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3話

「歌と振り付けが揃ったので、今日から練習を始めていきます」


担任からその言葉を聞いたのは、読み合わせを始めた日から1週間ほど経った時だった。


ここ1週間の読み合わせを通して、自分の演技を見つめ直していた。


まぁ、大して改善されなかったけれども。



「北柳さんは歌もダンスも両方ありますが、最後の合唱の前に1人で歌うパートがあるので、歌の練習を優先して下さい。真鍋さんはダンスパートはなく歌のみなので、協力し合って下さいね」


「だって。よろしくね、友紀ちゃん」


こういう時は毎回明希と練習できてるのは、先生も気を遣ってくれてるんだろうか。


1年生用の稽古場で練習してもよかったが、1年生の稽古場はこれからほとんど全員で、それぞれのダンスの練習をするようだったので、邪魔にならないように別の場所に向かうことにした。



「こういう時、どこで練習すれば良いんだろう?」


「上級生の邪魔にならない所に行こうよ」


というわけで、偶然人が少なかった中庭で練習する事にした。

音楽室などは、2年や3年の人達がいるだろうと思ったからだ。



☆☆☆☆☆



中庭に出てみると、思った通り誰もいないようで、遠くから微かに音楽が聞こえるほどには静まり返っていた。


「練習できそうだね。楽譜と練習用の音源、あるよね」


「うん、さっきもらったばっかで無くさないよ」


さっき1年生用の練習室で、歌の先生による仮歌が入った音源と、その楽譜をもらったばかりだった。


それを使って練習しろという事らしい。



「とりあえず、ダンスと一緒の感じで、通しで歌ってみてよ」


「覚えたてだから、上手く歌えるか分からないよ?」


「皆んなそうだから、大丈夫」


僕は言われた通りに歌う事にした。




悲しい歌だった。

カーニャが紡ぐ言葉としての歌詞が、悲しい気持ちを分かりやすく表現していた。


それを歌う僕にも、当然カーニャの悲しみを観客に伝える義務があるがーーー



「♪〜〜……」


「……」


僕が歌い終えた後、少しの間明希は考え込むような顔をしていた。

だが、その表情を窺う限り、カーニャの悲しみを伝えられてはいないようだった。



「………どうだった?」


沈黙に耐えかねた僕は、とうとう感想を求めてしまう。


「…………うーん、何だろう、何だろうね。カーニャの悲しみを伝えたい事は分かったんだけど………何か違うっていうか……」


「何か違う、か………単純に、僕の歌が下手なんじゃ?」


「いや、そういうわけじゃ無いと思う。聞いてて、嫌な感じはしなかったし、歌ってる友紀ちゃんカッコよかったもん」


「あ、ありがとう。じゃあ、何だろうね」


「うーん………とりあえず、もう1回歌ってもらえるかな?技術的な事は、あまり気にならなかったし」


「分かった、頑張ってみる」


技術的な事は大丈夫なんだ。授業ではあれだけ先生に言われてたけど、僕でも歌えるような曲を作ってくれたのかな。




☆☆☆☆☆




もう1度歌い終え、悩み、また歌っては、悩んだ。


が、特段進捗はなかった。


「やっぱり分からないね。友紀ちゃんの、女性の裏声を使わない歌い方が男役に合っててかっこいいんだけど、それだけじゃないんだよね………」


「うん、僕も歌ってて、変な感じがしてきたよ。僕が歌ってるはずなのに、僕の歌じゃ無いみたいな」


「そうだよね」


歌っては悩みながら、仮歌の入った音源を聴いていたが、改善すべきポイントは分からなかった。


しかも、段々悪くなっていってる気さえする。



「ごめんね、友紀ちゃん」


「え?何で謝るの?」


「力になれなかったから。友紀ちゃん歌ってばっかりで、疲れただろうし」


「そんな、謝るような事じゃーーーー」




「ーーーー可愛い歌声が聴こえると思ったら、飛び立つ前の雛が2羽、さえずっていたんだね」




もうキザとかポエムとか通り越して妄言でしかないような発言によって、僕達の会話が遮られたので、声のした方を見る。


立っていたのは、一眼見れば思わず心を奪われてしまうような立ち居振る舞いの女性。


いや、女性というにはあまりにも『王子』という言葉が当てはまりすぎていた。



「天坂先輩。先輩も中庭で練習してたんですか?」


「天坂先輩だなんて他人行儀じゃないか友紀。気軽に瑠衣って呼んで呼んでくれ」


「じゃあ、瑠衣先輩」


女の人を下の名前で呼ぶ事は躊躇していたはずだったが、この先輩は不思議とそんな感じはしなかった。



「ボクはね、可愛い歌声が聞こえたから、誘われるようにやって来たんだよ」


「そうなんですね。確か、巴先輩?には、話はつけてきたんですか?前の時は、凄い怒られてましたよね?ね


「いいや。きっと今頃、ボクを求めて学校中を探し回ってるんじゃないかな?」


やっぱり何も言わずに来たんだ………


けど、あれだけの実力を持っているという事は、練習から逃げてしまうような人間では無いんだろう。


