5話 拒絶
「要らないよ」
「え……」
私が作ったチョコを目の前し、渚は無表情のまま、凍えるような瞳で私を見る。嘲笑するような、軽蔑するような、見下すようなそんな視線は今まで向けられたことがなかった。
「要らないって言ってるの。逆に何で受け取ってもらえると思ったわけ?馬鹿じゃないの?あれだけの事をしておいて……、罪滅ぼしのつもり?」
「……ち、違う!私は──────」
「言い訳は聞きたくない。そもそもあなたの声が聴きたくない。どっか行ってくれる?私忙しいから」
渚は私が伝えたいことを伝える前に話を切り上げ、その場を立ち去ろうとした。私など、まるで最初からいなかったように早歩きで離れていく。
「待って!」
ここでチョコを渡すことができなければ、すべてが終わってしまう。そんな焦燥感に駆られ私は渚を呼び止めようとする。
「ちっ、うざ」
だが、渚の口から放たれた言葉は信じられないものだった。その言葉だけで私は追いかけるのをやめてしまう。
渚はどんなに自分が嫌いな人や苦手な人でも、悪口を言ったり、誹謗中傷をするような人ではない。そんな渚が私に対してあのような言葉を使ったということは……。
「嘘……」
渚から完全に拒絶された。その事実は私の心を砕くには十分すぎるものだった。私の震える手から落ちていったチョコの包装も、私の精神も、渚との思い出も、世界のすべてが崩れる。
「そう、だよね。受け取ってもらえるわけない、よね」
二か月前、渚が私を呼び止めようとしたとき、私も立ち止まらなかった。すべての根源は私なのだ。自業自得、因果応報、自縄自縛。
とうの昔に枯らしていたはずの涙が再び湧き上がってくる。ダムが決壊したなんて表現では生ぬるい、そんな涙が吹き上がる。
全てが終わった。終わって、しまった。
「そん、なの。いや、だよ……。ご、めんなさ、い。おねが、いだから。ごめん、なさい。ごめん、だから……だか、ら」
すでに謝る相手を失って、誰に謝るというのか。それでも、何かが変わらってほしい。淡すぎる希望が私の胸にこびりついて剥がれない。
「ごめ──────」
『ピピピピピピピピピぴピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ』
爆音が轟いた。身体が一瞬の浮遊感に襲われ、私は飛び起きる。その瞬間に体中の毛穴から、汗が滝のように溢れ出てきた。
しかし、爆音だと思っていたのは目覚まし時計の音で、目の前には自分の部屋の白い壁。脳が揺さぶられるような感覚を味わい、ベッドに倒れこむ。熱いびしょ濡れのパジャマが気持ち悪い。記憶が混濁しており、視界も明瞭ではない。だが一つだけ分かったことがある。
「夢か、あ」
一階から母の私を呼ぶ声が聞こえた。
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