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そして、放課後になり私は中庭へ向かいました。ちゃんと約束通りリーナさんがシリウス様を連れてこれるのかと思っておりましたが、心配することなく仲良さげにお二人は現れました。
私は噴水の前に立ち、お二人を迎える準備は万全です。私の姿に気づいたシリウス様は一瞬驚かれたみたいでしたが、平然と私に声を掛けてこられました。
「やあ、ラキア。こんなところで会うとは偶然だね」
「こんにちは、シリウス様。本当に偶然ですわね。ところで、お隣にいらっしゃる方をご紹介くださいませんか?」
白々しくリーナさんを見ると、彼女はにっこり笑ってお辞儀をした。焦ったシリウス様が口を開く間もなく、
「初めまして、シリウス様とお付き合いしております、リーナ・ダグラスと申します」
リーナさんが私に堂々と挨拶をした。シリウス様を見ると、真っ青になって何かもごもご言っていますが、全く聞こえません。
「まあ、ご丁寧にありがとうございます。私は、シリウス様の婚約者でラキア・ディアスと申しますわ、以後お見知りおきを」
私もにっこり微笑み挨拶を交わす。その様子を見ていたシリウス様の表情は能面のように真っ白になり、もう一言も声を発しようとしません。つい先程平然と挨拶をしてきた方とは思えない豹変ぶりですわね。まあ、仕方ないですわよね、婚約者と恋人が笑い合いながら挨拶をする光景など、想像を絶する修羅場ですものね。
「シリウス様、一体どういうことですか?私と言う婚約者がいながら、彼女ともお付き合いをされているのですか?」
「あ…、いや、その…、これは何というか…」
いい訳すら思いつかない様で、オロオロするシリウス様に私は言葉を続ける。
「先日のオペラ鑑賞も、彼女と行かれたそうですね?私にはご友人とカードをするとおっしゃっていましたよね?あれは嘘だったのですか?私と婚約破棄をして、リーナさんを選ぶと言う事ですか?」
「シリウス様、婚約は解消したって私におっしゃいましたよね?」
中庭などと目立つところでの言い争い。男性一人を二人の女性が問い詰めている状況は、注目を浴びていた。成り行きを見守っているというか、楽しんでいる野次馬が私たちを遠巻きに眺めている。
「説明して頂けますか?シリウス様」
私はシリウス様に近づき、彼の腕にそっと手を添える。その瞬間、私は計画通り噴水に突き落とされたのです。
バシャーンと派手に水しぶきを上げ噴水に落ちた私は、呆然とする二人を見上げ、その瞬間大声で泣き出しました。
「お二人とも、いくら私の事を疎ましいと思っているからと言って、こんな酷い事をするなんてあんまりですわ。シリウス様の事を信じていましたのに!」
周りに聞こえる位声を張り上げ、私は泣き続けました。慌てて私を助けに来た男性にシリウス様は邪魔だと突き飛ばされていました。服も髪もびしょ濡れになり泣き続ける私と、一番近くにいたのに助ける事もせず呆然と立ちつくすシリウス様とリーナさん。野次馬の皆さんがどちらを非難するかは一目瞭然ですわね。
周囲の皆さんからの視線に耐えられず、シリウス様はリーナさんの手を引き逃げ出しました。本当に最低な方ですわ、一応婚約者である私がずぶ濡れになっているというのに、何も声を掛けないなんて。リーナさんは、何か言いたげに私を睨みつけていましたが、そのまま去って行きました。
「大丈夫ですか、怪我とかしてないですか?ラキアさん」
「ええ、怪我などはしてないので大丈夫ですわ。ただ、とても寒いですけれど」
「すぐ、医務室へ行きましょう!」
流石に水浴びする季節ではなかったので、私は見事に風邪を引き寝込んでしまいました。自分で考えた計画とは言え、これは誤算でしたわ。
そう、私はリーナさんの計画に乗ったふりをしていたのです。彼女がどれだけ殊勝な事を言おうとも、言葉の端々から私を見下している事を感じ取っていましたから。必ず何かしてくるのではないかと感じていたのです。ですから、最初の計画通りお二人に悪者になって頂きました。
あの時、私がシリウス様の腕に手を置いた瞬間、リーナさんがシリウス様と私の間に入り、私に突き飛ばされた振りをして自分が噴水に落ちようとしました。咄嗟に私は彼女と体の位置を変え、見事に噴水に落ちる事に成功したのですわ。
何故そのようなことが出来るかと言いますと、私が辺境伯家の娘だからです。幼いころから父に厳しく鍛えられた私の剣術、体術の腕前は、騎士団の入団試験に合格できるだけの実力ですの。女性として自慢できることではありませんので、秘密ですよ。
子供の頃は、女なのにこんな目に遭うのだろうと父を恨んだりもしましたが、今となっては父に感謝ですわ。
さあ、風邪が治ったら早々に父に連絡いたしましょうかしらね。婚約を破棄して下さいと。まあ、もうすでに今回の事は連絡が行っているでしょうから、私が言わなくても動いてくれているとは思いますが。まずは、風邪を治すことに専念するとしますわ、おやすみなさい。
その後、無事に回復しアカデミーへ登校した私を待っていたのは、げっそりとやつれたシリウス様とリーナさんでした。
「ラキア、本当にすまなかった。僕が間違っていた、許して欲しい。これからは君だけを大切にすると誓う」
「ラキア様、申し訳ございません。許して下さい、シリウス様とは別れます。二度とお二人の邪魔は致しません」
登校早々一番会いたくない二人に待ち伏せされ、嬉しくない謝罪を受ける。今更遅いですわ。
私は二人を無視し歩き去ろうとしましたが、二人がかりで道を塞がれてしまい、仕方なく足を止めました。
「シリウス様、婚約は解消されました。もう、私達は無関係ですので誓われても無意味ですわ。リーナさん、シリウス様と別れる必要はございませんのよ、お二人でお幸せに。では、さようなら」
すっぱりと別れを告げ、私は歩き出した。二人とも追いかけてくる様子はない。私はすっきりした気持ちで校舎へと入って行った。
その後の二人がどうなったかと言うと…。
事の顛末を聞いたお父様が激怒し、ダン伯爵家に対しディアス領の出入り禁止を宣言し、伯爵家の商会はルイーダ国へ行くのにとてつもない遠回りを余儀なくされているとの事で、取引に支障が出ているそうですわ。原因を作ったシリウス様は、アカデミー卒業後は伯爵家を追い出されるそう。まあ、自業自得ですものね。
リーナさんは、婚約者がいる男性を奪い取った非常識な女性だと社交界でも評判になり、アカデミーを辞めて隣国へ留学したそうよ。噂が収まるまでは帰って来られないでしょうね。
どうやら、本気でシリウス様が好きだった訳ではなく、婚約者がいる男性が自分を好きになった事への優越感に酔いしれていたらしいわ。
私はと言うと、婚約者に裏切られたと言うのに最後まで婚約者を信じる健気な女性だ、と褒めたたえられ声を掛けてくる男性が増えました。当分男性はこりごりです。
全てを知っているドーラさん達には「健気ですって~」と揶揄われましたが、私が笑顔で毎日を過ごせるのは彼女たちのお陰ですわ。
もう少しお話ししたかったのですが、今回はここまでとさせて頂きますわね。
それでは皆様、ごきげんよう。
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