7話 彼女との再会
渚の家は私の家からそこまで距離があるわけではない。しかし、念には念を入れる必要がある。彼女がどの時間帯に家を出ているのかは大体知っているとはいえ、あの出来事があってから私と会わないよう、登校時間をずらしている可能性もあるのだ。
どちらにせよ、彼女が家から出てくるまで、待たなければならない。
「寒い、な」
2月14日。暦の上では立春を過ぎているが、まだまだ冬は去っていない。急いで家を出たために手袋を持っていない私には辛い寒さだった。手が赤くなり痛みを覚えるが、今から渚にチョコを渡すという緊張感が、ひりひりとした痛みを鈍らせている。
今、私は渚の家から少し離れた、道の角に立っている。電柱の陰に隠れながら、時折、彼女の家の玄関の様子をうかがう。渚がなかなか出てこず、一秒すぎるたびに私の心拍数も早くなっていった。
緊張で頭の中がどうにかなりそうだが、あまりオロオロしているとそれこそタイミングを逃しかねないので、緊張するのもほどほどにして視線を渚の家の玄関に移動させる。
──────とそこで玄関の開く音がした。
「いってきます」
母親に言っているのか、一言家の中に告げ、彼女は姿を現した。凛とした声音。ショートヘアでブラウンの髪がかかる、きめ細かい肌。私よりも背が高くて、抜群のスタイル。
いつもの渚だった。
「渡、さないと」
久しぶりにはっきりとこの目でとらえた彼女の姿に見とれていたが、このままではチョコレートを渡せないのだ。片足で立ちながら、かかとを整えている渚のもとに、私は走り出した。
「……渚!」
一瞬の躊躇いと迷いを捨て最愛の人の名を叫ぶ。
「……紬?」
彼女が私を呼ぶ声も、久しく聞いていなかった。それだけで感動して、声が上ずってしまう。また視界が滲みそうになって、渡すまではと堪える。
「な、渚、これ。バ、レンタイン」
両手でチョコレートを渚に渡す。渡すときは、下がっていた視線を上げなければいけない。そう思って、彼女の瞳を見る。
「え?私に?あ、ありがとう」
間近で見る渚の目は透き通っていて、私のすべてを溶かしてしまいそうだった。昨晩、さんざん考えたセリフも一瞬で吹き飛んで、頭が真っ白になる。魚のように口をパクパクと動かす羽目になってしまった。
「あ、え、えと。じゃ、じゃあ!」
「え、紬!?ちょっと!」
数秒見つめ合っても、視線をずらして数秒経っても、何も言葉が出てこなかった私は、途端に怖くなりその場から逃げ出してしまう。渚から何か言われるかもしれない。その恐怖が強く、まだ口を開いていなかった彼女から私を遠ざけた。
結局何も変わっていないではないか。そう思っても足は止まることなく、私は渚からどんどん離れていった。
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