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3.幼馴染が押せ押せなんですが

「過去の転生者はいずれも公衆の面前で婚約破棄をされている」


 その言葉を聞いても、まだルナビアは諦めなかった。


(いや、まだ私とは限らないわ。公衆の面前で婚約破棄をするような頭の可笑しい状況なんてよくある……はず)


 そう思ってぎりぎり耐えていたところに、ウイリアムが追い打ちをかけてきた。


「そして『薔薇の記憶』を持っている。君もだろう?」


 はて? なんのことだろう。するとウイリアムが告げた。


「ルナが幼いころ言っていた、前世で薔薇学という遊びを好んでいたという記憶のことだよ」


 あ、まずい。ルナビアは胸を押さえた。


「関係者以外には『薔薇の記憶』とだけで詳細は伏せられているが、過去の転生者たちはいずれも、自分が薔薇学という遊びの中で悪役令嬢だったという記憶を持っていた」


「わわわわたし、あなたにそんなこと言ったっけ?」

 薄々逃げ切れないなと思いながら、最後のあがきをしてみる。


「一度だけ言っていたよ。だからルナは『救国の転生者』ではないかとずっと疑っていた」


 うん、無理だったようだ。


「でも私、国を救うだなんて大それたことするつもりがないもの」


 そういえば、家から転生者を出しているウイリアムに、一度だけ自分にも前世の記憶があると言ってみたことがある。

 その時のウイリアムが酷く冷静で「うちの先祖もそうだったし、心配することではない。俺は気にしない」なんて言うものだから、すっかり元気づけられた。


 2回分の人生を抱えて生きる難しさを感じていたルナビアだったが、その言葉に励まされて穏やかに暮らすうちに、前世の記憶もただの知識くらいに身に馴染んでいった。


 でも、ルナビアには国を救うなんてつもりは全くない。

 できればこのまま修道院に行って、穏やかに暮らしていきたい。そのためにずっと根回しをしてきた。


 定時で帰ってのんびり本でも読む生活を送るんだ! ルナビアは自分が国を救うために奔走する姿を想像し、いやいやと俯いて首を振った。


「ちょっとこの国、悪役令嬢に期待しすぎじゃないかしら」


「悪役……令嬢? ただ、こんな日が来るかもしれないとずっと願っていた」


 なんだか熱っぽい声が聞こえた気がして、ルナビアははっと顔を上げた。目の前でウイリアムが片膝をつき、ルナビアの手を取って熱い視線を向けている。


「ルナが『救国の転生者』だったなら、婚約破棄される日が来るかもしれないと、ルナが誰のものでもなくなる日がくるかもしれないと、俺はずっとそんなことを考えていた」


「そ、それじゃあまるで、ウィルが私のことを望んでいるような口ぶりじゃない」


 ルナビアは羞恥に耐えながら、何とかからかうように言葉を紡いだ。変な冗談を言わないでほしい。どんどん体温が上昇していくのを感じる。


 すると目の前の男も、どんどん顔を真っ赤にしながら言った。


「婚約破棄されて傷ついている令嬢にかける言葉ではないと思うが、これで堂々とルナに好きだと伝えることができるから、嬉しい」


 ウイリアムは兄ソルジールの親友で、ソルジールの妹はウイリアムの妹のようなもので。ウイリアムはルナビアのことを妹のように可愛がってくれていた、だけだと思っていた。


 ウイリアムが突然おかしなことを言いだしたせいで、胸がドキドキと苦しいじゃないか。なんだか悔しくて、ルナビアのことを望んでいるのかなどと意地悪に問いかけてみる。困ればいい、自分と同じくらい恥ずかしい思いをすればいい。やっとの思いでからかったというのに、ウイリアムはそれさえ肯定してきた。


 ガタン。

 馬車が屋敷についたようだ。

 必死な形相のルナビアはまだ何か言いたげなウイリアムの手を振り払い、「お疲れ様でしたっ」と定時退社を目指すOLさながら駆け去った。



 ***



「昨日は散々だったわね。いまだに訳がわからないわ……」


 確か昨日はついにクリストヴァルド様から婚約破棄をされて、それから馬車に乗って屋敷に帰ってきた。馬車の中で突然ウイリアムが片膝をついて……


「ああーー!」


 ルナビアは頭を抱えてそう叫んだ。


「もう!!ソルジールお兄様の言いつけで、私の面倒をみているんじゃなかったの?」


 ウイリアムとの昨日のやり取りを思い出したルナビアは、身悶えしながらぼふぼふと枕を殴りつけた。


 もともとウイリアムは兄ソルジールの親友だ。ソルジールに連れられてアルバータイン家に遊びに行ったときに出会い、ずっと穏やかでとても優しく、ルナビアの話をなんでも聞いてくれる人だと思っていた。


 面倒臭がりで、最低限のこと以外は放置気味のルナビアの代わりに、何かと世話を焼いてくれたりするものだから、自然と懐いて前世の記憶のことも話していたのだ。


 ウイリアムはルクレシア公爵家からの信頼も厚く、ソルジールが隣国に留学に行く際も、「うちの天使をくれぐれもよろしく」と言い残して去っていった。


 ちなみにルクレシア公爵家跡取り息子のソルジール・ルクレシアは、ルナビアの2つ年上で、幼少期から神童と名高かった。


 薔薇学園に入学する前に、学園で習う程度の内容はとうに修了し、入学後1年で飛び級に飛び級を重ねて王立大学に入学。そこも1年で卒業し、今は世界最高学府と名高い隣国の帝国大学大学院に留学、魔術の研究を重ねている。


