25.ルナビアの憂鬱
エピローグです。あと数話お付き合いくださいませ。
ルナビアはひとり、ルクレシア公爵家の東屋にいた。
この東屋は四方を花壇――ウイリアムから贈られた色とりどりの花で埋め尽くされている――に囲まれていて、建物からは少し離れた静かなところに位置している。
「穏やかだわ…………」
ナターシャに運んでもらった紅茶とケーキを食べながら、ぼんやりと花々を見つめていた。
巷で「王都襲撃事件」と呼ばれているサマンサの襲来から今日で1ヶ月が経った。パン屋のおじさんも含めて知り合いは皆無事だったし、魔獣に荒らされた街もすっかり元通りになったようだ。
都合のいいことに、今回の事件で王都を守ったのはルナビアだということになっていて、知らないうちに「これまでの救国の転生者に引けを取らない偉業を成した」という評価が与えられていた。
(魔道具を破壊したのはソルお兄様なんだけどね……)
特に庶民が今回のことを恩義に感じてくれているらしく、街を歩くと「月の聖女様だ」と異様にざわめきたち、家や店からわざわざ出てきたり手を合わせて拝んでくれたりする。どうしてこうなった……。
とにもかくにも、前任の悪役令嬢たちが成し遂げた功績と、そこからくる期待と重圧で胃を痛めていたルナビアにとっては、ようやく安心してのんびりと暮らせるようになったのだった。
「そんなことより!!」
ひとりでいるのを良いことに、ルナビアが珍しく大声で喚いた。
そう、そんなことよりウイリアムだ。あの後、毎日ルクレシア公爵家に足を運んでいるようなのだが、ルナビアへの挨拶もそこそこに、ソルジールと庭に出てしまう。
何をしているかの覗きに行っても、ソルジールがさっさと防御壁を張ってふたりで中に入ってしまう。外からは姿も見えないし、声も聞こえない。
「仲間はずれにされているようで、気分は良くないわね……」
気に食わないわとぷりぷりしながら、ぶすりとケーキにフォークを突き刺す。ウイリアムが持ってきたというフルーツケーキは、ルクレシア公爵家のパティシエが作るケーキよりも、心なしかちょっとだけ不格好なのだけど、とても優しい味がした。
「ケーキだけ置いていくんじゃなくて、話しに来るなりしなさいよ! あああああ、愛してるって? い、言ったのに」
ウイリアムの甘い囁きを思い出してぽんっと頬を染めるものの、胸にもやもやとした違和感が残る。
今朝のウイリアムの様子だっておかしかった。
ルクレシア公爵家の玄関でばったり出くわしたので、今日こそはと思ってソルジールと何をしているのか問いただそうとすると、ぎょっとした表情でごにょごにょと言い訳をしてそのまま逃げていってしまった。
何をしているのかとソルジールに問いただしても、毎度爽やかに微笑みながら「信じて待ってあげて」としか返してくれない。
ろくな答えが得られなかったので、ふくれっ面で「もう知らない」と言ってそれから冷たく当たっていたら、ソルジールがたいそうショックを受けていた。
(いったいなんだって言うのよ!!)
