24.救国の転生者
「まあ、ここまで避け続けてきたけど観念するしかないでしょうね」
本当は今すぐ帰りたいのだけれど、とルナビアは眉をひそめる。
ルクレシア兄妹とウイリアムは、近衛騎士に護衛されながら控えの間に通された。豪華絢爛なソファーにゆったりと腰かけると、張りつめていた空気が緩み、一斉に溜息をついた。
「「「「ほぅ……」」」」」
「で、お前はいつ帰国したんだ?」
全員相当疲れている。ソルジールは長旅の直後に大魔法を放ったし、ウイリアムは死にかけたばかりだ。ちなみにルナビアは、先ほどまで散々ウイリアムとの仲をソルジールに揶揄われて心底疲弊していた。
「たまに帰っておいでって手紙を断るの、さすがにもう無理かな~って。ていうかあの女の子なに? めちゃくちゃ怖いんだけど? やっぱり取り逃した魔獣のせいにして殺しちゃう?」
ソルジールがへらへらと笑う。平気で怖いことを言うし、その割にはいつも笑顔だし、護衛の騎士たちがこれから起こるかもしれない大惨事を想像して、戦々恐々としているからやめてほしい。
「僕はこれでも怒り心頭なんだ。可愛いルナがよくわからない汚名を着せられたそうじゃないか。ウィルにしっかり頼んだはずなのにな」
「それは本当に申し訳なく思っている。だが、だからといって俺の紅茶だけこっそり沸騰させるのはやめろ」
「あ、ソルお兄様、私の紅茶をついでに少し温めてほしいですわ」
「お前も随分と細やかな魔力の調整ができるようになったなあ。昔は馬鹿みたいな魔法量でゴリ押ししていただけだったが」
「古代帝国の書物に参考になる記述が見つかってね。今それで論文を準備しているところなんだ。ウィルはトマイスタクライデスの魔法粒子論を知っている? いくつかこれまでの解釈が覆るかもしれないよ」
「あ、お兄様。ちょうどいい温度ですわ。ありがとう」
「ソル、お前。今この部屋に何かしただろ?」
「ちょっと土台をいじったから、言ってくれればいつでも建物を倒壊させられるよ。ウィルはさすがだね、すぐにばれちゃった」
「ソルお兄様、面倒臭いので私たちが帰った後にしてちょうだい」
賑やかに騒いでいると――その場の騎士たちは何故だか相当具合が悪そうにしていたが――、顔を真っ青にした国王と王妃、クリストヴァルド殿下にステファニウス殿下、それから宰相と数名の大臣がやってきた。もちろん大臣には父エドモンド・ルクレシア公爵も含まれている。
が、この豪華なメンバーをルクレシア兄妹は完全に無視している。ウイリアムだけが根負けし、立ち上がって一礼した。
「そのままで……」
国王陛下か細い声で声を掛けると、ウイリアムは席に着きなおした。
もちろんルクレシア兄妹はガン無視している。王宮の土台がちょっとだけずれたかのように、建物がそわりと揺らいだ。
「…………」
バタン。
王妃が緊張感に耐えられず卒倒し、どやどやと近衛騎士たちに運び出されていった。
「この通りだ」
口火を切ったのはクリストヴァルドだった。彼は深々と頭を下げると、何度も何度も謝罪の言葉を口にした。
己が愚かだったということ、よりにもよって禁忌の魔道具の所在を一男爵令嬢に漏らしてしまったこと、それは許されるはずがないこと。
ルナビアを勝手に疎ましく思い、虐げたこと、婚約破棄をしたこと。それでもなお手を差し伸べてくれたルナビアに心から感謝していること。
「すべて、すべて私が愚かであったから。私は王太子どころか王家にさえ相応しくない。そんなことに今更気づいた。許されるならば一生を掛けて、この国に尽くしたい」
そうして、消えない罪に向き合いと。そう請うた。
途中からはぼろぼろと涙を流し、嗚咽を堪えながら。
己がいずれ民を統るのだという自負が、王になるのだという確信が、我こそが相応しいという自惚れが、自分を支えてきたのに。
「結局、自国の民に災悪をもたらしたのが、他でもない自分だった」
あの女と何が違う、狂った叫びが蘇る。違う、違わない、違う、ちがわ
「兄上は僕が支えます」
ステファニウスがぎゅっとクリストヴァルドの腕を掴んだ。驚いて後ずさろうとすると、怒ったようにぐいっと引き寄せられる。
「兄上は僕の兄上ですから、僕が付き合って差し上げなければ仕方ありませんもの。ルナ姉様、どうか、どうかお認めいただけませんか」
忙しくなっても、ちゃんとお世話をしますと、一生懸命言い募る。
「息子たちばかりに謝罪をさせてしまったが、もちろん私の責任でもある。ここまでの失態を犯してしまえば、言い訳はできぬ」
「譲位も厭わないと?」
エドモンドが問う。ここまで完全に無視を決め込んだルクレシア公爵家が初めて口を開いたことで、周囲に謎の緊張が走る。
(もはや化け物扱いね……)
この中で化け物はソルジールだけのはずだ。いや、ここまで王家からの面会を全て追い払い続けた「救国の転生者」もいるのか。それは怖いな。うんうん。
