第四章:残酷に響く運命の足音③
エフォロスの森を出ると、街道はうっすらと朝靄に覆われていた。ドゥーエは、これからどうしたものかと空を振り仰ぐ。まるで貧血でも起こしているかのように、一瞬、目に映る世界が白から黒へと暗転した。
数秒の後、視界が戻り始めたドゥーエは苦々しい溜息をついた。呼吸に合わせて動いた肺が鋭い痛みを訴え、彼は手で胸を押さえた。
これから何処に行くにしても、まずは”食事”をする必要があった。今はまだかろうじて動けてはいるが、このままでは早々に動けなくなって行き倒れてしまうだろう。
街道を少し南下すれば、ノルスの町がある。しかし、ドゥーエはシュリと出会う少し前にノルスで子供を襲ったことで、自警団に警戒されてしまっている。満足に動けない今、ノルスへ赴くのは得策ではなかった。
かといって、今はその先のシュトレーまで足を伸ばせる気はしなかった。早くも八方塞がりになってしまったドゥーエは、自分へ近づいてくる死の足音を感じながら、今この瞬間も全身を襲い続ける激しい痛みに耐えていることしかできなかった。
(……ん?)
ドゥーエは自分の聴覚が人の声を捉えるのを感じた。ドゥーエは横顔を覆う黒髪を長く尖った耳へと掛ける。ノルスとは逆方向から、人間二人分の足音が聞こえてきている。どうやらこの先に旅人がいるようだった。
街道を北上すると、山岳地帯が広がっている。冬が長く、夏でも雪が溶けきらない険しい山々が連なるその場所をこの辺りの人々は『常冬の氷獄』と呼んでいた。
特に雪深いこの時期に常冬の氷獄を越えて旅をしてくるなど、物好きな人間もいるものだと思った。しかし、彼らの存在はドゥーエにとって幸運なことであった。
ぎらり、とドゥーエの深紅の目が妖艶な獰猛さを帯びる。喉の奥から唾が込み上げてくる。気持ちが昂ぶっていき、ずっと感じていたはずの痛みが薄れていく。自分を満たしていく凶暴で残忍な欲望をドゥーエはもう抑えようとはしなかった。
音でしか認識できていなかった旅人たちの存在が、ドゥーエの視界に小さく映った。淡白色の靄に阻まれてはっきりとはわからなかったが、ドゥーエが獲物として認識した彼らは旅の商人とその護衛のようだった。恐らく片方は大きな荷物を背負っており、もう片方は腰に剣を吊っている。
まだ彼らがドゥーエに気づいている様子はない。彼らの不意を打とうと気配を消すと、朝靄の中に身を潜めた。
「ヴィールフ、今日のうちにシュトレーには着けるかい?」
「着けないことはないと思いますが、もう少しでノルスです。昨夜は山の中でクマに襲われて休むどころじゃなかったんですから、今日は無理せずにノルスで一日休むべきでは?」
「しかしなあ……あまりノロノロとしていると商品の鮮度が下がってしまうよ」
そんなことを話す二人の男の声がだんだんと大きくなる。かつ、かつと街道を南下する靴音が近づいてくる。
ドゥーエは気づかれないように男たちへとじりじりと近づいていく。一歩、二歩、三歩。四歩目を踏み出した彼の足の下で、ぱきっと乾いた音が鳴る。足元に落ちていた枝が、彼の体重を受けて折れた音だった。
「ん?」
ドゥーエの存在に気づいた護衛の男――ヴィールフが彼へと視線を向ける。ヴィールフの深紫の視線とドゥーエの紅の視線が交錯する。
(気づかれたか……!)