無性にイライラする。
「ルナ様から会いに行けばよろしいのでは? ソル様にも八つ当たりされて。ソル様がショックで死んでしまいそうな表情をされていましたよ」
ナターシャが幾分か呆れた様子で紅茶を継ぎ足してくれた。
「な、ナターシャ。それは悔しいじゃない。なんか嫌よ!」
「ウイリアム様に会いたくは無いのですか? 変な意地を張っていると、愛想をつかされますよ?」
「そんなこと言ったって……」
ルナビアはぐぬぬと呻いた。
確かに普段から会いに来たり散々お弁当と作ってきたりと疑いようもない愛情表現をするのはいつもウイリアムで、ルナビアが素直になったのは王宮でのあの一度きり。
照れて素直になれないルナビアに愛想をつかす……ことはないだろうが、ちょっとくらい歩み寄ってもいいのかもしれない。
「ウイリアム様はきっとお喜びになりますよ」
(ナターシャがそういうなら。まあ喜ばせるのも悪くないわね)
ルナビアはえい! と気合を入れると、そわそわと髪を整えてから――ナターシャに「いつも通りお美しくていらっしゃいます」と何度も言わせた――、ふたりがいるであろう屋敷近くの芝生区画に歩いて行った。
魔術や剣術の練習に使ういつも区画にたどり着いた。ナターシャが指す方向を見ると、ちょうど防御壁がサーっと消えて、中からウイリアムとソルジールが現れた。
ふたりとも何か運動をしていたのか、ジャケットを脱いでワイシャツだけのラフな格好をしている。ウイリアムは汗だくで、ソルジールと何やら嬉しそうに話をしている。
(ちょ、ちょっと格好いい)
いや、かなりとてもすっごく格好いいのだ。細身に見えるがしっかりと筋肉がついた肢体。抱きしめられるとすっぽりと包み込まれてしまう。それから頭の上から優しい声が降ってきて、顔を上げるとすっきりと整った美青年が優しい顔でこちらを覗いているのだ。
思い出しただけで胸がきゅっと苦しくなり、どうしていいかわからなくなる。
どぎまぎして一向に近づこうとしないルナビアに、ナターシャがどこからともなくタオルを取り出し握らせる。それからいってらっしゃいませとばかりに優しくルナビアの肩を押した。
ルナビアがおずおずとウイリアムに近づき、遠慮がちにウイリアムに差し出した。
「ど、どうぞ」
やっとの思いでそういうと、ウイリアムはまたぎょっとした顔をした後、なぜか戸惑ったように視線をウロウロと逸らして、それからようやく口を開こうとする。
(き、聞きたくない……)
本当は自分に会いたくなかったのではないか。
やっぱり自分はソルジールの、親友の妹なだけで、ソルジールが帰ってきたら優先順位が下がったり、なんなら飽きられてしまったりするのではなかろうか。
そもそも自分の顔を見て、こう何度も戸惑われたら傷つくじゃないか。でもウイリアムにとっては、そんなことはどうでもいい……?
「もういいわ! さようなら!」
口を開こうとする前に、ルナビアはタオルを投げつけると、たまらなくなって沈黙から逃げ出した。
足早に屋敷に戻りながら、ルナビアは嗚咽を漏らした。
恥ずかしいのを押し殺して会いに行ったのに、喜ぶどころか気まずい空気になってしまった。
頑張ってタオルを渡そうとしたのに、受け取りもしないし。
「もういや……」
我慢しようとしても、みるみるうちに涙が溢れてくる。
ずっと何かを秘密にされていて悲しいし、ほったらかしにされているのは腹立たしいし、理由を聞こうにも避けられてしまうし。
「愛してるって言ったのに……」
……もうそうじゃないのかもしれない。
「そんなはず……」
ぶるぶると頭を振る。そんなわけない。ウイリアムに限ってそんなわけはない。ウイリアムのことを信じている。
でも――信じていても――悲しいし腹が立つ。
自分はこんなにウイリアムを信頼しているのに、ウイリアムは信頼してくれない。
屋敷の中に戻ると、もう立っていられなくなって、ふらりとその場にしゃがみ込む。もう一粒、ぽろりと涙をこぼす。
ふと顔を上げると、目の前に立派な白い花瓶があって、その中にはウイリアムが贈ってくれたピンクのバラがこぼれんばかりに活けられている。
「信じて待つって何よ……」
もううんざりなのよ。
前世の記憶を取り戻してからも、クリストヴァルドのことだって一瞬は信じてみた。でも、案の定冷遇されてしまった。
その後だって、全くやましいことをしていなければ、人前で断罪されることはないかもしれないという淡い期待はあった。でも、ダメだった。
信じたいけれど、もう何度も裏切られてきた。
今回は、いや今回も。そんな暗い想いがルナビアを覆いつくしていく。
「ルナッ! ルナッ!」
背後から必死でルナビアの名を呼びながら、大慌てで走り寄ってくる音がした。
びくりと肩を震わせて、恐る恐る振り向いてみると、ぜえぜえと息を吐きながら、血相を変えてやってきたのはウイリアムだった。
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