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「桜彼女」  作者: でふ
第二羽
2/7

いばら姫

 週末の土曜日の夕方、僕は人でごった返した中部中心駅に降り立った。

 駅構内には土曜日だというのに黄色のリボンを付けたセーラー服の女子高校生たちの姿が目立った。駅に程近い中部中心高校、通称:中高の女子高校生だ。彼女たちは駅に隣接する商店街によく足を運んでいた。僕はというと、商店街から伸びる参道を外れ、一角に位置する劇場に向かって歩いていく。彼女が演者として公演する舞台を見に行くためだ。

 僕は劇場の正面に立ち、建物を見上げた。茜空の下、遠くから馬鹿でかい建物があるとは思っていたが、ゆっくりと貰ったチケットに記載されている地図を見て、僕は震えた。なんなのだ、この建築物は。ここでカリンさんは劇を演じるのか。


 僕は緊張の面持ちで正面ゲートを潜る。中にはビシッとタキシードを着ているおじ様方やドレス姿の奥様方が見えた。僕はガラスに映った自身の服装を見た。そこには学ラン姿のちっぽけな僕の姿があった。僕は顔が強張る。それと同時に、自身が場違いな世界に入り込んでしまったのではないかという錯覚を覚えた。

 震える指先から持っていたチケットが滑るように地面に落下する。僕は慌ててそのチケットを追う。そして、チケットに書いてある劇場タイトルを改めて読む。拾い立ち上がった時、目の前に掲げてある劇場看板のタイトルを見た。

「いばら姫」。

 そして、僕はカリンさんが誘ってくれた演劇が本当に目の前で開かれることを理解した。



「開演間もなくでございます。ご来場の皆様方、お早めに席にご着席いただきますようお願い申し上げます」


 アナウンスが鳴り、僕は劇場へと足を運ぶ。チケットに書いてある番号と目の前に並ぶ座席番号を照らし合わせる。番号を照らし合わせるに、1階の端の奥の座席だった。僕は座席に座り、目の前のステージを見た。天井から無数のスポットライトがステージを照らし、側面から続く円形のリングには2階席、3階席と層が連なっている。そして、中央のステージにはスクリーンが垂らしてあった。

 僕の隣に座ろうとした男女のカップルが楽しそうにおしゃべりをしている。僕もその様子をチラッと見て周りの観客を見る。先ほどの正面ゲートで見た方々とは毛色が違って見えた。


 照明の明かりが少しずつ暗くなる。会場全体から鳴り響く拍手を聞くうちに、僕の鼓動もざわめき出す。本当に彼女はこの会場で演劇をするのだろうか。薄暗くなる会場の中で先ほどもらったパンフレットを確認する。パンフレットにはタイトルとの下に「女優:桃咲カリン」の名前が記されていた。




 真っ暗闇の中で、映像がスクリーンに映し出された。スクリーンには縦線やノイズが走り、映像が飛んでいる。昔の映写機で映したみたいだ。そこに一人の赤子が映し出された。


「むかしむかし、とある王国に待望の王女が産まれました。王と王妃は大変喜び、盛大な祝宴を開きます。その祝宴には王国中の人々と善良な妖精たちが招かれ、王女に贈り物を献上するために集まりました」


 ナレーションと共に映像が続く。


「ところが、招待されなかった邪悪な妖精が怒りのあまり、赤子に呪いをかけます。その呪いとは、王女が十六歳の誕生日に糸車の針に指を刺して死んでしまう、というものでした」


