6話 準備
「おはよ~、ってどうしたの?」
「あ、いや何でもない」
起きたばかりで、鏡を見ていないが、きっと私の姿は酷いものなんだろう。母の驚き具合からそれは充分に読み取ることができた。母は私を心配してくれるが、悪い夢を見ただけだ。そう、見ただけ。
だが、夢とは言えあんなことがあって、平然といられるほど私の心は強くない。なぜ今日という大事な日がある時に限ってあのような夢を見てしまったのだろうか。確かに、今までも渚に拒絶されたりあの日の出来事を再現したりする夢を見たことがあった。しかし、昨夜の夢はそれの比ではないものだ。あそこまで鮮明な夢だと、正夢ではないのかと心配になってしまう。
夢とは起きたら忘れるものではないのか。鮮烈な記憶がいまだに剥がれ落ちない。
「もうご飯作っちゃったから食べて。私もう行くから。今日忙しいのよ」
「……はい」
「何でそんな顔してるのよ、大事な日でしょ?シャキッとしなさい。じゃ、行ってくるね」
母は自分の支度をし、すぐに出て行ってしまった。玄関の方から「心配するな」と声が聞こえてくる。その言葉だけでも少し心が軽くなったのが分かった。
私もあまりゆったりはしていられない。いつものバス停に渚はいないだろう。学校で渡すこともできるが、それだと思わぬ邪魔が入る可能性がある。渚の家に直接持っていくのが最善のはずだ。そのためには渚が家を出るよりも早く彼女の家に向かわなければならない。
「急がないと」
私は朝食を早々と済ませ、身支度をする。鏡に映る自分の姿は案の定酷いものだった。寝ながら泣いていたのか、目元が真っ赤に腫れあがっている。腫れが収まらないかと顔を洗う。タオルで顔を拭いても、鏡の向こうには依然として不細工な私がいる。
これ以上取り繕うのは難しいだろう。そう思い、何とか髪と気持ちを整える。
洗面所から出て、昨夜用意しておいたチョコレートを冷蔵庫から取り出した。
「大丈夫」
昨夜の夢から続く不安な気持ちを払拭するため、自分に言い聞かせる。
玄関を開ければ、冷えた空気が身を刺すように痛く感じる。それでも空は晴れ渡っていた。
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