7.お弁当と縦ロール
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教室まで送ってくれたウイリアムが立ち去ると、今までろくに話したこともないようなクラスメイトたちに囲まれ、やれ茶会だ、やれ夜会だと散々招待を受けた。
「というわけで、ローズの家名を賜る我がハーベルス侯爵家ともぜひ懇意にしてくださいませ!」
今は黒髪縦ロールの悪役令嬢のような風貌の令嬢とその友人たちに詰め寄られ、よくわからない演説――私と仲良くするとこんなにお得ですよというプレゼン――を受けて、ドン引きしていた。
「……お心遣い、とてもありがたく思いますわ」
さあ、お返事を! という圧力を感じつつも、何とか当たり障りのない言葉を返す地獄のラリーを繰り返していると、教室の入り口がにわかに騒がしくなる。
「ルナ、昼食を取らないか?」
「ええ、今行くわ!!」
「ごめんなさいまた後で」と残念そうな表情を取り繕いながら、やっと解放されたとウイリアムに駆け寄る。
「ありがとう、本当に助かった!!」
「もう少し早く来ればよかったな。この調子だといつものように食堂に行くのは辛いだろう? 弁当を持ってきたから庭で食べよう」
「ウィルが神様に見えるわ……」
いつもはウイリアムと食堂で待ち合わせ、2人で昼食を取っていた。遠くにクリストヴァルドたちが見えたり見えなかったりしていたものだ。入学した初日はクリストヴァルドが誘いにくるかもしれないと淡い希望も抱いていたが、これ見よがしに例の令嬢といちゃつくクリストヴァルドを目撃し、一瞬でそんな期待は持たなくなった。
午前中の様子を考えると、このまま食堂に行けば確実に取り囲まれるだろう。庭で静かな場所を探して昼食を取れるのならこんなにありがたいことはない。
ウイリアムが静かな場所に目星をつけていたらしく、ずんずんと庭を進んでいく。図書館裏の奥まった場所に、ぽつんとベンチが置いてあった。
「いい場所ね」
「図書館の裏だからな。この辺りは静かだ」
ウイリアムの持ってきたお弁当は意外とシンプルで、厚切りのハムが挟まったサンドウィッチや、ミックスベジタブルが入ったオムレツ、サラダにカットフルーツが2人分、丁寧に詰め込まれていた。
あっさりしていてなかなかルナビア好みの取り合わせだ。
「美味しそうじゃない! アルバータイン家のシェフは優秀ね」
「ありがとう。食べてみてくれ」
ウイリアムがやけに緊張した面持ちな気がするが、気にせず早速サンドウィッチを口に入れる。マスタードが効いていてなかなか美味しい。
「美味しい。美味しいわよウィル」
するとウイリアムがぱあ! と顔を綻ばせる。いつも令嬢スマイルを崩さないルナビアに負けず劣らず、穏やかな微笑みを固定しているウイリアム。そんな彼が、少年のように相好を崩している。
「!?」
うっかりそのキラキラした笑顔を直視してしまったルナビアは、ぐえっと衝撃に耐えられず顔を思い切り顰めた。
「ルナどうした?」
「クリティカルヒットよ……」
「なにがだ?」
一生わからなくてよろしくてよ……。と力なく答えたルナビアは、動揺を悟られないよう次々とサンドウィッチを頬張る。
あのウイリアムが、ルナビアの言葉で一喜一憂している。
「な、なんでウィルがそんなに嬉しそうなのよ!」
苦し紛れにそう言い放つと、ウイリアムは益々笑みを深めた。心外である。
「なによ……!」
「いや、実はそれ、俺が作ったんだ」
「ウィルが!?」
「もちろんシェフに手伝ってもらったよ」
「そ、それでもすごいわ」
え、じゃあこれ。愛妻、いや愛夫弁当?