「一人の妖精がこの呪いを和らげました。王女は死ぬのではなく、深い眠りにつくだけで、真実のキスを受けることで目を覚ますのだ、と教えられます」


「王女は16歳の誕生日に、偶然隠された糸車の針を見つけ、針に指を刺してしまいます。すると呪いが発動し、王女は深き眠りについてしまいました」


「妖精たちは王女を守るため、城中の人々を眠らせ、城を茨に覆わせます。そして真実の愛が王女を救う日を静かに待つのです……」



 映像の最後に、文字が流れる。


そして、数百年という長い月日が流れた――


 スクリーンは暗くなり、照明が一斉にステージに焚かれた。ステージには青いマントに黄金の冠を付けた王子が立つ。

「おお、王女よ。今、助けに行くぞ」

 王子はそう言い、左腰に付けた剣を抜き出す。そして、その剣の刃でもって城を囲む茨を斬り倒していった。

 そして、城への道を開いた王子は、王室のベッドに眠る七人の王女の元に辿り着いたのだった。


「……七人⁉︎ 一人じゃないの?」

 善良な妖精の一人が言う。「ええ、子沢山だったようで…」

「王妃、産みすぎじゃないの?」

 そこに現れる邪悪な妖精。

「全員に呪いをかけるのもひと苦労したんだから…。もういい加減早くキスして眠りから目覚めさせなさい」

「それおま言う?」

 お前が言うな、完全なネットスラングである。

「いいからキスをしなさいキスを!」

 妖精たちは囃し立てる。

 王子は七人の王女を見比べる。妖精が右から、第一王女、第二王女、第三王女、第四王女、第五王女、第六王女、第七王女です、と言う。それは見ればわかる。


 僕はその王女の中のひとりに見知った顔があることにハタ、と気づいた。第七王女カリン姫である。

 僕は思わず席から身を乗り出そうとする。カリン姫はぐっすりと眠っている。その瞳を閉じた姿をしっかりと脳内ROMに収納しつつ、僕は生唾を飲む。

 そして同時に、嫌な予感がした。これから王子は七人の王女と誓いのキスをするのだろう。当然、カリン姫ともキスをするのだろう。その光景を想像すると、何かこう虫唾が走る思いがした。そして王子役の男子を見る。…なぜかこう、イケメンすぎていけ好かない。

 王子は指差しながら言う。

「この()がいい!」

 王子が王女を「この娘」扱い、リアルである。周りの妖精たち全員からは、ぶーぶー文句を言われる。そして、指差した先にいる王女を見た。第七王女カリン姫である…。

 僕も胸中穏やかではなかった。そりゃ眠りから救われるのはいいことだが、七人もいる王女の中から真っ先にカリン姫を選び取るところに複雑な思いをした。そして同時に、僕は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 王子は周りの妖精たちのブーイングを退け、いいからキスさせろ! と言った。僕も座席から立ち上がってブーイングを入れたくなる。


 王子が第七王女にキスを迫ろうとした瞬間、王女はパチリと目覚めた。そして、王子の近づく顔を手で払いのける。王子は目覚めたことに驚きを隠せない顔をした。僕は、ホッと胸を撫で下ろした。

 第七王女が言う。

「私にも選択権はあるの」

 むっちゃくちゃリアルである。

 その途端、他の六人の王女たちが煙に包まれた。眠りにつけられた第一〜第六王女は妖精たちであったのである。

「…クソっ」

 邪悪な妖精がそう言う。王女に扮した妖精たちは邪悪な妖精の手下だったのだ。

「見破られてしまっては仕方がない。妖精たちよ、かかれー!」

 手下が総動員して王子と王女に迫りかかる。そこで第七王女カリン姫が妖精たちに突如として飛び膝蹴りを喰らわした…!

