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6話 鳥


 エルはボンヤリとした感覚で目が覚めると、あの男の研究室だった。せん妄状態があるとだけ自認して簡単な魔術をかけて回復するまでゆっくりとしていた。

 頭が働くようになってから、この状況は最悪であると認識した。いつかは確実に分からないが、食事に幸福虫を混ぜられていたのだ。目にはほとんど見えないそれらにも僅かな魔力があるから、普段であればエルは避けられるのだが、恐らく男が酷くエルを痛めつけて、エルが何もかもするのが億劫になった時に、ジーンが運んできた食事に混入していたのだろう。油断した。気付くほどの症状が出るまで時間がかかるが、エルが自分で対処できてしまう軽微な症状が出ても気づかないように頻繁に男はエルを痛めつけ、無茶な欲求を通した。エルは男の行動を誤解していた。男が異常な程エルに執着していたから、ジーンが現れたことで荒れていたのだと思っていた。


「…僕が体調万全だったらすぐに気づいたのに。」


 いつも微熱がある状況が当然だったから、感覚が麻痺していたのだ。


「…情報抜かれてないといいけど…、そんなことはないだろうな。」


 あの男は計画的だった。自身の癇癪すらも考慮に入れて動いていたのだから、エルが隠していた情報は全て筒抜けだと考えて間違い無い。

 

 しかし、と辺りを見回した。

 脱出計画があることを知ったくせに、エルを拘束する術が取られていない。エルは恐る恐る部屋を出たが、廊下は変わらず静かだった。エルはジーンに危険だと告げたかったが、それはあの男も認識しているだろう。一歩ずつ恐怖を抱きながら自室へと戻った。


 何か対策を打たれたのか、ジーンがエルの部屋に来ることはなかった。ジーンは部屋が用意されていなくて、仕方なくエルの部屋で寝泊まりしていたはずだが、夜が更けてもジーンは部屋へと戻って来なかった。エルは与えられた部屋こそ粗末だが、服はあの男が買い与えているから無駄に立派な生地が使われている。しかし、ジーンは薄い服だ。(ジーンが一回りエルよりも大きいからエルの服は入らない。)帰ってこれないジーンが寒がっているのかもしれない。

 エルの部屋に帰ってこれないことも考えて服飾の魔術を考案していればよかった。そうすれば魔力で糸を良いものに変質させて、体形に合わせて服を作る。エルは一度防御システムの方を置いて、服の魔術を考え始めた。


「僕の服から足りないものは、全て魔力で補う……やっぱり服の構造を理解しないと難しいな。服の本なんて書庫にあるのかな。」


 そのまま王宮の書庫に忍び込んだ。服飾の専門書は見つけられなかったが、ドレスやマントのデザイン画は見つけられた。しかし、服の構造や型紙のデザインも書かれていたから、欲しい情報が揃っていた。エルはそれを拝借すると自室に戻った。


「…トラウザーズやブラウスって難しいな。ジーンのサイズなんてわからないし、マントの形にしておこう。ジーンが大きくなっても着られる方がいいなぁ。そんな伸縮自在ななんでもありの魔術なんて無理かなぁ。」


 魔術式で図形を描き慣れているエルは、型紙を描くのは苦ではなく朝の衛士の交代の時間には描き終えていた。

 その時間になっても、ジーンは戻ってこなかった。


「…彼じゃなくてドルミ魔術師?…サルト魔術師も素材狙ってたかも。」


 魔術塔で姿が見えないというのは、恐ろしい実験か下らない余興に使われているかもしれないということを指す。

 エルはご飯も食べずに朝から昼までジーンを探していたが見つからなかった。魔法で鳥を生み出して、一緒に探してもらってもなかなか見つからなかった。

 ジーンは空が見える中庭が好きだから、エルのそばにいない時はいつもそこにいたのだが、何度見に行ってもいない。走り回ったエルが疲れて、中庭の花壇に座りこんだ。そこでももう一度鳥を作って探しに行ってもらうと、突如知らない声が聞こえた。

 

【人間が…鳥を?】

 

 声の方を探ってみるとそこには、美しく大きなしだり尾を持った1ヤードほどの大きさの鳥がいた。このような鳥は見たことがない。


「君は誰?」

【……余の声が聞こえるか。】

「うん。聞こえるよ。」

【……そうか。余は、そうだな、何でもない、ただの鳥だ。】

「……全然ただのって感じしないよ。すごく強い魔力を感じる。」

【ほう、隠しているのだが、それでも読んだか。】

「嘘つき。僕が声を聞こえるって言ってから隠さなくなったくせに。」


 鳥は誤魔化すように笑った。


【…余は御前おまえの家族の友人だ。御前の家族はどこにいる?奴を探してこんな暗い場所まで来たのだが。】

「僕の家族?……僕は覚えてないよ。」

【奴はいたはずだが…。余が以前ここに来たのは十…数年くらい前だ。人の暦なぞ覚える気がないから違うかもしれんが。御前の血縁者であることは間違いない。】

「僕の血縁者…、何故わかるの?」

【余の声が届くからだ。余の声が届く人間らは奴の血縁者であるはずだ。…それに目の形がよく似ている。色は全く似ていないが。】

「その人の名前は?」

【…ナイだ。】

「ナイ。僕みたいにここら辺の人の名前じゃないね。」

【御前の名前は?】

「エル。エル・ウォッカ。】


 何もかもないエルにとって唯一名前だけがエル自身が持っている自分のものだ。ジーンもきっとそうだ。不思議な鳥がエルの家族を知ってるかのような話をしていても、今大切なのはジーンが生きているかどうかだった。エルが遣わしている鳥も見つけられてない。


【…何をそこまで気をそぞろにしている?】

「なんでもない。休憩は取れたからもう僕行くね。」

【そうか。余の探し人を見かけたら教えよ。】

「……分かった。」


 怠惰な王国魔術師が厳密なリストを作成しているはずもないが、ある分の実験体リストも、牢屋の人の数も全て把握している。それでも、彼が言うエルに似ている者など知らない。


「…けど、確かに探してみる価値はありそう。もしかしたら王宮かもしれないけど。」


 エルは再び魔術塔の奥を探しに行った。


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