22.対峙
ルナビアの予感は的中した。学園から飛び出すと、そこかしこに魔獣が出現している。
「なんだこれは! これも魔道具のせいなのか?」
ウイリアムは数が多すぎると呻きながら、行く手を遮る魔獣をウォーターカッターでなぎ倒す。
「サマンサ様は王宮に向かうはず! 彼女が持っている魔道具は悪意を実体化させるものだったと思うの! 王族が禁忌の魔道具として厳重に管理していたはずなんだけど……」
クリストヴァルドが渡してしまったんだな。
ルナビアとウイリアムは静かに顔を見合わせた。それって相当まずいんじゃないか?
「ああ、魔獣が市場の方にも流れ出してる! みんなを逃がさなきゃ!」
「でも、住人に逃げろと言って回る暇はないぞ!」
何をしようにも時間が足りない。サマンサはもう随分遠くに見える。そのとき、いつもの噴水公園の方から市場の男たちが駆けつけてきた。パン屋のお父さんなんか息切れで今にも倒れそうな顔をしている。
「聖女様ッ! 大丈夫か! 魔獣が出たって騒いでる連中がいて……」
そういうとウイリアムが切り倒した魔獣を見て、みるみるうちに顔を青くした。
「魔獣がばら撒かれています。もうすぐ王都中に広まるでしょう。早く避難してちょうだい。皆に知らせたいのだけど、私たちは大元を叩きにいかなければならないの。あの子の狙いは王都を破壊すること。城壁の外に出たほうがいいわ」
「わ、わかった。俺らでみんなを外に出すよ」
パン屋のお父さんは覚悟を決めた顔をして、周囲に指示を出す。青年たちがほうぼうに駆け出して行った。
「貴族サマはわからねえが、庶民なんてもんは1時間もあれば逃げ出せる。逃げろって伝言も今のですぐに伝わるはずだ。俺らも聖女様と一緒に行こうか?」
気丈なふりをしているが、パン屋のお父さんも怖いはず。それでも一緒に行こうと申し出てくれる優しさにじんと心が温まる。
「この先はもっと魔獣が増えるだろう。戦闘魔法が使えないなら逃げたほうがいい。できるだけ多くの人を逃がしてくれ」
ウイリアムの声も心なしか優しい。その言葉を聞いて、残っていた人々もあちこちに駆け去っていく。みんな無事に逃げてほしいし、無事に戻ってこられるようにしてあげたい。そんな思いを胸に、もう一度2人は駆け出した。
王宮に近づけば近づくほど魔獣が増えていく。この状態だと馬車では通れなかっただろう。
(走ってきて正解だったわね)
ルナビアは風魔法で強力な追い風を起こし、自分とウイリアムの身体を半ば飛ばすようにして高速で市街地を走り抜けていた。治癒魔法で足と肺に疲労回復効果を付与し、ちょっとやそっとでは速度が落ちないようにする。
その横でウイリアムは手早く水属性の攻撃魔法を繰り出し、魔獣だらけの道をどんどんと切り開いていく。
王宮を取り囲むように立ち並ぶ役所街に差し掛かると、付近を担当する衛兵では間に合わないのか、建物から役所の職員が飛び出してきて、敷地に入れまいと魔獣に応戦している。あの人たちは自分の身を守ることはできるだろうから、大丈夫だろう。
「大丈夫ですかッ!」
どやどやと音がすると、王宮から応援の衛兵が駆けつけてきた。すると今まで必死に戦っていた人たちが「遅いよ」「頼んだよ」と言いながら、ほっとしたように引っ込んでいこうとする。
ルナビアはすうっ……と息を吸い込んで、大声で叫んだ。
「このままじゃ庶民は皆殺しよッ!!!衛兵は街に降りて戦うすべを持たぬ人々を王都から逃がしなさいッ!!あなたたちはッ!戦えるでしょッ!!!!」
その場にいた全員が呆気に取られてポカンとしていると、いち早く我に返ったウイリアムが叫んだ。
「ぼけっとするな! 動けッ!」
弾かれたように衛兵たちは街に向かって駆け出し、役人たちは必至の形相で再び戦い始めた。その様子を確認して2人は駆け出す。
「ふう、久しぶりに怒鳴ったわ」
「ルナに怒鳴られるのも悪くないな」
ウイリアムがにやりといたずらっぽく笑って見せるから、ルナビアは困ったように、でも嬉しそうに、へにょりと笑った。
そうこうしているうちに、王宮の中にたどり着いた。庭先ですぐにサマンサを見つけることができた。
「お前! なぜ魔獣を従えている!」
サマンサは数体の魔獣を従え威嚇しているものの、さすがに王宮の厳重な警備を突破できなかったようだ。ぐるりと四方を近衛兵に囲まれ、じわじわと距離を詰めて追い込まれている。
「近づくなあああッ! 全部!! ぶち壊してやるッ! アハッ」
血走った目で髪を振り乱して笑うサマンサには、もはや理性が残っているようには見えない。ぞっとするような光景にも怯みながらも、近衛兵がじわりと円を狭める。
