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4話 外の世界

 エルは初めて王宮の敷地内から出た。それは、魔術式防御システムの魔術式の試作の為に実際どこまで王都があるのかを把握する為だった。あの男が主導し、他数人の魔術師を連れて王都の外れを歩いていたが、見慣れない光景に市民たちがなにがあったんだと野次馬に来ていた。それが男は気に入らない様子で、小さいエルを抱えて耳打ちする。


「誰か殺したら静かになると思わないか?やってくれ。」

「僕がですか。」

「下っ端の仕事だろ。」

「あなたが上官なら下っ端を抱えないと思います。」

「君が小さいのがいけない。私は屈みたくないのでね。」


 下らないのに彼は本気だ。


「殺したことがありません。」

「大丈夫だよ。覚えていないだけだ。」


 何も大丈夫でもないが、男に隙を与えてはいけない。


「騒ぎになりませんか?」

「なら、脅してくれ。それでも五月蝿いなら殺しなよ。」


 実際は恐ろしい会話をしているとは思えないくらい、遠目から見たら親子のような穏やかな様子だった。エルは男から離れると野次馬たちに向かう。


「仕事中だから静かにしてください。」


 静かにしなければ殺すなんてことをエルは言えないので、魔術を発動して無理やり声を奪った。


「ごめんなさい。」


 魔術師たちの方へ戻ると男は感謝もせず早く仕事をしろと促す。この男にとってはエルが場をおさめるのは当然のことらしい。


 王宮の塀の向こうの景色をエルは初めて見たが、外の世界が自由かどうかなんてやはりエルにはわからなかった。王都は人がたくさんいるが、皆どこか死の影に怯えていた。と言うのも、今王都内では死鼠病と言うものが流行っており、既に15%の民が減少している。


「……連れてこられたあの人間たちも死にかけが多かったな。」


 もし、この魔術式が完成したら病原菌を持つ存在を排除していく必要がある。そうでもしないと、王都は人が密集しがちで一瞬で病が広がってしまう。


 魔術式の完成まで何度も王都の外縁部に向かっていたが、毎回野次馬の民衆たちをそうして黙らせた。

 しかし、完成が近づくと男は成果を喜ぶ一方で、エルへの当たりは悪化した。


「プア・パピィ、ロリット病の治癒魔術のレポートは?」


 頼まれてないレポートの提出を求められ、ないと言うと怒られ、鞭を打たれる。勝手に男が新たに作った病気など知るものか。そう言えば更に男の態度を悪化させるだけなので、ただただ耐える。そして、手が疲れたからと去ったあと、隠れていたジーンが半泣きになりながらエルに包帯を巻く。エルが自分で治す気力が出るまでジーンはそうすることにした。


「見てるの辛いよ、まだ一緒に殴られる方がマシだ。」

「彼が怒りたいのは僕だけなんだから意味ないよ。」


 一度だけジーンがエルを庇おうとしたことがあったが、魔術を使って死ぬギリギリまで窒息させられたのだ。その後、エルがジーンに回復魔術をかけて、ジーンはなんともなかったが、結局エルの負担が増えるだけと言うことで、2人でいる時に同じ様なことが起きたらジーンは隠れてることにした。


「…早く俺も魔術使えるようにならなきゃ。」

「練習する?」

「エルは作業やってて。やることたくさんあるでしょ。」

「ちゃんと進めようが、少し遅れようが怒られるのは変わらないもの。」

「…ほんと意味わかんねえな。」


 理不尽な人間にマトモな話は通じない。ジーンは、エルがちゃんと仕事している理由すらも分からない。


「ならサボっても良くね?」

「嬉々として実験材料にされるだけだから…。」

「今もエルは実験台になってるじゃん。こないだは、おこり病にさせられてた。」

「それでも、まだ体の自由がある。ただの実験材料にされたら、檻に閉じ込められて、あらゆる寄生虫や病気を試させられるよ。」

「…ここはそう言う所だった。」


 思うように魔術が発動しないジーンにエルは練習用に魔力を流せばいいだけの魔術式を作成してジーンに渡した。

 ジーンはエルの描いた魔術式で魔術を発動すると、するすると魔術ができた。


「うおっ、ちゃんとできた!なんで?」

「今主流の魔術式って詩のように主観的な言葉でできてる。そうすると、その主観とズレると発動しないんだよね。」

「ああ、ええ、そうなの?」

「僕のは数字で描いているから、誰がやっても同じ答えが出力されるの。その分、曖昧な書き方ができできなくて大変なんだけど。」

「面白っ。エルが描いた治療魔術も?」

「治療魔術に使う魔力の質の設定がどうしても堪えず変化するものだから、ちょっと難しいんだ。更に病気の解明が進んでなくて、魔術といえど魔法のような側面が出てきてしまうから。」

