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7話 虫

「ああ、H20365番。」

「ドルミ魔術師、いかがしました?」


 閉じている部屋の中のどこかかもしれないと恐る恐る覗き込もうとした直後に奇人であるドルミ魔術師に見つかった。


「アリトゥス卿がH20365番に、改良版の幸福虫を入れたというからその経過を聞きたくてね。君にあったらそれを聞こうと思ったのさ。」

「実験の告知がされていなかったので、観察もせずに症状が顕在した時点で殺しました。一部破壊された脳も修復済みです。ですので、レポートは無理です。」

「残念だ。非常に残念だ。もう一度実験をやり直すように伝えよう。」

「…せん妄が酷くて被験体からの回答は無理です。また、12時間…それ以上かもしれないですが、記憶がありません。偉大な魔術師様からの回答はどうなんですか。」


 あの男がドルミ魔術師にどこまで話したのかが気になって尋ねると、予想外にもドルミ魔術師はホクホクとした様子であの男の実験結果のレポートを見せてきた。ドルミ魔術師の研究内容とその研究内容に群がる連中が腐っているだけで、本人の気質自体は素直で真面目であるということを忘れてしまう。倫理観さえあれば、彼は魔術師の中では真っ当な方なのに、倫理観がないから、この男はマッドサイエンティストなのだ。


 あの男のレポートは詩の如く叙情的だ。エルはそこに眉を顰めながら読み進める。エルが話した内容は書いていなかったが、幸福虫のレポートには、


・抵抗することなく、尋ねた内容には全て答える。

・接触はおろか、急所に触れても抵抗はない。

・鳥の調教のように、こちらの要求通りに話すように訓練するとそのように話す。


と、エルにとっては不都合な内容が書かれていた。やはりエルが抱えている知られたくない内容は既にあの男は知っていると言うことだ。


「……ドルミ魔術師、尋ねた内容とその答えはありますか?」

「レポートは無かったが、確かに答えたくない回答のレベルは変わるはずだ。アリトゥス卿にレポートの再提出を求めよう。」

「……ドルミ魔術師にもあの人は何も言ってない。何を考えて。」


 彼にとって信頼しているはずのドルミ魔術師にも話していないのならば、エルを泳がせて何をしたいのだ。


「H20365番、アリトゥス卿の真意を測るのはやめたまえ。下賤の人間には理解できんのだから。」

「ええ、そうします。」


 ドルミ魔術師の「金言」にエルは理解した。

 ドルミ魔術師にレポートを返して、再び走る。あの男に崇高な考えがある筈もないし、あるのは邪悪な子供のような感情だとエルは知っている。エルの脱出計画を知ってあの男が「国の為」「魔術の発展の為」に、エルを止めようとなんてするはずがない。エルが苦しむ姿を最も愛しているあの男が、エルを解放したのは、その方がエルにとって絶望するからだ。

 それだけではない。エルが苦しむ姿を愛しているのと同時に、エルに脱出を促したジーンを憎んでいたのだ。ジーンに絶望を与えながら殺そうとするかもしれない。魔術の素養がある人間を実験体として利用し、殺すことはできないが、エルが離反するように促した人間として処罰で殺すことはできる。


 規定で殺すのには手続きが必要だ。それまでにエルが彼に忠誠を誓えば、ジーンの減刑くらいはできるかもしれない。


 エルは王宮の管理棟に走った。魔術師以外がいる法務部に乗り込むと、幼い子供の姿に彼らは驚いていた。エルは普段魔術師や実験体以外と接触がない。ただエルの恰好が高貴な身分のような出たちだったので邪険には扱わなかった。


「サー、ここは遊ぶところではございませんよ。」

「お連れ様はどこでしょう。」


 ここで魔術師が来られるとエルはまずい。魔術師の横暴はある程度権利として認められているから、エルは虚勢をはった。


「1485年に王国魔術師になった、エル・ウォッカだ。そのような口は控えよ!…王国魔術師から上がった処罰届はないか!」


 彼らは驚いて、すぐに名簿を確認し、エル・ウォッカが王国魔術師であることを認めた。それから、書類の山からジーンに対する処罰が書かれた書類を見つけ出した。


「ほ、本日付でジーン・ドゥを魔術師資格を剥奪すると書いてありました。」

「処罰根拠は!」

「度重なる実験妨害と、反乱思想の流布だそうです。このまま刑務部の方に移送されそうな内容ですが、特にそのような手続きはとられてはなさそうですね。」

「それは受理されるの?!」

「書類の不備がなければ……。完璧なのでこのまま受理ですね。」


 あの男が書類不備などやらかすはずもなかった。魔術師資格の剥奪は、即ち魔術塔での人間と認める資格の剥奪だ。実験体や素材となっても誰も構わないのだ。まだ王国法で裁かれた方が助けようがある。


「……僕が、僕しかいない。」


 あの男にもう一度ジーンの資格を与えるように説得しなければいけないが、それをやろうとするのはエルしかいないのだ。エルは法務部を飛び出した。


「…あの子何歳なんですか。」

「さあ、……少なくとも20は超えているな。」

「魔術師って時折年齢おかしい方いますよね。アリトゥス卿もそうですし。」

「あの人も50近くで、まだまだ魔術師の中心人物だ。」


 エルの来襲に驚いた彼らだったが、すぐに通常の業務に戻った。少しばかり不思議な子供の青年の噂が流れたくらいだ。



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