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1話 

 ルーグ王国の王国魔術師は怠惰だ。何時に起きなければいけないというものはないし、働く時間なども特に定められていない。金食い虫だと揶揄する人間も多いだろう。ただ無駄に悪知恵も魔術も使えるものだから存続している。

 彼らは倫理観の外れた者ばかりで、魔術師以外は動物だと思っている節がある。魔力量が多く中々歳をとらないエルも彼らは面白がっている節があって、何歳になったんだと毎日の様に尋ねてくるし、エルが少しでも反抗的な言動をしようものならすぐに鞭を取り出して打つ。それでも、まだマシな方で酷い魔術師はエルの皮を剥いだこともある。あまりにも恐ろしくてすぐに自分に魔法をかけて元通りにし事なきを得たが、それすらも彼は何度でも素材が剥ぎ取れると喜んでいた。


「プア・パピィ。また勝手に私のものを持ち出したな。」


 エルはびくりと肩を揺らした。


「なんのことでしょうか、偉大なる魔術師様。」

「プア・パピィ、私の名を呼んでみたまえ。」

「…パウル・ミ・カルティス・アリふトゥス様。」

「そんな穢らわしい発音で私の名を呼ぶな。」


 どんなに正解の言葉を選んだとしても、彼にとってはエルがやったことが全て憎いらしい。いや、というより、殴る口実が欲しいだけだ。しかし、エルのこれもまだマシな方だ。魔力持ち、魔法や魔術が使えるというだけで彼らと同じ人間をの立場にいるから、口実を作っているだけで、そうでなければこの最も愚かしい魔術師は興が乗ったからと男女問わず服を脱がせて踊らせてみたり、興が乗らなかったからと男女問わず動物に変えて実験してみたりと横暴なんて安い言葉では足りない。恐ろしい悪魔だ。


 しかし、この長ったらしい名前を持つ男が現在王国で最も魔術師としての力がある。人を別の動物にして見せるなんて魔術は、エルは後にも先にもこの男しか知らないし、エルは理論構築すらもできてない。男は比較的若く見えるが、おそらくそんなに若くない。とっくに引退するくらいの年齢だとエルは推測するが、見た目以上に言動も行動も若いから分からない。


「プア・パピィ、私の物を盗んだね。」

「盗んでません。」


 断じて盗んでない。何故なら、元々この男の持ち物でも、ましてや物ですらないのだ。


「私が丹精込めて作った病原菌を持った鼠だよ?どれほど大事にしていたか知らないのかい、プア・パピィ。」

「知りません。」


 鞭で男は容赦なく頬を叩いても、エルはその存在を口にしない。本当のことを言っても嘘のことを言っても、男は関係ないのだから。


「かわいい子、本当に知らないのかい?」


 みみず腫れになっている頬を男は恍惚としながら撫でる。


「知りません。」

「じゃあ、プア・パピィが彼の代わりになるんだね。」

「どうぞ。」


 その病原菌を持ったネズミは元人間でエルも少し言葉を交わしたことがある。シャツの下でモゾモゾと動く存在を無視しながら、エルは魔術師を見る。


「かわいいパピィ、国が許せば私は君を美しい蝶にして標本にしたのにね。」

「犬じゃないんですね。」

「飾る標本は蝶がいちばん綺麗だ。それも元人間ならより悲哀が増して美しい。」


 これがこの男の中で最大級の褒め言葉になるのだから、どうかしている。王国魔術師たちは赤子や幼児の頃からこの環境で育っているので、狂っていることが理解できない。エルも小さい頃からここにいるが、王国魔術師たちがおかしいことが分かるくらいには自我が出来上がってて、そのせいで他の人間よりも苦しい。だから、王国魔術師が無理矢理連れてきた者が、物心ついた以降の年齢の人間である時は嬉しいのだが、そういう人間はすぐ実験に使われて「人間としては」死んでしまう。


「プア・パピィ。」

「…なんでしょう。」

「さあ、私の部屋に戻るよ。」

「はい。」

「君には何の病が似合うかな。」

「……仕事ですよね?」

「ああ、美人病だね。」


 美人病というのは、美人とは青白いことという価値観がある中で病気によって青白くなることが由来となっている。最終的に死に至るその恐ろしい病でエルとしては決して美しくない。しかし、よく戯曲の題材としても使われるくらい、「人気の」病だ。


 病にかかる魔術を受けても、すぐには発症しない。数日経過して怠いだとか呆け始めてようやく知覚する。


「今回は成功か…。」


 ゴホゴホと咳き込むと口を抑えた手は赤くなる。エルも狂ったところがあるとすれば、そう言った病気の詳細を全部ノートに書き溜めてから、さまざまな魔術や魔法を書いていく。


「これだと発動しない…。」


 ベッドとも呼べない粗末な箱と毛布の中で、エルが唯一沢山支給される紙やインクを使って、真っ黒になっていると、エルの汚い倉庫に男が入ってくる。


「食糧を受け取りに来ていないと聞いていたから来てみれば、ちゃんと罹患したね。ネズミちゃんも生きているかい?」


 気力だけでエルは紙に描いているので、男の質問に答える余力などなかった。


「ほら、流石に水を飲まなきゃ死んでしまうだろう。置いておくよ。」


 そして、男はエルの傍で何かメモを取っている。流石に将来性があるエルが死ねばある程度お咎めがいくはずなのだが彼は余裕そうだ。きっと盲目的にエルが死ぬはずなどないと思っているのだろう。それくらい今までエルはもっと絶望的な状況から生還した。折檻の一つとして土に生き埋めにされかけたり、A級モンスターの餌箱に詰め込まれたり、人間の脳を破壊すると言われる寄生虫を飲まされたり、生の人間はどこまで焼けるかと炎の魔術で燃やされたりと普通の人間ならとっくに死んでいてもおかしくない。エルが魔術の天才だったから、今こうして生きている。


「熱高そうだね。移されるのも嫌だし帰ろう。レポート提出よろしく。」


 観察に満足したらしく男は上機嫌でエルの汚い倉庫の部屋を出て行った。


 二日間エルは熱に浮かされていたが、漸く治癒魔術が完成し、元の様に復活した。

 

「やあ。」

「レポートはあげます。」


 男と会話したくなくて、その紙の束を渡す。男はそれに満足したのかニコニコと笑った。


「流石プア・パピィ。どんな実験体よりも正確な記録が取れる。復活も早い。同じ病気のH20961番はダメだったよ。」

「…死んだの?」

「3ヶ月持ったよ。」


 エルは顔を顰めた。エルもその番号は知っていた。人間につけられた個体識別番号で、16歳の女性だったはずだ。

 実験体として最初の悲劇は、名前が奪われること。そして、優秀な実験体であれば、新たに研究者が呼びやすい愛称をつけられること。エルも自分以外でエルと呼んだ記憶がない。


「たかが実験体1体死んだ程度だよ。いい記録がとれたよ。」


 エルは男から逃げる様に倉庫のような自室に戻った。あの日助けたネズミはネズミとしての寿命が近づいていて弱り始めていた。悔しくて、ただ悲しくて、何も変わらない日々に涙を流した。助けたのはたかが1人で、知らない間に当たり前のように人間や動物が消費されていく。

 蹲って泣くエルの頬をネズミは弱々しくも優しく体で撫でた。


「大丈夫、まだ僕は大丈夫。助けてあげられる。」


 ネズミは何か言いたそうにちゅうちゅうと鳴くが、人の声がない彼の言葉は分からなかった。


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