「へえ。」


 魔法は原始的、使用者の魔力操作次第。魔術は魔法を魔術式を用いてつかうこと、魔術式は魔法を文字や数字で示したもの。魔術式は直感頼りの魔法をより使いやすくなり、範囲が魔術式によって定められているため魔力をより効率的に使えるのだ。しかし、反対に魔術は魔法を限定的にしたものなので、文字や数字に起こせない場合は使えない。治癒“魔術”と言われているものの半分は治癒魔法で構成されていたりする。


「難しー。」

「最初は魔法を使っていた方が自分で魔力操作する力を得られる…と僕は思ってるけどね。魔術はここで覚えて…使えなかったから自分流にした。」


 文字だけの魔術は、ある程度同じ文化を共有していないと正確に伝わらない。エルは王国魔術師のことなんて殆ど理解できていないし、すぐに疑問を持つせいか、今も彼らが作る魔法式をエルは使えない。


「俺、それだけじゃなくて魔術師の言語も苦手だよ。」

「普通に使ってるじゃん。」

「口ではな。これもギリギリだけど。」


 祭祀言語と言われるのは古代語からほとんどそのままで学者や聖職者、魔術師が使う言語で、知識を独占したいというのがあけすけだ。エルは王国魔術師になる前から学術系の文を読むことに慣れていたけれど、ジーンはそうではないから、越えなければならない壁がいくつもある。


「エルは貴族じゃないだろ。なんでエルは文を読み慣れてるんだ。」

「もう覚えてないんだよね。家族はいた気がするんだけど。」

「貴族じゃないにしろ、それなりに金持ちだったんだろうな。」

「そう…だろうね。」


 エルが顔を背けたので、ジーンはもう何も言わなかった。過去を取り戻したとても、それが幸福な記憶だろうと悲しい記憶だろうと、今のエルには耐えられない。どちらにしても、今のエルの存在が否定されてしまうような気がしてしまうからだ。

 再び王都の防御システムの魔術式の計算をしなおしている中、ふと小さな窓から映る空を見上げる。


「……僕らだけが逃げ出してもきっとここにある地獄は変わらない。」

「エルはもしかして実験体全員を救いたいのか?それは無理だよ。虫なんて使われてないやつも、もう彼らに生きる気力がないし、生きていく手段がない。ただただ死んでいくだけ。そう言うふうにもう教育されてしまっているんだから。」

「でも、ジーン。」

「俺はここに来てからずっと諦めなかった。」

「……そうだね。助けるなら僕らが外でなんとか生きていけるようになってからじゃないとどっちみち上手くいかないか。」


 エルも外で生きていた記憶は忘れてしまったから、頼れるものはないとエルはジーンの意見を受け入れるが、ジーンはエルと大して関わりのない実験体達をそこまで心がける理由があるのかと疑問に思った。

 しかし、エルには深い理由はなかった。


「かわいそうだから。」

「ええ?そんな理由?」

「そんなものだよ。あの男が僕を殴りたいのと同じ。」

「アイツの感情は、すげえ意味わかんなすぎ。俺は魔法で痛めつけるけど、エルには殴りつける。ただ嫌いだからってだけじゃないよな。」


 エルは答えなかった。


「つか、エルなら魔術で防げねえの?」

「僕が魔術で防いだ時、彼の荒れ様がひどくて、研究素体を殺してしまった。名目である研究をせずに。」

「キモすぎ。」


 あの男があまりに人を殺しすぎて、魔術師たちが人間を殺す環境がここでは当たり前すぎて、ジーンの感想も人道的とはいえなかった。ジーンは少しずつ思考がこの環境に蝕まれていくような感覚すらある。早く脱出しないとジーンは戻れないと思うと焦燥感を抱いた。その日は一生懸命エルの魔術式を用いて自由に魔術を使えるように練習を繰り返した。


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