ちっ、とドゥーエは小さく舌打ちをすると、ヴィールフへと向かって重怠くふらつく身体で突進する。ヴィールフは応戦しようと、腰に佩いた剣をすらりと抜き放つ。
「ラキシスさん、下がっていてください!」
ヴィールフは人の良さそうな栗色の髪の若い男――ラキシスを背に庇うように立つと、ドゥーエを迎え撃とうと剣を構える。冷たい朝の風にドゥーエの黒髪が舞い上がり、長く尖った耳が露わになる。ドゥーエの正体に気づいたヴィールフは表情を険しくした。
「こいつ……”人喰い”……!」
何だって、とヴィールフの背後に庇われたラキシスが顔を青褪めさせる。恐怖でがちがちと歯が鳴っている。ヴィールフは剣を中段に構え、背後のラキシスへと向かって声を張る。
「ラキシスさん、荷物を捨てて逃げてください! ノルスまで走るんです!」
「しかし……」
躊躇うようにラキシスは背中の荷物とヴィールフを見比べる。そんなラキシスの様子をよそに、ヴィールフは襲いかかってきたドゥーエの腹を狙って剣を薙ぐ。長身痩躯の”人喰い”は黒い残像を中に描きながら、ヴィールフの攻撃を身体の軸をふらつかせながらも躱す。切っ先に布を引き裂く感触があったが、ドゥーエに手傷を追わせられなかったことにヴィールフは歯噛みする。
ヴィールフはドゥーエを追撃すべく、剣先を繰り出しながら、
「命あっての物種です! 早く!」
ヴィールフに再度促され、ラキシスは荷物を地面に放り出すと、足をもつれさせながらも走り出そうとする。ドゥーエは迫りくる剣先を躱しながら、ラキシスの行く手を阻むように回り込む。目の前にある久々の”食事”をみすみす逃がすわけにはいかなかった。目の前に現れた圧倒的な恐怖の存在にラキシスは思わず立ち竦んだ。
動きを止めたラキシスの懐に入り込むと、ドゥーエは肘打ちをラキシスの鳩尾に叩き込んだ。「ぐあっ」ラキシスは腹への衝撃と痛みでその場へと崩折れる。歓喜で爛々と赤く光る目で自分を覗き込んでくる彫像のように美しい青年の顔に、ラキシスはが絶望のあまり目を閉じる。
ドゥーエの骨ばった冷たい手がラキシスの喉元へと伸びていく。ドゥーエの白く端正な顔には酷薄な笑みが浮かんでいる。
ドゥーエの長い指が首に触れる感触がした。首を折られる、とラキシスは自分の死を覚悟したが、いつまで経ってもその瞬間はやってこなかった。
ラキシスが薄目を開けると、自分の首に手を充てがったまま、その場でドゥーエが膝をついていた。ぜえぜえと荒い呼吸を彼は繰り返しており、白皙の美貌は苦痛で歪められている。
(何かがおかしい……こいつ、弱っているのか?)
ラキシスは訝しく思いながら、自分の喉を掴むドゥーエの手を振りほどいた。力の抜けたドゥーエの腕は重力に抗うことなく、地面に向かってだらりと垂れ下がった。
「ラキシスさん!」
動けずに憔悴した様子のドゥーエへとヴィールフは上段に構えた剣を振りおろす。ドゥーエは地面を転がって剣を避けようとしたが、今度は躱しきれずにぱっと宙に赤い血液が舞った。ドゥーエの右の脇腹が裂け、外套に血の染みが広がっていく。
(……しくじった。今のこの状態では、こいつらを仕留めるのは難しい)
一瞬、ぐわんと気が遠くなる。それでもドゥーエはふらつきながらも立ち上がった。今はせめてここから逃げるしかない。けほけほと小さく咳き込むと、赤い飛沫が宙を舞った。
こんなところで死にたくないと思った。何故かシュリのことが頭の中をちらついた。
ふいに足音が近づいてくるのをドゥーエの聴覚が捉えた。エフォロスの森の方角からだった。
こちらへ駆け寄ってくる足音の癖も気配も、ドゥーエがよく知るものだった。ドゥーエは顔を顰めた。
(シュリ……! 何故……!)