そう、愛夫弁当である。まんまと騙された、いや、騙されたわけではないのだが。
「なんで侯爵令息が厨房に入るのよッ!!!!」
「ルナに食べさせたかったからだが」
いや当たり前のように言うな。ルナビア自身は料理なんて全くできないのだから勘弁してほしい。ルナビアが作るとなったときにハードルが上がるではないか。
「いや作らないけどッ!!!」
「ん?」
突然の叫びにウイリアムが首を傾げる。
「なな、なんでもないわ!」
なんでもない訳はないのだが、ウイリアムの手作りが嬉しいとも恥ずかしいとも、今度は自分がと思ったことも認めたくないルナビアには、黙々と残りの料理を頬張ることしかできなかった。
***
凛とした様子で教室の中央に座る麗しの令嬢。月のように銀色に輝く絹糸のようにまっすぐな髪。青く澄み切った瞳。口元にはいつも優し気な微笑みを浮かべ、何事にも動じず静謐な空気をまとった人。
学園のみならず貴族の社交界でさえも、幼いころから「月の女神」「銀の妖精」と称えられ、未来の王妃として恥ずかしくない素養を身に着けていると評判だった。
あるとき彼女が庶民区画の市場に現れ、平民に手を貸してやっていたという噂が立った。その後すぐに、公爵令嬢であれば一生縁がないであろう辺境の修道院にまで自ら足を運んで声を聞き、寄付を惜しまないという話が知れ渡った。気づくと彼女は「貴賤の分け隔てなく、手を差し伸べ導く聖女である」と言われ、誰もかれもがその働きを賛美していた。
そして先日の夜会のあとには――そう、この国の王太子がとんでもない醜態をさらしたあの夜会だ――彼女は薔薇の記憶を持つ「救国の転生者」であると囁かれはじめた。
「それにくらべてあの方ッ!! 学園に相応しくない貧相な出で立ちではなくて?」
周囲を囲む友人たちにそう言い放って、黒髪縦ロールの令嬢は虎視眈々とある令嬢を狙うのだった。
***
「昼食で余計に消耗したわ……。まさか手作りしてくるなんて」
恋する乙女か! とは死んでも口に出さない。そんなことをすれば自爆するのはわかっている。ルナビアはぐぬぬと口を結んだ。
その後も何度かクラスメイトに突撃されはしたが、無事に一日の授業を終えることができた。
途中からは話しかけてくれるなとばかりに冷たいオーラを放っていたのだが、そこかしこから「凛々しい」だの「クール」だのといった言葉が聞こえていたので、効果があったのかどうかは不明である。
「無駄に疲れたわね……」
そうぼやきながら、ルナビアはすたすたと廊下を歩いていた。教室から廊下を通って玄関に向かえば、ルクレシア公爵家の馬車が控えているはずだ。
ルナビアはふと思い出したように足を止めた。
「ちょっとだけ中庭に寄ろうかしら」
薔薇学園の校舎は学年別に分かれており、教師棟や食堂などと一緒に中庭を取り囲むように建てられている。
中庭を挟んでルナビアの校舎のちょうど向かいに、ウイリアムが学ぶ校舎が並んでいる。
「中庭から覗いてみるだけよ。別にウィルがいなくてもそれでいいし」
うんうんと自分を納得させながら、ルナビアはくるりと中庭へと方向転換した。
中庭を進むと、ちょうど中央のベンチに5~6人が集まってなにやら話しているようだった。
なんとなく眺めてみると、目立つ黒髪縦ロールの少女とその友人たちが、ベンチにぽつりと腰かけるひとりの少女に詰め寄っている。
「あらら」
詰め寄られている少女とぱちっと目が合った。見覚えがあるような、ないような。
「このまま通り過ぎるのも相当感じが悪いわね」
しぶしぶと言う様子で、ゆっくりと集団に歩み寄った。
「……何度言ったらご理解いただけますのッ? お召し物が随分流行遅れだと言っておりますのッ!!」
「ごめんなさい……」
叱責に怯えた様子の少女が目に涙をためて俯く。
「ごめんなさいでは何も変わりませんわよッ!?」
「あなた、エスメ様にここまで言わせてどういうおつもり??」
「謝るばかりじゃどうしようもなくてよ?」
黒髪縦ロールと取り巻きたちが、これでもかとばかりに騒ぎ立てる。
「皆さまご機嫌よう」
ルナビアは覚悟を決めて、集団の中に突っ込んでいったのだった。
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