23.それでも
「それは違います!」
幼い声がした方向を見ると、涙をためた目で兄を見つめる弟王子のステファニウスが立っていた。
「ステフ! お前! なぜここにいる。危ないから下がりなさい。」
「兄上が心配で!」
それからキッとサマンサを睨みつけて、ゆっくり言い聞かせるように声をかけた。
「兄上もあなたと同じ過ちを犯しました。周囲を顧みず、自分のことばかりで。兄上は馬鹿です。酷いです。王太子に相応しくないと言われて当然です……でも、僕は嫌いじゃないです。兄上は最低な人だと思いますが、それでも好きです」
クリストヴァルドが愕然とした表情でステファニウスの方を向く。
「だから、兄上がやり直したいなら力になろうと思います。兄上がもしやり直せなくても、僕は兄上のこと、どうしようもないなって思ったとしても、嫌いになりません。あなたにもいるんじゃないんですか。絶対嫌いになれない人が。同じように、あなたのことを見捨てない人もいるんじゃないですか」
「……父と弟妹は、優しいわ。でもね、私がこんなことになったから……」
サマンサが遠くの方を見つめながら、ふふっと微笑み、息を吸い込んだ。
「アアアアアアアッ! こんなことになってえええ! ハハハハハッ! みんな地獄行きなんだよアハハハハハハハッ! 殺す殺す殺す殺す殺す! 全員全部ぶち壊してやるみんな地獄に落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ」
再び狂った叫びをあげると、ずいっとルナビアを指さした。するとボトリとルナビアの目の前に塊が落ち、先ほどから出現している魔獣の倍ほどの大きさの魔獣がゆらりと現れた。魔獣は大きく牙を剥き、ルナビアに鋭い爪を振りかざす。
もう、避けられない。
どこか冷静に考えながら、これからくる痛みに身構えぎゅっと目をつぶる。するとドンっと思ったよりも軽い衝撃を受けた。
突き飛ばされて地面に打ち付けられたルナビアは、ごろりと転がりながら、自分がいたはずの場所を見た。そこにはウイリアムが立っていて、水の防御壁を繰り出している。
全てがスローモーションで見えた。
防御壁に魔獣の鋭い爪が襲い掛かり、力同士の押し合いになる。ウイリアムがうっと顔を顰めたのと同時に、魔獣の爪が防御壁を切り裂き、破壊する。
嫌、嫌よ。ルナビアの頬に涙が一筋流れる。
グシャリと肉が割かれる音がした。
……魔獣の。
「誰だい? 僕の天使を泣かせたのは」
目の前にはさらりと美しい銀髪の青年がにっこりと微笑みを湛えて立っていた。右手は攻撃魔法を繰り出したためかひらひらと雑に振っており、もう片方の手ではウイリアムをむんずと掴んでいる。
「「「…………?」」」
その場にいた全員の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。今、魔獣ではなくウイリアムの方がグシャリとやられるところだったのに。あの一瞬でウイリアムから攻撃を逸らし、さらには魔獣を切り裂さいただと?
「邪魔をするな邪魔邪魔邪魔ッ! 全員殺すころ」
「あれ、ルナのお友達かなあ?」
銀髪の青年は、きらきらと髪と目を輝かせながら、優しくルナビアに尋ねる。ついでに「自分で立ちなよ」とウイリアムを雑に放り投げたので、どす、うぐっ、と痛そうな音もした。
「……魔道具を……止めたいの」
ルナビアは何とか起き上がりながら、震える声でそう答える。
「魔道具かあ。あの子の方をぶち壊した方が早いけど、それはやめとく?」
ルナビアがふるふると首を横に振ると、やっぱり僕のルナは優しいなあ、天使だよなあと青年が嬉しそうに呟く。そうして拳を握りしめると、空気がざわりと動き、青年の周りにはピリピリと小さな光がはじけ始める。
全く状況が呑み込めない周囲の人間が固唾を飲んで見守る中、青年がその拳をドンと前に突き出すと、
ドゴォォォォォォンッッ!