まずい。このままでは、彼女に自分が”人喰い”であることが知れてしまう。嫌悪で彼女の顔が歪むのを見たくはなかった。それに彼女にこんなところを見せたくはない。
「ドゥーエ!」
息を切らしてそう叫びながら、ドゥーエと男たちの間に飛び込んできたシュリの寝乱れてあちこち跳ねたままの黒髪が、一瞬、彼の視界を埋めた。彼女はドゥーエを庇うように立ちはだかると、男二人を牽制するように両手を広げた。男たちはいきなりの闖入者に困惑し、彼女を見た。
「シュリ! 何をして……!」
ドゥーエは混乱と狼狽で思わず声を上げる。シュリは黙れと言わんばかりにちらりとドゥーエへと一瞥をくれると、男たちへと向き直る。
「あんたたち……ドゥーエに何をしたの?」
シュリは低く硬い声で男たちへと問いかけた。短剣を握りしめる拳は白く、小刻みに震えていた。
「お嬢さん。その男は”人喰い”だ。彼は私たちやあなたをを捕食対象としてしか見ていない。なのに何故、そんな化け物を庇おうとするんだい?」
顔から血の気が引いたままのラキシスによって自身の正体を告げられ、ドゥーエは凍りついた。ドゥーエとて、自分が”人喰い”であるという事実がいつかシュリに知れてしまう可能性については考えていないわけではなかったが、これは最悪のパターンだった。しかし、シュリは突きつけられた事実に動揺したふうもなく、毅然とした態度を崩すことなくラキシスへと言い返す。
「だから何? ドゥーエが”人喰い”だってことくらい、あたしは知ってる。だけど、ドゥーエが”人喰い”だからなんだっていうの? あたしにとって大事な人――ドゥーエを庇うのに理由なんていらない、ドゥーエを傷つけることはあたしが許さない」
ドゥーエのことが好きだという気持ちがシュリを突き動かしていた。
世界で一番大切な人を守るためならば、自分の命を差し出すことになったとしても構わない。彼のためなら、たとえ自分の手を汚すことになったとしても――目の前の二人の命を奪うことになったとしてもいいと思えた。人間の身で”人喰い”であるドゥーエを庇ったことで、彼らにどう言われようと今更だと思った。
「正体を知った上でその男を庇い立てするというのですか? 人の身で相容れないはずの”人喰い”に与するなど正気とは思えません。非常に不可解です」
淡々と反論の言葉を並び立てると、ヴィールフはシュリの喉元に剣の切っ先を突きつける。蔑むようなヴィールフの眼差しにもシュリは動じた様子はない。
絶対にドゥーエを守る。殺させなんてしないという意志を宿した黒瞳には怒りの炎が揺れている。
「どうしても、ドゥーエを殺すと言うのなら、先にあたしを殺しな。あたしがここにいるうちは、もうこれ以上、ドゥーエに指一本触れさせやしない」
あまりに意固地な様子のシュリに、話になりませんね、とヴィールフは肩をすくめる。彼は濃紫の双眸を眇めると、シュリの首へと迷いなく刃を押し込んだ。シュリの首の皮が薄く裂け、赤い筋が浮かび上がる。
喉元に鋭い痛みが走る。しかしシュリは微動だにせずにヴィールフを憎々しげに睨め上げ続けている。
血の赤にドゥーエの中で再び興奮が膨れていく。ヴィールフの剣を汚す血とシュリの顔がちかちかと交互に視界をちらついている。欲望と激昂の入り混じった声で彼は哮り立つ。
「貴様……!」
ドゥーエはシュリの身体を突き飛ばすと、素手でヴィールフの剣を掴んだ。ざっくりと右の手のひらの肉が裂け、瞬く間に手が真っ赤に染まっていく。無理を押して動いた身体が重く、視界が傾いていくのを感じた。地面に膝が触れる。それでも、ドゥーエは刃から手を離さなかった。地面に膝をついたまま、ヴィールフの紫の目を睨め上げ、ドゥーエは吠える。
