5話 バグ
急に短い
「やあ、バグ?」
ジーンが1人の時にあの男が声をかけるのはエルに伝言を頼む時くらいだ。今回もその類だと思って内心怯えているのを取り繕いながら応答する。しかし、男はジーンが近づくや否や、首を絞めて、壁に押し付ける。
「脱出計画はうまく行っているのかい。」
「な、にが。」
呼吸がしづらい中、ジーンは男を睨みつけた。
「私に隠しても無駄だよ。」
男の手のうちにある魔術式がなんと描いているのかジーンには分からなかったが、よくないことを招くことは分かっていた。しかし、体も魔術も上回る男に対してジーンが抵抗することなどできない。
「アレが反抗的な目を持ったのは、貴様のせいだ。」
「いっ。」
なんの魔術を使われているのかわからないが、足が痺れて激痛が走る。
「やめっ。」
「ふふふ、まあ、ここら辺にしてあげよう。」
男は基本的に粘着質で何度も何度も長時間痛めつけるのが好きなのに、数発殴りつけただけでジーンを解放した。男がわからず、恐ろしさで体が震える。エルに相談しなければと思って、震える身体を叱咤して走り出した。
エルは魔術式を考えている時は、基本的に寝床である粗末な倉庫にいるが、ジーンが初めて会った時のように庭にいる場合もあれば、実験として他の魔術師たちの部屋にいることもある。また実験体たちの牢で気休めの魔術をかけているのかもしれない。最初に倉庫に行ったが書きかけのレポートがあるだけで、抜け殻だった。
ジーンは恐怖に怯えながら魔術塔を駆け回った。
「…プア・パピィ、楽しいかい?」
ふと、あの男の声が聞こえた。あの男がそう呼ぶのはエルしかいない。あの男のことをエルに相談したかったのに間が悪いが、エルが出てくるのを待とうとバレないような聞き耳を立てた。万が一先に男が出てきたら困る。
漏れて聞こえる男の声は聞いたことがないくらい、穏やかで優しかった。本当にあの男なのかと混乱して微妙に開いている扉を覗いたが、確かにあの男だった。いつもはぞんざいに鞭でエルを叩きつけているのに、今は壊れ物を扱うように頬や頭を撫でている。いつも苦しそうな顔か無表情しか見せないエルも何故か穏やかに擽ったそうに笑っていた。ジーンは既に冷静さを欠いていたが、更に頭が沸騰するほど激しくその光景を嫌悪した。
「でも、私を捨てるんだろう。彼との脱出計画はいつ実行するんだい?」
「…んーん。そんな日来ないよ。」
「餌を吊るしているだけ?」
「ん。」
ジーンは目の前が真っ赤になった気がした。音が立つことも気にせず、その場から逃げた。
男はニコリと笑ってエルに微笑む。
「君は私のものだよ。」
エルは笑顔で返すだけだった。