雷が爆音を上げながら飛び出した。
雷は電光石火で黄金の球体を打ち砕くと、サマンサが持つ指輪だけを見事に貫いて木っ端微塵にした。球体を貫通した雷はそのままサマンサの後ろにある見張り塔にぶち当たり、その塔を跡形もなく吹き飛ばした。
「ていうか、お父様の部下、弱くない? 皆で攻撃しても傷さえついてないじゃない。引くわ~~」
そういうと青年はルナビアを引っ張り上げ、ぽんぽんとドレスの埃を払ってやる。
サマンサは黄金の球体の守りを失い、どさりと地面に落ちる。辛うじて息はあるようだが、相当な高さから落ちたから、肢体があらぬ方向にねじ曲がり、ぐったりと動かない。黄金の柱は消え、空には光が差し、王都を取り囲む黒い靄も無くなっていく。
「いやお前……」
エドモンドが今にも吐きそうな、ふらふらとした足取りで青年に近づいていく。周りの衛兵が、明らかに罪を犯したサマンサを拘束するか、目の前で塔を吹き飛ばした驚異の破壊神を取り押さえるか、謎の二択で迷っている。
「ソルお兄様……」
破壊神は嫌だしサマンサにしとこうかな? と衛兵たちが動き出した。
「「……いつから雷も属性魔法になったの????」」
「あれ? ちょっと前から全種類、属性魔法並みに使えるよ?」
2年ぶりに帰国したソルジール・ルクレシアが、あー手紙に書かなかったっけ? と困ったようにへにょりと笑いながらぱちんと指を鳴らす。すると空から王都中に氷のナイフが降り注いだ。
市街地で戦闘に当たった衛兵の報告によれば、無数に降り注いだそのナイフは、王都中の「魔獣のみ」を「一匹残らず」刺し貫き、一瞬のうちに戦いを終わらせたという。
***
ウイリアムがむくりと起き上がり、人を乱暴に投げるなと文句を言っている。
「え~?? 死にそうだったから助けてあげたのに。ウィルくん態度が悪いなあ?」
感謝して、ねえねえ感謝してと、ソルジールがウイリアムの周りをぐるぐる回って煽り倒している。
そう、死にそうだったのだ。ソルジールが助けに入らなければ、魔獣から自分をかばったせいでウイリアムが八つ裂きにされていたかもしれない。
自分のせいで。
ウイリアムと笑って過ごすことが出来なくなっていたかもしれない。
自分の前に
もうウイリアムが現れない、そんな未来……
考えられない。考えたくもない。
どんどん涙が溢れてくる。
怖い、怖い、そんな未来は怖い。嫌だ、絶対に嫌だ。
「うう……ひっ……んぅ……うわああああ……」
「……え!!ルナ!?どうした!?」
この泣き声がルナビアのものだと気づき、ウイリアムとソルジールが血相を変えて駆け寄ってくる。
いつも冷静で大人びたルナビアが、感情のままに大泣きしている。もう何年も見たことがない姿に、どうしたらいいのか皆目見当がつかない。
ふたりともひどく混乱した顔つきで、ルナビアの前で落ち着きなくおろおろする。
「どうした? さっきので怪我をしたか? ルナ?」
「泣かないでかわいい天使。どうしたの? ソルお兄様に言ってごらん? やっぱりあの女子を始末したい?」
ふたりが声を掛ければかけるほど、ルナビアは号泣する。
困り果てたウイリアムが、とにかく落ち着かせようとルナビアの肩に手をやると、今度は突然泣き止んで、真っ赤に泣きはらした目で睨みつけてくる。
「……かッ。うぅ……、ばかぁッ!!!」
ルナビアは絶叫すると、ウイリアムの胸にガツンと頭から飛び込んだ。
「がはッ!」
ウイリアムは胸部を強打されながら、何とかルナビアを受け止めた。
「…んで! なん‥‥でッ…‥かばうのよッ!!! ウィルが怪我したらッ! 死んじゃったらッ……! どうするのよッ!!!」
嫌、絶対に嫌。馬鹿、大馬鹿、いなくならないで。
ウイリアムが躊躇いがちにルナビアに触れ、ゆっくりと優しく抱き寄せる。ルナビアがもう一度うわああと泣きじゃくると、今度は遠慮なく力いっぱい抱きしめてきた。
「ずっと守ってくれるんじゃなかったのッ! 嘘つき…! 嫌いッ大嫌いッ!」
息も絶え絶えに言い終えると、ルナビアは許さないとばかりにウイリアムの腕の中でじたばたと暴れる。
「ごめん」
「…………うん」
「心配をかけてごめん」
「……うん」
「守るって言ったのに、全然ダメでごめん」
「……守っては……くれたわ」
「でも、無茶したからルナを泣かせてしまった。もう泣かせないから。怖い思いをさせないから」
「……うん」
「ずっと一緒にいよう。ルナ、愛してる。俺は、ずっと、ずっと」
この人はいつも、欲しい言葉を全部くれる。ウイリアムの腕の中で、ルナビアはそう思った。この人のことを、本当はずっと、ずっと。そして、これからもずっと。
「……私だって……愛してるわ」
聞こえるか聞こえないかの掠れた声でそう言うと、ルナビアは力いっぱいウイリアムに抱き着き、もう一度嗚咽した。
ウイリアムは一瞬驚いて、それからひどく嬉しそうな顔をして、そのあと、なぜだかちょっと泣きそうな顔をして、幸せそうに笑った。
ついに噂のソルジールが登場しましたね! 今まで思わせぶりにチラつかせてごめんなさい。
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