ストイックでなきゃ、『入学式公演』のようなとんでもないパフォーマンスはできないはずだ。



と、そんな事を考えていると、瑠衣先輩が来てからずっと静かに佇んでいた明希に気がついた。


「明希?どうしたの?疲れちゃった?」


「あ、ううん!?平気、平気なんだけど………」


どうにも様子がおかしい。


明希の、教室内でのクラスメイトとの交流を見ていると、人見知りというようには見えないし、よく考えたら初めて会った僕と一緒に入学式に出席したんだった。



「君は、友紀の友人かい?友紀のような可愛い女の子と仲良くできて羨ましいよ」


「あ、ありがとうございます………」


「可愛いとか、変なこと言わないで下さいよ」


瑠衣先輩に話しかけられると、また声が小さくなった。




そんな明希の様子を見て、明希の口数が少なくなった意味が多分わかってしまった。


瑠衣先輩には悪いと思いながらも、明希と僕にしか聞こえないくらいの声の内緒話をする。



「まさか、瑠衣先輩に緊張してるの?」


「え、え?」


「怯えてるように見えたから」


「…………実は、そうなの」


「歳上の人、怖い?」


「そういうわけじゃなくて、天坂先輩の様な凄い人と、普通まともには話せないよ………」


「そんなことないよ。瑠衣先輩も人間だし」


「私みたいな一般生徒からしたら、神様も同然だよ……!」


明希との小声での会話を通して、明希がかしこまっていた理由が明らかになった。


つまるところ、天坂瑠衣というトップスターに、臆していたのだ。


僕なんかは『上手な人だなぁ』と思うくらいで、瑠衣先輩についてのことをそこまで深刻に考えていなかった。


だから普通に話してしまっていたけど、本当はもっと尊敬したりとかした方が良いんだろうな。



「友紀、何を話していたんだい?」


「何でもないです」


瑠衣先輩に言うのは少し憚られる様な話をしていたから、隠す事にした。


けど、僕がそうやって言った後、少しだけ考えるような素振りをして、瑠衣先輩の表情が、冷たくなった様な気がした。




「酷いな、そんな言い方は。ボクと仲良くした方が、君にとっても良い事が沢山あると思うんだけどねぇ」



平常と変わらない、穏やかな微笑を湛えた瑠衣先輩から発された言葉は、『王子様』が言いそうもない様な言葉だった。



「………どういうことですか?」


前がかり気味になりながら、僕の表情は強張った。



「いやぁ、言葉通りの話さ。友紀の友人の君では、友紀の良さを最大限引き出す事は出来ないって事だよ」


「………っ!」


僕の半歩後ろにいる明希が傷ついたのが、見なくてもわかった。



「ちょっと、撤回して下さいよその言葉。明希のどこがダメって言うんですか?」


「駄目だとは言ってないよ。ただ………」


瑠衣先輩は、そこから先の言葉を濁した。

言葉として発されることのなかったその先の言葉は、考えても分からなかった。



「友紀、ボクが来る前に歌っていた歌を、もう1度歌ってくれるかい?」


「え?なんで………」


「ボクの発言の真意が知りたいんだろう?」


「………わかりました」


歌えばいいなら歌うよ。勿体ぶる様なものでもないし、それで明希を傷つけた事を謝ってくれるなら。



僕はさっきと同じ様に歌った。


歌っている間の数分間、瑠衣先輩は同じ笑顔を貼り付けていて、明希はいなくなったみたいに息を潜めていた。



「………どうですか?」


「うん、上手だったよ」


「それで、何の意味がーーー」



「でも、それじゃあエストリアの主役は張れないね」



攻撃的な態度を取っていたはずの僕の頭に、氷水がバケツごと僕の頭に降りかかったみたいだった。



「友紀の歌には、人を惹きつける魅力がない。歌い出した途端、友紀が持っていたオーラが無くなったみたいだったよ」


「僕のオーラ……?」


「そう。友紀はそこにいるだけで、人を惹きつける魅力があるんだよ。友紀自身は気づいていないみたいだけどね。でも、そこのお友達は違うんじゃないかな?」


「………」


明希は押し黙って、何も言わなかった。


だから、代わりに僕が返事をする。



「何がいけなかったんですか?」



「友紀は、何もしない方がいいんだよ。何か悪いものに影響されてしまっては、良さが出ない」



それは、僕が影響されやすいと言う事なんだろうか。

しかも、悪いものって…………



「………特別に、友紀が今何に阻まれているのか、今回だけは教えてあげようか。君達2人では、分からなかったようだからね」



僕が瑠衣先輩の事も顧みずに、黙って考えていると、我慢の限界がきたみたいに、瑠衣先輩の方から教えてくれた。



「友紀は、さっきの曲は覚えたね?」


「はい」


「じゃあ、もう2度と練習用の仮歌の入った音源は聴かない方が良い」


「え?なんで………」


「先程歌ってくれた友紀の歌には、仮歌を入れた教諭の歌い方が混ざって、友紀本来の歌い方を縛り付けている様だった。それが発声方法にも影響を与えたのだろう。どうやら友紀は、まだ歌い方が定まっていない様だったからね」