「わしが譲位し、後継者は救国の転生者たるルナビア嬢に指名させても構わんと考えている」
「「「「……!」」」」
なんでそうなるんだ? チームルクレシアが驚愕する。すると今にも吐きそうな面持ちの宰相が前に進み出る。
「この度の一件で、ルナビア・ルクレシア公爵令嬢が間違いなく救国の転生者であると、この国の全ての貴族が認めました。既にルクレシア公爵家へローズの家名を贈ることが決定しております。もともとルクレシア公爵家が王族の流れを継ぐことを鑑みて、聖女が望むのであれば、後継者の決定権を認めるのもやむなしと言われております」
「……は!?待ってちょうだい!?」
なぜ、完全に認定されているのか。この前まで聖女っぽいね? くらいだった気がするが。ルナビアは完全に混乱する。
「間違いなしと認定した理由は?」
ああ、こんなとき頼りになるわねお兄様。ありがとう、それが聞きたかった。
「市街地で戦闘に当たった衛兵たちの報告を取りまとめたところ、庶民はほとんど城壁の外に逃げ出して市街地はもぬけの殻、ゆえに怪我人がほとんど出ていないとの情報が出てまいりました。理由を調べさせますと、かなり早い段階で皆『月の聖女から城壁外に逃げよと告げられた』と申しております。魔獣だらけの街から怪我無く逃げおおせられたのは、まさに聖女様のお導きのおかげだと」
宰相と大臣が口々に説明する。
「数か月前から市街地で自主的に建物の修繕が進められており、その過程で地区の有力者が情報を交換する機会が出来たそうです。今回もそのつながりを利用して、瞬時に避難指示を行き渡らせることができたと言います。そしてこの修繕が、聖女のご指示だったと聞いております」
「聖女の力で数多くの庶民が救われたのです」
「また、衛兵たちが即座に市街地に降り、逃げ遅れた庶民を守ることができたのも、聖女様の叱責があったからだと申しておりまして」
「今回、王都に残っていたものは、魔獣に対抗する手段のある貴族や役人ばかりでした。もし、庶民が逃げ遅れていたら、死者が何千と出たやもしれません」
「あと、魔獣の身を刺し貫く神聖な刃を天から降らせたとか」
「あ、それ僕だよ。間違えるなんてショックだなあ~」
ソルジールがナイフ投げのジェスチャーをする。
「え! すみません! ごめんなさい! 殺さないで!」
「ソル、あまり皆を脅してやるな」
「え~」
「ソルお兄様もウィルもうるさいわよ」
「……まさに救国の転生者に相応しい働きじゃ」
ルナビアたちを無視して国王が念押しする。
困る。正直言って困る。そんな面倒臭い役回りは絶対にごめんだ。のんびり暮らしたい。どうしたら……と反射的にウイリアムの方を見ると、ばっちり目が合った。
ウイリアムが安心させるようににこりと笑う。
「ルナはどうしたいかな?」
ああ、この人はいつもこうだ。困ったと目を向けると、それより前に見ていてくれる。手を差し伸べようと待っていてくれる。
手を取るだけでよかった。いつもそうだった。
国を救うだなんて言われても、その本人がこの人の支えなしでは歩けないというのに。
「私はのんびり暮らしたい。それだけですわ。国の統治にも、何なら王家の皆様にも関わりたくありません」
「と、言うわけです。国王陛下。我がローズ・アルバータイン家のシャルロッテも、偉業を成し遂げた後は何にも縛られず、自由に過ごせたと伝え聞いております。王家としてルナには干渉せず、今後は本人の意向に従うことに尽力する、と宣言なさっては?」
「ウィルの案に一票。まあ、ルナに干渉しようと言うなら僕が消すけどね」
「公爵家にも干渉しないでいただけるとなおよいでしょうな」
まあ、ローズの家名はもらってもよいですがとエドモンドが援護射撃をする。
「約束しよう。この通りだ」
国王陛下が深々と頭を下げる。それに合わせてクリストヴァルドやステファニウス、周囲の大臣たちも一斉に頭を下げた。
こうして「史上最悪の王都襲撃事件」は幕を閉じた。
その日、聖女と名高い令嬢がいち早く危機を察知して庶民に的確な避難命令を下し、衛兵を王都の弱点となる箇所に重点的に派遣したこと。それにより怪我人を少数に抑え、ひとりの死者も出さずに「国を救った」ということ。そして、その令嬢がかつて公衆の面前で婚約破棄をされた「転生者」であったということが、後世にまで語り継がれるのであった。
あとはエピローグを残すのみ!
この幼馴染チーム、ボケ担当はソル(いっぱいネタを放り込む)+ルナ(天然スルー)、ツッコミ担当はウィルのみ(孤高の戦い)です。
幼少期はボケにクリスも加わって……頑張れウイリアム!
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