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第1話 デスボイスじゃねえ。グロウルだ。

 この俺、須賀雅貴(すがまさき)には黒歴史がある。

 忘れもしない、あれは二年前の春。

 中学三年生となり、親睦会としてクラスのみんなでカラオケに行った時だ。


 俺は人見知りのコミュ障で今まで友達がいなかったから、今度こそクラスで親しい友人を作りたかった。そんな俺にとってこの親睦会はまたとないチャンス。

 ここでかっこよく歌いあげて注目を浴びるぞ、と息巻いていた。


 しかしコミュ障で陰キャな俺はめちゃめちゃズレた奴だった。


 皆が流行りの曲や誰もが知ってる有名な曲を歌う中、あろうことか俺はデスメタルの曲を歌ってしまったのだ。


「なにあれ~w」

「あいつ空気読めてなくね?」

「うわっ、こっち見た」

「てかあいつ誰?」

「あんな奴うちのクラスにいた?」

「きんもーw」


 そうです。デスメタルが世間一般ではドマイナーで、いわゆるデスボイスで歌うことが陽キャの皆々様方にキモがられるなんて知りもしなかったのです。


 ぐあああああああああああ!! 過去の俺よ! 死に賜え! 死に賜え!


 それから俺は、クラス中から馬鹿にされるようになった。

 

「よっ、デスボイス(笑)」

「デスボイスジュース買ってきてくんね?」

「デスボ今日の掃除当番変わってくんね?」


 デスボイスじゃねぇよ。グロウルだっつの。


 その話はクラスだけじゃなく学校中に広がり、俺は学校中の笑いものとなってしまった。

 そんな俺と友達になってくれる奴なんていなく、大人しい生徒の間でも俺は腫れもの扱い。昼飯は誰も使わない教室に侵入して一人寂しく飯を喰らう日々。


 辛かったねあれは。


 だが、そんな地獄の学園生活は中学の間だけ! 高校生になれば新しい環境で新しくやっていけるはず!! 


 そう思ってた時期が僕にもありました。


 ――高校1年の春。


「こいつ去年クラスの親睦会でデスボイス歌ってさw」

「まじい? きもいんですけどw」

「えーっと何君だっけ?」

「デスボ君でいっかw」


 そりゃそうだよ。近所の進学校にいるに決まってんじゃん。中学の頃の同級生。


 はい、噂はみるみる広まっていきましたっと。

 既に俺は好機の目で見られて針のむしろ。現在高二ですけど友達の一人もいませんよ。


 あーあ、ミスったなぁ。間違っちゃったなあ。

 あの時、無難にみんな知ってるアニソンでも歌ってお茶濁しときゃよかったかなあ。


 こうなったのもデスメタルのせいだ。

 いやまあコッチ系のジャンルには、メタルコアとかポストハードコアとか色々あるんだけど。


 だからもう二度と歌わない。

 人前でデスボイスなんて出すものか。

 正確にはフォルスコ――「おい雅貴ー?」


 ガチャリと部屋のドアが開けられる。

 

「ノックしてくれっていつも言ってるだろ父さん」

「あれ? そうだったか? いやあすまんすまん」


 何回言えばわかるんだろうねこの人


「で? 何の用なのさ」

「あー父さんなー、遠くに転勤することになったから」


 へ?


「近々お前も転校だから友達にお別れいっとけよ?」


 ふぁ?


「つっても今の子はラインで連絡取り合うか! ハハハハハ!!」






 ◇◇◇





 色々あって転校初日。


「須賀雅貴です。よろしくお願いします」


 パチパチパチと拍手の音が鳴り響く。物珍しそうに俺の顔を見ている者もいれば興味なさそうにあくびをしている者もいた。

 いずれにしろ、以前の俺に向けられるような偏見や嘲笑混じりの目で見る者はいなかった。


「どこから来たのー?」

「部活何してたん?」

「趣味とかはー?」


 HRは終わり、クラスの人達が俺の机の周りに集まり質問攻めに入る。

 俺は少しだけたどたどしくも自然な受け答えが出来ていた。


 そうさ。好奇の目を向けられるあまり、メンタルが鍛えられて人見知りゆえのコミュ障が改善したのである。今なら前のようなヘマはしないし、普通の会話ができる。


「えっと――」

「あれー? お前デスボじゃね?」


 ゾクリ、と悪寒が背中を撫でる。目を向けると、見知った顔が二ヤケ面でこちらを見ていた。


「あー名前見てもしかしたと思ったけど、やっぱデスボじゃんw久しぶりw」


 中学の頃同じクラスだった池谷真也いけたにしんやだ。

 何を隠そう、こいつ俺のデスボ事件を周りに言いふらした張本人だ。

 

「デスボ? なにそれ」

「こいつなあw中学ん時――」


 池谷はクラスの注目を集める中、俺の過去をべらべらと喋り始めた。


 ちくしょう……せっかく俺のことを誰も知らない学校に行けたかと思ったのに……よりによってこいつが……!!