「何を考えている!? その娘は俺とは何の関係もない、ただの人間だ!」
手を出すな、とドゥーエはふらふらと立ち上がると、ヴィールフの腹へと蹴りを放った。今の状態では無理のある動きに股関節が悲鳴を上げたが、ドゥーエは気づかないふりをする。腹に衝撃を受けたヴィールフはたたらを踏んだ。ドゥーエの手から刃が離れ、宙に赤い飛沫が舞った。
全身が灼けるように痛み、本来はもう動ける状態ではない。目の奥が抉られるような苛烈な痛みが己の限界を知らせている。それでも、シュリが傷つけられるのを見過ごすことなど、ドゥーエにはできなかった。
知らず知らずのうちに顔を濡らしていた涙と汗と鼻水が混ざりあった液体を外套の袖口でぞんざいに拭うと、唸り声を上げてヴィールフへと掴みかかろうとする。こんなふうに
ヴィールフは掴みかかってきたドゥーエの左腕を掴むとひねり上げた。ごきっという嫌な音と重い衝撃がドゥーエの体内を走り抜ける。手の関節を外されたのだとドゥーエが理解したときには、ヴィールフは彼の脇を走り抜け、シュリへと迫っていた。
「させないっ……!」
ドゥーエの思考が怒りに染まっていく。シュリに危害を与えるなど許さない。殺してやる。ぐちゃぐちゃの肉塊になるまで嬲ってやる。彼の口元が歪み、鋭い牙が露わになる。
激しい瞋恚の炎が彼の心を燃え上がらせ、獰猛に奮い立たせていく。ドゥーエは己の理性が凶暴な本能に塗りつぶされていくのを感じたが、抗いはしなかった。
全身を苛む痛みが感情の昂りによってクリアになっていく。とうに限界など超えているはずなのに、体の動きが軽くなめらかになっていく。
関節を外されて力の入らない左手をそのままに、ドゥーエはヴィールフを追いかけた。関節を外された手の痛みなど、今やドゥーエにとって、猛る衝動へ薪を足すようなものでしかなかった。正眼の構えから突きを繰り出そうとしていたヴィールフの体をドゥーエは突き飛ばした。ヴィールフの手から剣が離れ、からんからんと地面を転がっていく。
「うっ……」
呻くヴィールフへとドゥーエは馬乗りになるようにして覆いかぶさる。そして躊躇することなく、ドゥーエはヴィールフの喉元に牙を突き立てる。ヴィールフの断末魔が響いた。
ドゥーエが首を噛みちぎると、ぼとり、と戦慄のあまり紫の双眸を見開いたヴィールフの頭が地面に落ちた。それには目もくれずにドゥーエは恐怖の表情を張り付かせて事切れた男の肩へと齧り付く。ばきっ、ぼきっと骨が噛み砕かれる鈍い音と、ぺちゃぺちゃとドゥーエが血を啜る音が響く。
「ヴィールフ!」
ラキシスは近くに落ちていた木の枝を拾い上げると、がたがたと震えながら立ち上がった。「うわあああああああ!!」大した殺傷能力を持たないそれをめちゃくちゃに振り回しながら、ラキシスはヴィールフの屍肉を貪り食っているドゥーエへと飛びかかっていく。
「駄目!」
ドゥーエの背を庇うようにシュリは立ち上がった。彼女の声に、ドゥーエは我に返る。血で汚れた口元をヴィールフだったものから離すと、ドゥーエはばっと背後を振り返る。「シュリ!」枝の先がシュリの頬を掠った。シュリの頬から滲み始める血の赤に、一瞬浮上した理性が再び衝動の底に沈んでいく。
殺してやる。シュリを傷つけられて、ドゥーエの身体からひときわ濃い殺気が吹き出した。ドゥーエはシュリの手から短剣を毟り取ると、衝動のままにラキシスの心臓を刺し貫いた。「ぐぼっ」ラキシスの口から血が吐き出される。ドゥーエがラキシスから短剣を引き抜くと、胸の傷から血が溢れ出し、ラキシスの服を瞬く間に赤黒く汚していった。
ラキシスの傷は明らかに致命傷であるにもかかわらず、ドゥーエは短剣で嬲るようにその体をめった刺しにし続けた。「ドゥーエ、やめて!」意識の隅のほうで少女の悲鳴が聞こえた気がしたが、ドゥーエは気にも留めなかった。