「ソルお兄様と一緒に登校できるのを、ちょっと楽しみにしていたのに……」


 入学する頃には卒業しているどころか、国外に行ってしまうなんてと、何の気なしに呟いた一言が、悲劇を引き起こした。


 早々に国内で学ぶことがなくなったからと留学を決めたソルジールだったのに、この言葉をきっかけに「絶対留学なんてするもんか」「国内に残る」「僕を僕の天使から引き離そうとするやつは皆殺しにする」と駄々を捏ねはじめた。


 父と屋敷や父の職場で猛烈に言い争い、止めに入った使用人や父の同僚70人を、国家魔術師級の魔術火砲を浴びせて一掃した。


 最終的にはルナビアの「帝国大学で、しかも大学院に留学できるなんてソルお兄様は自慢のお兄様ですわ。この辺りでおやめくださいませ」という言葉を渋々受け入れて、泣く泣く隣国に旅立った。


「留学に行く前にソルお兄様ったら、『ルナビアが王太子妃として暮らしやすいよう、王宮を従わせられるだけの魔術を身に着けて帰ってくる』だなんておっしゃるのよ。頑固なところもあるけれど、本当に甘くて優しいの」


「それは優しくない、絶対に優しくないぞ……国家転覆……」


 後日事の顛末を話すと、ウイリアムは真っ青な顔でぶつぶつと繰り返していた。


 あの時のウイリアムは、なんだか慌てていておかしかった。いや、ウイリアムは関係ない。


(なんでいちいちウィルに結び付くのよ!)


 そこかしこに感じるウイリアムを振り払うため、ぼふんとウイリアム(枕)を殴りつける。


 それに、とルナビアは思った。

 もし兄が今回の一件を知ったらどうなるだろうか。疑いが晴れたとは言え、妹を公衆の面前で貶めたのは事実だ。


 ソルジールが王宮で魔法火砲を乱射するのは止められないかもしれない。このあいだの騒ぎは父の職場の魔法省だったから、止めに入った人たちも皆優秀な国家魔術師だった。それでも火砲の威力は止まらず、70人がかりで作った分厚い風の防御壁を貫通し、全員を軽く1メートルほど吹き飛ばしていた。


 ウイリアムもあの時ばかりはソルジールを止められずにいて……


(……また出てきたな、ウイリアム)


 ルナビアは今度こそ現れないようにと念入りにウイリアム(枕)を殴りつけた。


 そういえばウイリアムは、兄が留学する前から、ずっとルナビアの傍にいる。クリストヴァルドに蔑ろにされ、級友にも腫れ物に触るように避けられた学園生活でも、ウイリアムはしょっちゅうルナビアの前に現れた。


「ウィル、そんなに私にくっついていると評判が落ちるわよ」


「ソルに虫よけを頼まれているからね」


「でも、ウィルって顔が綺麗だし、こんなに世話好きでしょう? どんなご令嬢もころっと惚れると思うのよ。今のうちに捕まえときなさいな」


「俺は世話好きじゃないし、誰もころっと惚れない」


 ウイリアムは何故だか物凄く嫌そうに言った。


 そうは言っても、ウイリアムは相当人気がある。明るく朗らかなクリストヴァルドが太陽のようだと誉めそやされれば、ウイリアムは穏やかで月のようだと称えられ、憧れる令嬢がたくさんいた。


 婚約破棄まっしぐらのルナビアに付き添っている暇があれば、もっと有望な令嬢を捕まえればいいのに。あんまり言うとウイリアムの表情が、「物凄く嫌そう」から「今にも吐きそう」に変わるので言えないが、心の中でルナビアはずっと歯がゆく思っていた。


「ルナ様、お目覚めでございますか」


 ルナビア付きの侍女ナターシャの声がする。


 最近平民ながらも商会を成功させ、男爵位を得たノードン家の娘で、身の回り諸々を教わるにうってつけの侍女だ。街での買い物も教えてくれるし、買い食いなんてことに付き合ってくれるのもナターシャだ。


 ナターシャ自身は、ためらいもせず食べ歩きを受け入れる公爵令嬢に若干引いていたが。まあ、最近の買い食いは王妃教育を定刻で切り上げた後に、ウイリアムと一緒に行くことが多くて……


「んんんんんぅぅ~~」


 ゴキブリのような生命力で舞い戻ってくるウイリアム。徹底的に痛めつけておこうとウイリアム(枕)を抱えなおすが、ナターシャにさっさと取り上げられてしまった。


「ルナ様、とんでもないお返事の仕方でしたがありがとうございます。お目覚めのようですので失礼します。枕に罪はないでしょう。お父上が昨晩の件でお呼びでございますよ」


「……まだ寝てる」


「おおかた、ウイリアム様に何か言われたのでしょう。おめでとうございます」


 ルナビアはがばりと顔を上げる。


 ウイリアム(枕)を小脇に抱えたナターシャは、すかさずルナビアをベッドから引きずり下ろし、さっさと身支度を始めた。


 ちょっと楽しげに、「気づいていないのはルナお嬢様くらいのものですよ」とか言いながら髪を結うものだから、どうにもむずがゆい。


「ナターシャは、いつからあの……ウィルがその……おかしいのに気づいていた?」


 ぽっと頬を赤く染めながら、もごもごと尋ねる。


「おかしいだなんてなんのことやら」


 ナターシャは優しく微笑んだだけで、答えを教えてはくれなかった。


続きが気になると思っていただけたら、下にある【☆☆☆☆☆】を多めにつけてくださると幸いです。


そうでもなかったな……と言う場合は少なめで。


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