8.ヒロインと悪役令嬢……ではない
「皆さまご機嫌よう」
「「「「……!」」」」
ルナビアが声を掛けると、黒髪縦ロール集団がびっくり仰天してこちらを向いた。
「どのようなお話ですの? 気になってしまって。突然話しかけたりして不躾ですけれどお許しくださいな」
「まあ……! 不躾なんてとんでもありませんわッ!! むしろ嬉しくてよッ!!!私はエスメグレーズ・ローズ・ハーベルスと申しますッ!!!! 是非エスメとお呼びくださいませッ!!!!! 父は侯爵ですわッ!!!!!!」
その集まりの中心人物らしき黒髪縦ロールの少女ははじかれたようにこちらを向くと、ほぼ叫ぶくらいの勢いでそう言い募り、ガシリとルナビアの手を掴んだ。
「え、ええ。同じクラスですね」
「覚えていてくださってッ!!!!!」
エスメグレーズがそう絶叫すると、周りの友人もわあっと沸き立つ。
覚えているも何も、入学式で一目見たときからずっと「悪役令嬢役をお譲りしましょうか?」と思っていたのだが、さすがにそうとは言えなかった。
それこそエスメグレーズは前世のゲームやアニメの悪役令嬢デザインによくありそうな容姿――縦ロールなんてパンチの効いた髪型――をしていたし、身分も侯爵家、しかも過去に「救国の転生者」を輩出したこの国でもトップクラスの名門出身。さらに入学当初から常に数人の取り巻きを従えて行動する軍団状態で、目立ちに目立ちまくっていた。
周囲の視線をものともせず、なんなら気持ちよさげに振る舞うエスメグレーズを見て、こんな人間が同じ世代にいるのなら、あっちが悪役令嬢になってもよかったんじゃないかしら? などと考えたものだ。
もしかすると、エスメグレーズもクリストヴァルドとの婚約を打診されていたのかもしれない。まあ、断ったのだろうな。なんのメリットもないし。
年々求心力を失っていく王家は焦りに焦り、次期国王のクリストヴァルドの後ろ盾には強力な家をと、次々と有力な家に婚約を打診した。
しかし皆有力であるから、王家の求めと言えども断ることができる。散々断られまくった挙句、王家は旧知のルクレシア公爵家に泣きついた。
最悪だ。よくよく考えると貧乏くじだ。げんなりしたルナビアは、目の前にいるハイテンションな令嬢との温度差に酔いそうになりながら、何とか言葉をつなげた。
「私はルナビア・ルクレシアですわ。どうぞルナビアと」
「ルナビア様!!!」
エスメグレーズが目をキラキラと輝かせてぎゅっと手を握ってくる。
「……。それでどのようなお話を?」
「こちらのキーリッシュ嬢が登校するに相応しくないお召し物でしたのでご忠告申し上げただけですわッ」
エスメグレーズがふんと高飛車にキーリッシュ嬢を見やる。
そういわれて見てみると、キーリッシュ嬢は確かにとてもシンプルなドレスを着ていた。エスメグレーズの一挙一動にびくびくと怯えている。さながら魔獣に追い詰められた小動物だ。
「あなたは……」
「パドメ・キーリッシュと申します……。父は男爵です」
「ですから私どもと同じように毎日のドレスを用意するのは難しいでしょう? 私のいらないものを差し上げるのだから喜びなさいとあれほどッ」
ん?
「エスメ様のご好意を無下にする気?」
「見苦しい恰好を改められるのだからよろこんでいただきたくてよ?」
「も、申し訳ございません」
(あー。なるほど)
「もしかして、エスメグレーズ嬢は」
「どうぞエスメと!!!」
「……エスメ様は、キーリッシュ嬢のことを心配して、よろしければ不要なドレスを差し上げるとおっしゃっているのでは? キーリッシュ嬢、それはお嫌かしら?」
「申し訳ございません……」
「さっきからずっとそれですのね!!」
エスメグレーズと友人がキイッといきり立つ。
そっとパドメの様子を窺ってみると、俯いてぎゅっと固く握りしめた手を見つめながら、ふるふると真っ青な唇を震わせている。目には涙をため、ごめんなさいごめんなさいと必死になって呟いている。
「あなた、侯爵令嬢や伯爵令嬢のような身分のご友人は、あまりいらっしゃらないのかしら? ねえ、緊張するのなら、首を縦に振るか横に振るかだけでもしてちょうだいな」
そういうと、ルナビアはパドメの手をそっと握って引き寄せた。パドメは視界に入ってきた手と、その手が自分の手を優しく包んだことに驚いて、がばりと顔を上げてまじまじとルナビアを見つめた。
「まあ、なんてはしたない」
「ええ、私が急に手を掴んだりしたのがいけなかったわ」
ルナビアが穏やかにそう返すと、非難の言葉を投げかけた令嬢が恥じ入ったように俯いた。
「ねえ、あなたはエスメ様のような洗練された方とお話しするのになれていないのではなくて?」
パドメはこくんと俯いた。
「それでは緊張してしまうわね。下手なことを言うのが怖くて、上手く話せないのではなくて?」
