BC615, Babylon
初めての時空転移先は紀元前のバビロニア。
ここに美子が居る可能性が一番高いという。
高度設定を少しミスっていたのか、膝下まで埋まってしまった。
「貴方、どうして埋まってるの?」
通りかかった第一村人に掛けられる言葉がこれとは。
何とか助けてもらって、更に市街へと案内してもらう。
ここはどこだろう。色々と持たせてくれた装備品の中に、デジタル腕時空計がある。腕時計の発展版らしい。これによると紀元前615年頃、北緯32°32′11″、東経44°25′15″だとか。これでは分からないので、現代の地図と照らし合わせてみると、アッシリア滅亡直前のバビロン、といった所だとか。
第一村人の名はニトクリス。美子にどことなく似ている。もしかするとニトクリスの子孫が美子なのかもしれない。そんな事を考えながらもバビロンの歴史について少し教えてもらった。
* * *
「ハンムラビ王以来、バビロンは長い間この世界の唯一の世界都市だった」
「『アッシュル神の都市の国』が支配するようになって、その輝きは失われたの」
「何度かバビロニアの民は輝きを取り戻そうとしたの、アッシリアの王位継承争いに付け込んで、戦ったの」
「この前も、東の地・エラムとも同盟を結んで戦ったけれど、バビロンは陥落したの」
「次のバビロン王に据えられたカンダラヌは名目上の存在で、権限など無かった!」
「私たちがどういう手を使っても、反乱は起こらなかった!!」
「けれど、今は違う」
「アッシュール=パニパル王の崩御の混乱を突いて、10年前、当時属州総督だった我らが王ナボポラッサルはバビロニアの独立を宣言したの」
「既にアッシリアでは反乱が続発しているわ。今こそ滅びの時なのだわ!」
* * *
時を少し遡ると。
新アッシリア帝国は、常備軍と郵便制度の発明、そして鉄器の逸早い普及で他国を圧倒し、人類史上初めて大帝国を築き上げた。
しかし、帝国化とは他民族の支配を意味する。やがて彼等は反乱を起こすようになった。
「我らエジプトの独立のために!」
エジプトはこうして再独立を獲得した国の1つである。
相次ぐ反乱の中でも、アッシリアの騎兵や兵車は最強を誇った。
城壁を持たぬ都市は一瞬で陥落した。
こうして城壁が発明され、アッシリア軍は対抗して攻城戦術を獲得した。
「壁を築け、アッシリアの機動力を封じるのだ」
「壁を越えよ、反乱の炎は速やかに消すのだ」
こうしたいたちごっこが続いていたのだが、続発する反乱の中でアッシリアは疲弊していった。
大図書館で知られるアッシュール=バニパル以後、収奪型経済は限界を迎えつつあった。そんな中で建国されたのが、南メソポタミア地域の主流民族・カルデア人と共にバビロン王国である。これが世に言う「新バビロニア王国」である。
* * *
「私の名前はニトクリス。貴方の名前は?」
こう自己紹介してくれた彼女は、新バビロニアの王太子秘書をしているらしい。
「見ない顔だけど、どこから来たの?」
ここで日本と言っても分からないだろう。
「うーん、東の果て?」
「メルッハの事かしら?」
メルッハとは、ペルシア湾から東へ向かった先、ディルムン(現:バーレーン)の更に向こうの地の事だ。時空転移セットの中にあった辞書には「インダス文明、後にヌビア地方も指す」とある。この頃のインドは十六王国時代で、1000年以上も昔のインダス文明など、既に遠い昔の話である。
まあ、バーレーンよりも向こうなのは確かだから、取り敢えずは肯定しておく。
そうこう話をしている内に、何故か王宮に通されてしまった。まあ、博識な異邦人はどこの国にとっても欲しいだろう。