するとその時、サマンサは懐から黒々とした指輪を取り出し、すっと頭上にかざした。黒い指輪は眩い黄金の閃光を放ち、その光は柱となって上空に突き抜ける。その柱の頂点から、ふつふつとどす黒い靄が流れ出し、やがて王都全体の上空を覆う。それと同時に城壁のあたりから同じようなどす黒い靄が空高く立ち上り、王都をぐるりと取り囲んだ。サマンサ自身は球体状になった黄金の光に包まれ、すうっと数メートル浮き上がって、狂ったように笑い出した。
「アハッ! アハハハッ! アハハハハハハハハハッ!」
「なんだこれは!」
「王都が囲われた!?」
「もっとッ! もっとよぉッ!」
サマンサがそう叫ぶと、上空に広がる黒い靄から、ボトリ、ボトリとどろりとした黒い塊が落ちてくる。塊は地面に着地すると、ゆらりと立ち上がり、魔獣の形をとった。王都に降り注ぐ邪悪な塊。王宮内にもボトリと1体の魔獣が生み出される。
「ルナビア! ウイリアムくん! これはいったいなんなんだ!?」
父エドモンドが魔法省の魔導士たちを引き連れて現れた。他の方向からも騎士や魔導士らしき人たちが駆けつけてくる。皆この異変に気付いて駆けつけたのだろう。
「これも王家の禁忌の魔道具です。王家が使う最後の魔道具」
ルナビアが静かに告げる。
そう、これは「最後」の魔道具。それも古代から伝わる最も凄惨な軍事戦略を実現するものだ。その戦略通りに動いたとき、この国は王都にまで敵の侵入を許すだろう。全軍を引き入れたのち、あの黒い靄で王都全体に蓋をし魔獣を放つ。そうして敵も味方も関係なく殺戮する。王族は全てが死に絶えるまで、あの黄金に輝く球体の中で見物していればいい。あの魔道具はそういった代物だ。
「国は民でできている。民をも殺しつくすなど言語道断。ゆえに最終手段として、いえ、最終手段としても使ってはならぬと秘匿されてきたはずですが」
なぜかあの女が持っている。
その場にいた全員が同じことを考えていたと思う。
ああ、あの王太子、どこまで馬鹿なのか。
「あの魔道具を止めよ! あれを破壊せよ!」
エドモンドが命を下すと、周囲の魔導士が一斉にサマンサに向かって魔法を放った。
「これは王家の魔道具よ! 無理無理無理ムリムリムリアハハハハッ!」
その言葉の通り、魔道具どころかサマンサを覆う黄金の球体ですらびくともしていない。
「全員で行く。王都を守りたいものは皆構えよ」
エドモンドがもう一度命を下すと、今度は騎士と近衛兵も含めたその場にいる全員が、それぞれ魔法と弓矢や槍で一斉にサマンサを攻撃した。
が。
「きっと、びくともしないわよね」
そう、この魔道具はびくともしない。この国中の魔導士を集めても無理だろう。HPがカンストしている。ゲームでもこの魔道具が発動する前に悪役令嬢を止められなければ、もれなくゲームオーバーなのだ。それに気づかないプレーヤーは、なんとかこの魔道具を撃破しようと周回を繰り返すことになる。
ルナビアはどうしようもなく苛立った。こうしている間にも、市街地にあの気味の悪い塊が落ち続けている。魔法が使える貴族連中はいいとして、市場やほかのみんなはどうだろうか。少しでも王都から逃げ出せていればいいが。市街地に向かった衛兵たちは、貴族だけではなくちゃんと庶民も守っているだろうか。
「どうにかしてサマンサと魔道具を球体から引きずり出さないと」
ウイリアムもこれまでになく焦った様子でこぶしを握りしめている。
「……か! ……ルト殿下!」
「お下がり……さい! クリ…‥か!」
遠くから必死に誰かを呼び止める声がする。すると多くの近衛兵や魔導士を押しのけて、ルナビアたちがいる最前線まで誰かが駆けつけてきた。
「サマンサッ! もうやめろッ!」
「クリスさまぁ?」
クリストヴァルドの登場に、サマンサが目を丸くして驚いたかと思うと、にっこりと微笑んで小首をかしげた。
「どうしたの? なんでそんなに慌てているの?」
「お下がりくださいクリストヴァルド殿下。この女は狂っています」
「あれの場所を教えたのは、私だ。これは私の愚かさが招いたことだ」
クリストヴァルド付きの護衛が押しとどめようとするのも構わず、どんどん球体に近づいていく。
「クリス様は……味方?」
「そうだ、そうだサマンサ。どれもこれも私のせいだ。おいで、話そう。こんなことはやめよう。出ておいで」
「でも……みんな、もう私のことなんか嫌いなのよ。今更やめられない」
「私もみんなに嫌われている。無能だと思われている。それでも今はやり直したいと思って、歩みなおしている。一緒にやり直そう」
「みんな敵なのよ……?」
サマンサはふるふると可愛らしくかぶりを振った。
「それは違います!」
幼い声がした方向を見ると、涙をためた目で兄を見つめる弟王子のステファニウスが立っていた。
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