「え、なんか須賀君って……」

「うん、ちょっとアレだね……」

「デスメタル……だっけ? なんか海外のバンドが薬で捕まったニュース聞いたことあるかも……」

「マジ!? じゃあ須賀君もヤクチュウってこと!?」

「ああ、予備軍って奴だ」

「……べーわw」


 ああ……まただ。

 みんなとの心の距離がどんどん引き離されていく。

 さっきまで和やかだった雰囲気が一気に腫物を触るかのような危うさになっていく。


「えっと、須賀君は前の学校でなんて呼ばれていたのかな?」


 眼鏡をかけた規則正しそうな女子が気を遣うようにこちらに尋ねてくる。

 さっき先生が紹介してくれたクラスの委員長の子だ。


 えっと、名前は確か――


「そんなの決まってんだろwデスボだよデスボww」


 池谷がそう言うと、ドッと笑いが起こる。

 陽キャっぽい奴らは大声でギャハギャハ笑い、大人しそうな子達ですら目を逸らしてクスクス笑う。


「ひーウケるwま、宜しくなデ・ス・ボw」


 池谷の人を小馬鹿にしたようなねっとりとした視線が俺の心にじっくりと染み込む。

 

 なあ学問の神様、そんなに悪いことだったかな。カラオケでデスメタル歌ったの。


 転校初日早々悲しいことだが、俺の学園生活の行方はもう決定づけられたようなものだ。




 ◇◇◇




 今は昼休み。三日か四日経ったが、俺の日常は転校前とあまり変わらなかった。

 目が合った生徒はクスクスと笑うか苦笑いして目を逸らすばかりで、俺に話しかけてくる奴なんていなかった。


 廊下ですれ違った他クラスの生徒ですらヒソヒソと俺の噂話をしている始末。


 だが不思議なことにそこまでショックでもなかった。

 二年間この扱いに晒されてしまったせいか、俺は独りでいることや腫物扱いに慣れ過ぎてしまった。

 

 ていうか、スレた。


 ロクに関わりもせず過去の些細な落ち度でレッテルを貼り、人の趣味を否定する奴らとお友達ごっこなんてこっちからごめんだ。

 むしろ今回の件で悟った。好きなことを否定してまで他人と馴れ合う必要なんてない。

 そもそも人見知りのコミュ障ってのも他人に好かれたい、嫌われたくないって言う自意識がそうさせたんだ。

 こいつら相手に好かれたいなんて思わないね。あー馬鹿らし。


「ようデスボ」


 不意に横から声がかかる。……池谷だ。

 

「お前良かったなあ。ここに顔見知りがいてさ。俺のおかげで馴染みやすいべw」


 ニタニタと二ヤケ面で俺の正面に立ってくる。 

 何がよかっただよ。滅茶滅茶浮いてんじゃねぇか俺。

 池谷は俺の耳元に口を寄せて囁いた。にちゃあって音が不快だ。


「学年中に噂バラまいてやったよ。お前は一生恥晒してつまはじきにされんだよ。ざまあねえな」


 低くドスのきいた声でそう言って俺の肩を雑に叩いた。


 ……俺がこいつに何かしたか?

 傷付ける様なことした? 怒らせるようなことしたか?

 なんで俺がこんな仕打ちを受けなきゃならない。悔しさで奥歯が擦り砕けそうだ。

 どうせこの先もハレモンなんだ。少しくらいは言い返してやってもいいんじゃないか? ぶん殴ってもいいんじゃないか?

 

 ……やめよう。もうなんかどうでもいいや。やり返したところで校内の噂が消えるわけじゃないし。

 なんかごっっっっっっっっそり生気持ってかれた気分だ。

 


「な? わかったら購買でジュース買って来いよ。お前の金で――」

「あれ橘さんじゃね?」

「マジじゃん! 誰かに用事か!?」


 池谷がそう言いかけると、突然周りがざわつき始めた。 


 池谷の視線の先には、毛先が赤いメッシュになっているセミロングの女子生徒が立っていた。

 ツンとくっきりとした鋭い目。かわいらしい八重歯。オシャレに改造された制服を着こなしている。クラスのみんなが彼女に注目しているところを見ると、明らかにカーストの頂点にいる生徒だ。うお、顔良。

 

「た、橘さん! どうしたの? 誰かに用事? も、もしかして俺とか?」


 鼻の下を伸ばした陽キャの一人が橘と呼ばれた少女に声をかけた。


「いいえ、あなたじゃないわ」


 バッサリと切られて撃沈した陽キャを一瞥もせずに、彼女は近くにいた委員長に声をかけた。


「須賀雅貴君ってどこにいるかしら」

「え? 須賀君って……」


 委員長が恐る恐るこちらを振り返る。同時にギャラリーの目線も俺へと向かった。


「どうもありがとう」

 

 みんなの目線から察した橘さんは委員長にお礼を言って、ツカツカと最短距離で俺のところへ向かってくる。


 え、なに、俺?


「あなたが須賀雅貴君、でいいのよね?」

「そ、そうだけど……」


 チラッと目だけで横を見やる。池谷が口をパクパクさせながら俺を凝視していた。


「大事な話があるの。ここじゃ人目に付くから移動しましょ」


 橘さんは俺の手を引っ張ってドアに向かった。


「は、は、はあああああああああ!?!?!?!?」


 廊下に出たあたりで、後ろから池谷の困惑に満ちた絶叫が響き渡るのを聞いた。

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