ラキシスが完全に動かなくなると、恍惚と歓喜ではぁ、とドゥーエは息を漏らした。ドゥーエがラキシスの眼窩から彼の脳味噌が付着した短剣を引き抜くと、視神経が連なった眼球がまろび出た。土と血液がついた眼球を拾い上げると、ドゥーエは飴玉のように口の中に放り込み、咀嚼する。口の中でその食感を楽しむと、ドゥーエは事切れた二人の男の骸に無我夢中で牙を突き立て齧り付いた。肉と血の味がほんのりと甘い脂とともに口の中を多幸感で満たしていく。
「ドゥーエ……」
背中にぬくもりと小刻みな振動を感じ、ドゥーエは一気に我に返った。握ったままの短剣が手の中から滑り落ちる。ぱっくりと開いた手のひらの傷が、関節の外れた手首が、再び痛みを訴え始めるのをドゥーエは感じた。
(俺は……シュリの前で、何を……)
ドゥーエは愕然とした。シュリを傷つけようとする彼らに殺意を覚えたのは事実だ。しかし、己の本能の欲するまま、シュリのいる目の前でここまでやるべきではなかった。
「……っ……くっ……」
シュリはドゥーエの背にしがみついて泣いていた。嗚咽を漏らす華奢な背中を撫でようとして手を伸ばしかけたが、自分の手がひどく血で汚れていることに気づいて、ドゥーエは思いとどまった。自分のような化け物がシュリに触れる資格などないと思った。
「シュリ。俺は”人喰い”だ。お前とは一緒にいられない」
今度こそさようならだ、とドゥーエは自分にしがみつくシュリの細い腕を振りほどく。どうして自分はシュリを傷つけることしかできないのだろう。このような別れ方をするのはドゥーエ自身も本意ではない。それでも、今は彼女を傷つけてでも距離を置くべきだった。それがシュリのためだと言い聞かせ、嫌だと喚き散らす自分の感情に無理やり蓋をすると、ドゥーエは今しがたの”食事”によって幾分か軽くなった身体を翻し、その場を立ち去ろうとする。
「待って!」
血で汚れたドゥーエの外套の袖口をシュリの手が掴んだ。
「だから何なの! ドゥーエが”人喰い”だってことくらい、あたしはずっと知ってた! それでも、あたしはドゥーエと離れたくない!」
「シュリ……」
ドゥーエを見上げるシュリの顔は涙でぐちゃぐちゃになり、土と血で汚れていた。シュリはしゃくり上げながらも言葉を続けていく。
「だからっ……! ひくっ……だか、らっ……勝手に、いなくなったり、しないでよっ……ひくっ……! あたしをっ……一人に、しないで……!」
そう言うと、シュリはドゥーエの胸へと飛び込んできた。泣きじゃくるシュリを血まみれの手でそっと抱きしめてやることしかドゥーエはできなかった。
もう覚悟を決めるしかない、と思った。彼女が何よりも大切だというこの思いを貫く道以外、自分にはもう残されていないのだとドゥーエは悟っていた。
この後、自分がしなければならないことを思うと胸が張り裂けそうだったが、今は彼女の森のあの小屋に連れ帰るのが先決だった。こんなところにいて、ノルスの自警団に見咎められたくはない。
「シュリ……俺が悪かった。だから、その……一緒に、家に帰ってくれるか?」
うん、とドゥーエの腕の中で小さくシュリは頷いた。
「ドゥーエ……帰ろう」
シュリはベロアのネグリジェの肩口で涙を拭うと、そっとドゥーエの指に自分の手を絡ませた。
「……ああ」
ドゥーエは血で汚れたシュリの短剣を拾い上げると、外套のポケットへとしまった。そして、彼はシュリの手を握り返すと、彼女とともに森の方角へと歩き出した。
二人の背後では、血の匂いに引き寄せられたカラスの群れが、屍肉を漁るために集まり始めていた。