歌い方が定まっていないと言われてしまったのは、僕が素人だからだろうか。


それとも、女子としての歌い方が、まだ分からないからなんだろうか。



「そんな事しなくたって、友紀は友紀のまま歌っていれば、技術が後から魅力に追いつくさ。仮歌の先生の歌声に魅力を感じてしまうのも分かるが、他人の目指す場所と友紀の目指す場所が被っていても良いのかい?」


僕よりも高い所から、甘く誘惑する様に注がれた視線が、僕を押さえつけてしまった様に体が動かない。


僕は何も知らない素人で、歌い方の事なんて分かるわけがない。


でも、これだけ反論できない理由は、それだけじゃない気がする。



「…………でも、それでも、明希じゃ僕の良さを引き出せないって言うのは、訂正して下さいよ」


「…………どうしてだい?こんな単純な事にも気づかなかったんだろう?なら、ボクの方が優れているじゃないか」


「それでも、明希は次の劇のヒロインで、僕達の学年の首席合格者なんですよ!?」


「ああ、なるほど。学年首席が、君とはねぇ…………友紀に助けられてしまうのも、理解できるなぁ」


瑠衣先輩は、怯えて僕の影に隠れてしまっていた明希を、僕越しにじっくりと見る。



「いやぁ、入学式の友紀は最高に魅力的だったよ。すっかり心奪われてしまってねぇ。あれこそ、エストニアのスターに求められている煌めきなのではーーーー」



「瑠衣。そこまでにしとけよ」



可愛らしい声の男らしい口調で、瑠衣先輩の言葉は静止された。



「巴!会いに来てくれたんだね」


「バカ。お前がいなきゃ練習できねぇだろ」


こつん、と瑠衣先輩を小突いた。



「1年生の2人、瑠衣は返してもらうからな?」


「あ、はい………どうぞ」


返すも何も、元々そちらのものですし………という思いも込めての『どうぞ』だった。


でも、巴先輩は今日はそんなに怒ってなかったな………?前はあんなに怒鳴り散らしてたのに。


巴先輩についてくるように言われた瑠衣先輩も、今回は素直に聞き入れていた。



「あ、それと」


僕達から数歩離れた所で、巴先輩が止まって、振り向く。



「このバカの言う事なんか、話半分で聞いてればいいが………まぁ、間違っている事は言ってないからな」



そう言い放った後、元の向きに戻って歩き出した。



「あれ?聞いていたのかい?」


「下手くそ。あんなに大声で言ってれば誰でも聞こえるっての」



2人の声が遠ざかっていって、いつか聞こえなくなった。



夕陽が差し込んでくる中庭に、僕と明希が2人で取り残される。


明希には、怨霊のような重々しい空気が纏わりついていた。



「………なんか、嵐みたいな人だったね。明希がどうのこうのって、よく分からない事言ってたしさ!」


どうにかしてこの重苦しい空気を払拭したかったが、空回りしていた。


「ほら、明希の事あんまり知らない先輩の事なんて無視してさ、また練習をーーーー」



「ごめん」



僕の言葉は途中で遮られる。



「ごめん。ごめん………私が駄目だったんだ。友紀ちゃんを手伝って、3年生に勝とうとしてたのに、私が友紀ちゃんの邪魔してたんだ………」


「ちょ、ちょっと!いくらなんでもそれは飛躍しすぎでしょ!?あの人の言ってる事を気にしてるのかもしれないけど、今回は偶然噛み合わなかっただけでさ、ダンスも演技も、明希がいなかったら僕は今頃迷走してたって!」


邪魔だなんて事は絶対にない。


瑠衣先輩がどうのこうの言っていた事が正しかったとして、それが今までの明希による指導が全部間違いだったなんてあり得ない。


その事には自信があった。


だけど、どう励ましたって、また、これから何を言おうが、明希の考えは変わらないようだった。



「……ごめん」



明希はそれだけ言って、走り去ってしまった。僕の方を振り返りもせず、別れの挨拶もせず。



「あの先輩は、こうやって仲違いさせるのが目的だったのかな……」


そんな酷い先輩には思えなかったけれど、独り言を言った所で現状が変わるわけでもない。



「………練習するか」


だから、癪ではあるが、瑠衣先輩に言われた事を気にしながら、いつか戻ってきた明希を驚かせるために、歌の練習を始めるのだった。



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