またこくんと頷く。
「たくさんのご令嬢に囲まれて、何を言われているかもわからなくなってしまったのかしら?」
パドメはうっと涙をこらえながら、またこくんと頷いてくる。
「私にはエスメ様が、お洋服を準備するのが大変だろうから、ご自分のものを譲るのであなたに着てほしいとおっしゃっているように聞こえたわ。きっと恥ずかしいからあんなに捲し立てたのね。怒ったり責めたりはしていないと思うけれど?」
そうルナビアが言うと、パドメは目を皿のように丸くしてエスメグレーズを見つめた。エスメグレーズは気まずそうに「ずっとそう言っていますのに」と目を伏せる。
「エスメ様。私はエスメ様が酷いことをおっしゃるはずないと思いますけれど……
エスメグレーズが照れたようにぽっと頬を赤らめた。
……キーリッシュ嬢は高位の貴族になれていないので言い回しが分かりにくかったのです。数人で押し掛けたのも怖かったのですね」
エスメグレーズが今度はしょんぼりと眉を下げた。
「キーリッシュ様のお立場を考えずに申し訳なかったですわ……」
「それで、キーリッシュ嬢はいかがでしょうか? もうエスメ様が何をおっしゃりたかったのかわかったのではなくて?」
「あの、あの」
ルナビアはパドメを勇気づけるように手を握り直し、ゆっくりでいいのよと励ました。
「ずっと服装が相応しくないと言われていると思っていました。ごめんなさい……。うちは男爵と言っても名ばかりで、服もそれほど持っていないので。その、ありがたいお申し出ですけど……、本当によろしいのでしょうか」
そもそもなんでそんな風に気に掛けてもらえるのか、と消え入りそうな声で言うと、エスメの友人が当たり前と言った顔で答えた。
「エスメ様はずっとあなたのことを気にしていらっしゃったのよ。おどおどしていて学園に馴染めていない様子だと。私たちでいろいろ話し合って、きっと身分やお召し物に自信がなくて、場違いな思いをしているに違いないと思いましたの」
「身分は仕方ないけれど、ドレスくらいならお力になれるってエスメ様がおっしゃるから」
「エスメ様はずっとそう言っているのに、あなたったら謝ってばかりいるものだから、遠慮しているのかお下がりが嫌なのか、何を考えているのかわからなくてよ」
「お下がりなら受け取りやすいかと思ったけれど、よくなかったのかしら、失礼だったかしらって、実は不安でしたのよ」
最後にエスメグレーズはそう付け加えると、言い方が悪くてごめんなさいねと苦笑いした。
「ね、キーリッシュ様。エスメ様はこうおっしゃっているのだから、お受けしてもお断りしても平気だと思うけれど、どうしたいかしら?」
ルナビアがそう問いかけると、パドメはほろりと涙を流した。
「ぜひ……お願いします……」
ふう、片付いた。学園生活にさえ慣れていない弱気な少女が、高位貴族に囲まれて先ほどの勢いで捲し立てられたら、わかるものもわからないだろう。
嬉しいことに、パドメもエスメグレーズとその友人たちもお互い悪かった、よくなかったと言い合いながら、どんなドレスが好みだとかそんな話を始めている。
未だおずおずとした様子のパドメに、エスメグレーズが頑張ってペースを合わせて話しかけているように見える。
あとは当人同士で何とかなるだろうし、お互い悪い人ではないと理解しただろうから、よし帰ろう。お疲れさまでした。
ルナビアがその場をそっと立ち去ろうとすると、お目当ての人が声を掛けてきた。
「ルナ、迎えに来てくれたのか?」
「……! 別に、中庭にいただけじゃない」
「真っすぐ帰るのなら中庭を通らないだろう?」
「変なこと言わないでちょうだい!!」
先ほどからエスメグレーズたちが興味津々といった様子でこちらを見ている気がする。恥ずかしいからさっさと帰りたいのだが。
「まさか、ルナの友人か?」
「ウィル、もしかして私に友人ができっこないと思っているの?」
腹立ちまぎれにウイリアムが差し出してきた腕をぺちりと叩いた。
「ルナは表情がいつもこれだけどよく見るとちょっと違うから。仲良くしてやってくれ」
「保護者ヅラしないでちょうだい! うるさいわよ!」
これ以上余計なことを言われる前に連れ出さねば。先ほど叩いた腕に手をのせ、ほらほらと催促する。
「ははっ」
「帰るわよ!」
「わかった、危ないから引っ張るな」
賑やかに歩き去る2人の後ろ姿を見て、パドメはぽつり
「王子様とお姫様みたい……」
と呟いた。
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そうでもなかったな……と言う場合は少なめで。
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