「えいっ!えいっ!」

 手下の妖精たちと邪悪な妖精はボコボコにされてしまう。その様子を王子は腰を抜かして呆気に取られながら見ていた…。


 全てをやっつけた後、王女は言った。

「可愛いは正義! 正義は勝つ!」


 照明が一気に暗くなり、明るくなった時にはステージにはスクリーンが映し出されていた。スクリーンに文字と共に、晴天の青空の下のとある王国が映し出される。


――こうして、王国に平和が訪れました。めでたしめでたし。




 公演が終わると、劇場内に「えええええ⁉︎」と言う声が響いた。見ている側の観客も驚きを隠せない。無論、僕もそのうちの一人だ。


 幕が再度上がり、劇場内の全ての照明が点灯する。そこには演者たちが横一列で並んで立っていた。演者たちが一斉にお辞儀をする。

 呆気に取られていた観客が、数秒遅れて拍手をする。拍手の音は十数秒、鳴り止まなかった。



 その公演を見終わった後、僕は会場を後にした。チケット売り場のベンチに腰を下ろし、建物の窓から見える風景を見る。外の空は暗い、灰色の雲に覆われていた。


 ベンチに腰掛けること数十分、カリンさんがスタッフオンリーの扉から出てきた。そのカリンさんにとある髭を蓄えた男性が声をかけた。カリンさんは立ち止まる。

「素晴らしい演技だった。受け取ってほしい」

 彼はそう言って花束を渡した。

「ありがとうございます」

 そう言って初老の男性に丁寧にお辞儀をした。そのカリンさんが人混みの中から誰かを探しているのがわかる。そして、僕と目があった。

――演劇を終えた王女が、待つ人のもとへと駆け寄ってくる。人だかりをすり抜け、花を抱え、まるで映画のワンシーンみたいだ。

 まるで「四月は君の嘘エピソード2、友人A」みたいだ、などと出会ったばかりの彼女に言う。

「私もこれがやりたかったの!」

 王女(カリン)が子どものようににこやかにそう言って笑った。

「あ、見て」

 彼女はそう言って窓の外を指差す。

「雪が降ってる!」

「…初雪だ」

 僕と彼女は外を見た。市内上空からはとても小さい粒の雪が降っていた。ふたりは思わずその場でレミオロメンの「粉雪」のサビを熱唱する。

「それじゃ、帰ろ!」

 彼女を見ると、心が弾んでいるようだった。僕も思わずウキウキしてしまう。ふたりが階段を降りて正面ゲートに辿り着いた時、

「これ、持って」

「え?」

 彼女はそう言って先ほど受け取った花束を僕に押し付けてきた。僕は、この花束いただいたものじゃないの? と言ってしまう。それでも彼女は先にゲートを潜りこちらを振り返った。

「だって荷物多いんだもん」

 僕は彼女の持っている荷物を見る。手提げ鞄が一個。僕は苦笑しながらその場を後にした。



 めおとづるロードの近くにある喫茶店、そこで荷物を下ろし僕たちは席に着いた。

「この花束、名刺が付いているよ」

 僕は名刺を見つつ、注文をする。名刺には隣の県の有名大学の文学部卒であることが記載されている。「ホトトギス」、そう書かれていた。おそらくペンネームだろう。

「あの方はね、あの公演の劇作家なの」

 僕は先ほど遠目から見た髭を蓄えた男性を思い出す。なるほど、さっき見た公演はホトトギスオマージュの「眠れる森の美女」だったと言うわけか…。


「それでね、話変わるけど、…ツイッターアカウント全部見たよ」

 カリンはそう言って先ほど頼んだカフェラテを口に運ぶ。そのミルクがカリンさんの唇に付き、それを舌先でそっとぬぐう。僕はその光景を見てドキマキし、慌てて手元の珈琲を飲んだ。

「…そうなんだね」

「それで思ったんだけど、私の物語を書いてほしいなって」

 僕は珈琲を口に運んだまま、固まる。僕のツイッターに書かれた文章は確かにくそほどどうでもいい文章の羅列だ。だが、僕はそのくそほどどうでもいい文章を書く時に意味を込める癖があることは自覚している。その癖がバレてしまったのかもしれない…。

 ただ、バレた相手がカリンさんで良かった。そう思った。


「…それもいいね」

 僕は再度、ゆっくりと珈琲を飲む。珈琲のほろ苦い味わいと舌触りの重厚感が癖になりそうだ。

「手始めに、僕が思う物語を描こうと思う。そこから自信を付けてきたら、彼女(カリン)の物語を描くね」


 僕はその日から物語を描き始める。物語の筋書きや結末は、まだ知らない。




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