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第四章:残酷に響く運命の足音②

 悲しい夢を見た、と思いながらシュリは眠気で重い瞼をゆっくりと押し上げた。夢の余韻によるものか、心がひどく重苦しい。夢を見ながら泣きでもしたのか、ベロアのネグリジェの襟元がぐっしょりと濡れていた。

 夢の中でドゥーエはひどく辛そうな顔をしていた。どこかが痛いのか、頬には汗が伝い、髪が張り付いていた。息をするのも苦しいのか、はあはあと浅く苦しそうな呼吸を繰り返していた。

 大丈夫、と夢の中でシュリはドゥーエへと触れようとした。しかし、触れようとしたシュリの手をドゥーエは押し留め、首を横に振って拒絶の意を示した。そして、冬の湖面のようにどこか冷たく圧倒的な美しさを持つ顔を泣きそうに歪め、彼はシュリに別れを告げた。さよならという彼の言葉からは涙の匂いがした。

 どうしてそのような夢を見たのか、何となく見当はついていた。ここ数日ずっと、ドゥーエは具合が悪そうだった。彼はシュリに気づかれないように、普段通り振る舞っているつもりのようだったが、時折、何かに耐えるように苦しげな顔をしていたことにシュリは気づいていた。

 シュリは”人喰い”の生態について、常識の範囲でしか把握していない。しかし、共に暮らすようになってから、ドゥーエが人間を”喰った”様子がない以上、彼の体調に何か異変が起きていたとしてもおかしくはなかった。

 意識を覆う眠気の霧が晴れていくにつれて、シュリはベッドの中が妙に冷たいことに気がついた。シュリが隣を見ると、昨夜一緒に眠ったはずのドゥーエの姿が消えていた。

「え……?」

 シュリはすうっと背筋が冷えていくのを感じた。シュリはシーツを跳ね除け、慌てて飛び起きる。

 仄暗い暁闇(ぎようあん)に目を凝らし、部屋の中に素早く視線を巡らせると、ドゥーエのブーツと外套がなくなっていることにシュリは気づいた。彼は一体何処へ行ったというのだろう。シュリはベッドの下からオークグレーのブーツを引っ張り出すと、足を押し込んだ。靴紐を結ぶ間も惜しみ、昨晩手入れをしたままダイニングテーブルの上に放置していた短剣を鞘ごと引っ掴むと、彼女は家の外へと飛び出した。

 透き通った白色の霜が降りた地面に、シュリのものよりも大きな靴の跡が残っていた。恐らくドゥーエのものだと思われるそれはまだ新しく、森の入り口の方角へと向かって続いていた。

(あの馬鹿……!)

 こんな形で勝手にいなくなるなど、受け入れられるはずがなかった。一番近くにいたはずの自分にさえ、辛いも苦しいも何一つ伝えてくれないまま姿を消したドゥーエを許せなかった。

(なんで何も言ってくれないの……! こんなにそばにいたのに……!)

 彼を連れ戻してどうしたいのかはわからない。馬鹿じゃないのと詰りたいのかもしれないし、大丈夫だよと彼の苦しみに寄り添って抱きしめてあげたいのかもしれない。その両方かもしれないし、そのどちらでもないかもしれない。

 それでも、このまま離れ離れになってしまうなど、受け入れられるはずがなかった。ドゥーエがシュリに言っていないことがあるように、シュリにだってドゥーエへ言っていないことがある。

(それなのに勝手にいなくなるなんて、本っ当に腹が立つ……! ドゥーエにとって、あたしってそんなものなの? あたしはこんなにもドゥーエのことが大事なのに……!)

 ドゥーエが好きだ。優しくて不器用な彼へと抱いていた感情の正体をシュリは憤りとともにはっきりと知覚した。

(――探さなきゃ)

 もしかしたらまだこの近くにいるかもしれないという一縷の望みを持ってシュリは駆け出した。

 凍てつくような初冬の空気が喉に痛かった。はあはあと次第に息が上がっていくが、そんなことには構わずにシュリは走り続ける。

 胸騒ぎがした。このままでは、シュリが好きになったドゥーエが永遠にこの世から消えてしまうような気がした。

 どうか杞憂であって欲しい。そんなふうに希いながら、シュリは足を動かし続けた。

 


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