやってみましょうか!」と橘さんの号令でいよいよセッションが始まる。
「それじゃあ見ていてね。バンドの練習がどんなものか」
橘さんがそう言うと、恋がスティックをカンカンカンと鳴らす。
爽快なギターのリフと共に、橘さんのハイトーンが炸裂する。それを皮切りにベースとドラムも入ってくる。
初っ端からの凄まじい高音域のハイトーン。間違いなくサビであろうこのフレーズ。
今の若者達はイントロを聴かない。曲が盛り上がるところに来る前に次の曲に行ってしまうのだ。
なのでイントロの代わりにサビを入れることでリスナーに強烈なインパクトを残す。そういう曲が音楽業界全体で増えている。
この曲も昨今の流行に沿ったスタイルだ。
曲名は「last answer」橘さんと初めて出会ったときに最初に聴かせてもらった曲だ。
演奏難易度はかなり高め。それでも音源以上のクオリティを全員が出していた。
ていうか楽器陣がめちゃくちゃうまい。ドラムやベースは樹齢数百年の大木のように安定していて、寸分狂わないリズムキープだ。ギターもまるで機械人形が演奏しているかの如く正確で無駄のない運指をしている。ギターソロなんて速さと正確さで圧倒される。彼女の指には星のプラチナムでも取り憑いているのか!?
この人たち本当に高校生かよ!?
あの時以上の感動で脳が震える。稲妻が体中を走り抜け、痺れる。
インドアな俺は室内でライブ映像を見ることがあっても、直接ライブ会場には行かなかった。つまり生の演奏を観たことがなかったのである。
俺の脳を焼いた歌声。初めてのライブ演奏。
もはや俺の貧弱な語彙力では到底表せない。
もう、なんて言えばいいんだろう
「最高だ…」
これしか出てこねぇよ。
静かなAメロBメロ、サビ前に一気に橘さんのボルテージが上がる。その勢いでサビは冒頭以上にブチ上がる。
ああ、綺麗だ。
ピンと張ったピアノ線のように繊細かつたおやか声も、切なそうに感情全部注ぎ込んだ顔も。
鼓膜が、脳が、心が喜んでいる。
既に俺は世界的有名な美術館を堪能したかのような満足感に浸っていた。