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「桜彼女」  作者: でふ
第三羽
3/7

交わる翼

 月末の金曜日の夕方、ラインで呼ばれた先は商店街のファミレスだった。中高生徒会が新年会と称して貸し切ったその場所、僕はそこに思い入れがあった。何もこの場所で行わんでも、僕はひとりそう思う。何を隠そうこの店、カリンさんが働いている場所なのだ。


 ゆっくりとファミレスの扉を開け、目を魚のように泳がせて周囲を見る。店内を見回すと、数名の店員がいそいそと店内を走り回っている。どうやらカリンさんは出勤していないようだった。僕はなんともなしに落ち込んでしまう自分がいることに気づいた。今日は彼女と会えないのか…。そう思うのと裏腹に、男たちの祝祭にカリンさんがいなくて良かった、と思う自分がいるのにも気づいてしまう。カリンさんがいたら男たちの目線を奪うであろう。そうなるのは避けたかった。

 後ろから北高生や中高生がどしどしとやって来た。よう、来てんじゃん。クラスメイトに声をかけられる僕。皆、冬の中高で開かれた文化祭で生徒会長に触発された奴らばかりだ。

 僕たちは空いていた座席につく。目の前には中高男子が座った。僕らは互いに一瞥をした後、会釈をする。

 その時、一人の体格の良い中高生が立ち上がった。彼が立ち上がった瞬間、

「いよっ、横田生徒会長!」

「横田さん、待ってました!」

 中高のカナリアたちがやいのやいの騒ぎ始めたのである。

「よし、皆、グラスは持ったか?」

 号令をかけるのは横田生徒会長だ。この新年会の発起人にして話題の中心人物。ファミレスに来ていた男子高校生たちが一斉に静まり返る。そして、僕たちはグラスを掲げた。彼という生徒会長の一声を合図にするためだ。

「乾杯っ!」

 僕らは互いに飲み物を震わせた。



 各々飲み物と食事を堪能し終えた時、僕は目の前に座る中高男子が誰なのかに気づいてしまった。

「もしかして、生徒会の人、ですか…?」

 僕の心の中に疑念が残る。目の前の中高生は冬の文化祭で横田先輩の隣に立っていた人物ではないだろうか、と。自分でもなぜそう思ったのかはわからない。ただ、時たま彼が生徒会長を遠巻きに見つめる瞳が他の人と違って見えたのだ。

 目の前の男子はゴクゴクと飲んでいたグラスを飲み終えて、そっと机に置いた。

「…ああ、副会長の縦一(たていち)だ」

 彼はそう名乗った。

「冬の文化祭では、ありがとう!本当に、ありがとうございました」

 僕はそう言って頭を下げた。それは本心だった。僕ら北高生のために色々と準備してくれていたことは想像に難くない。その準備に携わってくれた生徒会のうちの一人が目の前にいる。感謝の言葉をかけないはずがなかった。

「よしてくれ、僕は確かに生徒会に所属しているが、一年生だ」

 縦一はそう言うが、その風体は明らかに僕よりも先輩に見えた。このどっしりとした感じ。何かこう、短澤に似ているものを感じる…。

 目の前の縦一が短澤に似て見えた時、僕は自分の本心を話そうと思えた。

「……先輩のおかげで、僕は好きな人に告白できたんだ」

 僕はそう言って目線を横田生徒会長に向ける。目線の先を追った縦一はゆっくりと頷いてグラスに口を付けた。

「僕がカナリアの祝祭に好きな人を誘おうとした時、最後の最後に背中を押してくれたのが横田先輩なんです」

 僕はそう言って冬の文化祭を思い出した。校門の前にて並ぶ七人の生徒会役員。その彼らから手渡される帽子とサンタの袋。そして横田先輩からかけられた言葉を。

「だから、直接お礼がしたかったんだ」

 僕はそう言って縦一の瞳を見た。縦一の瞳は一瞬、沈んだように曇って見えた。

「……俺も、生徒会長に借りがあるんだ」

 縦一はそう言ってグラスを机に置いた。

「横田さんに冬の文化祭で言ったんだ。俺にも彼女紹介してほしいって。だってそうだろ? 北高生たちに帽子を渡して、俺らは盛り上げ役だったんだぜ?」

 彼は吐き捨てるように言う。

「でも、先輩は違ったんだ。俺にも借りがあったんだよ、一人の北高生に。って。その北高生に借りを返したんだって」

 数秒の沈黙後、

「で、お前にも借りがあるな。ひとり、女子生徒を紹介してやるって。先輩にそう言われて俺は好きだった子と知り合えたんだ。それで俺、その子と付き合えるようになったんだ…」

 縦一の口調は訴えかけるようだった。俺も俺で彼女が欲しかったんだ、と。それでいて北校生にだけいい思いをさせて、俺たち中高生はどうするんだって。でも、横田先輩は違ったんだ。縦一の言う通り、彼は確かに先輩だったのだ。

「…僕も、そうなんだよ。正確にはまだ付き合ってはいないけど、好きな人がいて、彼女にしたくてしたくて、それで、横田先輩の力を借りたんだ…」


 数秒の沈黙が流れた。そして、縦一はふっと笑った。

「……良かった。それなら、俺たちダチじゃん。なら、この後カラオケ行こうぜ!」

「え⁉︎ カラオケ⁉︎」

 時刻は二十一時半を回ろうとしていた。新年会の打ち上げも終わりに近づいている。こんなに遅くからカラオケってしたことない! カラオケをまともにした経験がほとんどない僕にとって、今日この日、この時間からのカラオケはいわゆる徹カラになる予感がした。

「金曜の夜だぜ、やろうぜ!」

 僕はしっかりと頷いた。


 その日のカラオケは盛り上がった。そして、僕と縦一は三年生の卒業式にとあることをしようと画策する。夜が深まる月の下、カラスとカナリアは翼を交差した。




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