僕はね
そこは村というには異質な場所だった。円錐状の幾つもの奇岩が威圧感を持って聳え立ち、至る所に大小様々な穴が空いている。
ニーナに聞くとそれぞれに村人が居住する為くり抜かれた部屋が存在しているらしい。
復讐の為だけに生きて来た【清め火】達に取ってこの穴蔵は揺り籠の様なものだと彼女は言った。亡くしてしまった母親達のせめてもの餞の場所、小さい頃から何かある度に聞かされて来たから本当は余り帰って来たくなかったんだ、悲しくなるからさ、とニーナは言った。
私とジンはそれに対しての言葉を持たずその場に呆けた様に立ち尽くしていた。
「そうだ、見えてる部分だけがこの村の全てじゃなくてね、実は地下に…」
ニーナが僕らに向かって振り返った時、彼女の肩の向こう、村の奥の方から異形の仮面達が集団でやって来た。先頭の仮面の背は低く杖をついていて赤銅色のローブを纏っている。どうやらこの村の長老の様だ。
「お前の中に穢れた神がいるのか?」
話しかけて来た声は錆びた剃刀の様で体温を感じなかった。私はなんとなくヨコに似ているなと思った。無言で頷く。どうやら仮面達は私達を手放しに歓迎するという意図は無いらしい、それは当たり前だと私はため息をついた。積年の恨みの元凶が目の前にいるのだ。憎しみと怒り、猜疑心と好奇心、そして哀れみが見て取れた。大いなる神を憎み、それを終わらせようとする者達の村。
獣の群れの中に放り込まれた様な心持ちになる。
私達三人はぐるりと取り囲まれまるで鳥籠の中にいる様だった。
「手紙は読ませてもらったよ、心臓にへばりつく蟲を取り除きたいんだろう?ここまでやって来た勇気とニーナに敬意を払い、試してやろうじゃないか。
お前の中に巣食うそいつは対象物が死んだとなれば這い出して来て次の宿主を探す筈だ。だから、お前を一度仮死状態にして心臓を止めてしまえばもしかしたら分かつ事が出来るかもしれない。」
試した事もない全て仮定の話だ、とザラザラとした抑揚の無い声で長は言った。
私はジンとニーナの目を交互に見て言った。
「確かにもう手段はこれしか無いかもしれない。可能性があるならやってみよう。」
不安そうな二人の肩を叩く。大丈夫だと何度も言い聞かせながら、多分これは私自身への鼓舞でもあったのだ。
「死んだら殺す!絶対に生きて帰って来てね。」
ニーナが私を抱きしめた。
彼女の温もりを感じた私の目から不意に涙が溢れた。張り詰めていた心が緩み堰を切った様に嗚咽を漏らす。
––– 嗚呼、生きたかったんだ。
私はそう思った。
破れかぶれの様に、感情を殺す様に、大いなる神への怨嗟で心に蓋をして来たけれどもうそんな事はどうでも良くなった。
声を枯らしながら私は泣いた。そしてニーナを抱きしめた。ジンはそれを見て笑顔を見せていた。
鳥籠の中の私達は今人生で一番自由だった。
自らの意志でここに立っている。全ては一緒に生きていく為に。
「覚悟は決まったようだな継手の君よ、必死に生き残ってくれ、我々もここで終わらせたいのだ、そしてお前のような者をこれ以上増やさない為にこうやって生きて来たのだからな。死んでいった者たちの為にも必ず帰って来てくれ。若い者が年寄りより先に死んではならんのだ。」
長が仮面を取ると長い白髪の厳しい老婆の顔が現れた。やはり顔は焼け爛れていて人の愚かさと醜さに私は決意をあらたにした。




