3話 決意
「ちょっと紬!醤油かけすぎだって!」
「え、あ!ごめん!」
渚の事を考えて意識がぼーっとしていたらしい。母の警告に従って、皿の上の目玉焼きを見れば見事に黒く染まっている。箸を突き刺せば黄身は割れて広がっていき、醤油と混ざっていく。それに卵白を付けて口に運ぶ。あの出来事があってから食事もすすまなくなり、味も感じなくなってしまった。彼女と私の関係は、目の前の黄身のような弱々しいものだったのだろうか。
私は何も喋らず、ただ機械のように食事を口に運ぶ動作を繰り返す。いつもなら早く渚に会いたいがために、朝食をすぐに済ませて登校の準備をていたはずだ。だが、私と渚が待ち合わせをしていたいつものバス停に行っても、彼女はもういないだろう。
「ねえ、紬。チョコ作ったら?」
「え?」
唐突な母の発言に顔を上げる。「ほら毎年渚ちゃんに渡すんだって作ってたでしょ」と続く母の言葉に私は耳を塞ぎたくなってしまう。なぜこんな状況で渚の話をするのだろうか。確かに例年とは違う私を見れば違和感を抱くかもしれない。でも、何も言わないで、何も聞かないで放っておいて欲しかった。
母の目を見ていた私の視線は徐々に目玉焼きのほうへと戻っていく。
「仲直りしたいなら、なおさらチョコ作りなよ。例年通りにね」
「何で……」
どうして渚との関係が上手くいっていないことを母が知っているのだろう。渚のお母さんが私の母に話したのだろうか。それとも、渚が県外の高校に行くことを既に知っていて、私たちの関係が悪くなったと推測したのか。
「そんなもの見ればわかるわよ。何年あなたの母親やってると思ってるの?終わりよければすべてよし。どうするか考えなさい。私もう行くから。洗い物だけよろしくね」
それだけ言うと、母は食器をシンクに置き出て行ってしまった。
「チョコ……」
誰もいなくなったダイニングで小さな私の呟きが木霊する。
チョコを渡すのは完全に諦めていた。あんなことをしておいて何をいまさら言うのだと、そう思われるのが嫌だったからだ。でも、この機会を逃したらどうなるだろう。本当に何も話せないまま卒業を迎えるかもしれない。それは絶対に回避しなくてはならないことだ。
いつもお互いに渡しあっていたバレンタインの贈り物。小学校高学年からは、私がバレンタインの日にあげて、ホワイトデーに渚がお返しを渡すのが行事となっていた。
お返しをもらえるなんて傲慢だ。そもそも受け取ってもらえるかも分からない。でも、これが最後のチャンスなんだと自分の心が叫んでいた。
「作ろうかな、チョコ」
仲直りをしたい、その一心で私は決心した。
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