21.襲来
「ルナ、帰るか?」
教室の扉からウイリアムが呼びかけてくる。
クラスメイトたちはウイリアムに気づくと、途端に騒がしくなった。
「きゃああ! 今日も仲睦まじくていらっしゃるわ」
「ルナビア様、ウイリアム様がお迎えにいらっしゃいましたよ!」
「本当に素敵よねえ……」
最近ずっとこの調子だ。ウイリアムと一緒にいると特に女子生徒がきゃあきゃあと騒がしくなる。
パドメが言うには、ルナビアとウイリアムのふたりが並ぶと絵画のようだと評判で、前世でいう俳優か何かのように騒がれているらしい。
クリストヴァルドと婚約していた時に、ルナビアとウイリアムを結び付けるなんて大っぴらにはできない趣味だったが、今となれば何の障害もなく全開にしているらしい。
(推しカップリングみたいなものかしら……?)
ルナビアは全く意識していなかったが、ハーベルス家の夜会で火に油を注いでしまっていた。常に淑女の笑みを崩さないルナビアと冷静沈着なウイリアムが相好を崩して踊り続けたことに社交界は衝撃を受けた。
しかも2曲続けて――この世界で2曲連続ダンスをするのは、婚約者かそれに近い状態の恋人と決まっている――踊ったことで、婚約間近だと囁かれ始めた。
また、一部の夢見がちな女性たちの間で、ウイリアムはずっと前からルナビアに想いを寄せていて、ようやくクリストヴァルドとの婚約から解放されたルナビアを前に、想いを隠すのをやめたとかなんとか、物凄い物語――しかもめちゃくちゃクリストヴァルドがぽんこつ扱いされている――が作り上げられているそうだ。
自分で言うのも恥ずかしいが、大体当たっている。
「すごくやりづらいのだけど?」
そうぼやきながらも行動は素直で、エスメグレーズとパドメに「また明日ね」と声を掛けると、さっさと荷物をまとめてウイリアムに駆け寄った。
「ウィルはよく恥ずかしくないわね?」
「俺がルナを慕っているのは本当のことだからな?」
「ぐ……」
あからさまに顔をしかめて見せたけれど、ウイリアムには照れ隠しだとばれていたようで、嬉しそうにルナビアの手を取ると「もうちょっと素直になれないかな?」と言ってきた。
そう言われると無性に腹が立って、ドンっとウイリアムに荷物を押し付けたのだが、それも「はいはい」と心底愛おしそうにに受け取られてしまい、すっかりお手上げ状態のルナビアだった。
***
長距離馬車から王都循環馬車に乗り換え、目的地にたどり着いた。
薔薇学園の堂々とした門は、薔薇模様が彫り込まれた白大理石の柱に支えられている。
ああ、アア……。コレヲ壊シテヤロウ。
フードの女の異様な様子に気づき、警備室から人が出てきた。
すると女は包みから小さな鍵を取り出し、それを捻って回すとガチャリと音がしてちょうど人ひとりが通れるくらいのドアが現れた。
女は一切躊躇わずにドアを開き、するりとその中に消えた。もう一度ガチャリと音がしてドアは煙のように掻き消えた。
***
「今日はパン屋に寄るんだろう?」
「もちろん! 今日は新しいパンの発売日なのよ!」
そう、ついに焼きそばパンが発売される。日本製のゲームだからか西洋風の世界観とは裏腹に日本の庶民的な味が楽しめるチャンスが稀にある。
焼きそば……、なんて懐かしいんだろう。パン屋が焼きそばパンを開発中と小耳に挟んでから、どれだけ待ち望んだことか。
るんるんと足取りも軽く玄関に向かっていると、ふっと目の前にドアが現れた。
えっと叫ぶと同時に、ウイリアムが庇うようにずいと前に出た。
ガチャリ
ドアからフードを目深に被った女が姿を現した。女はフードをはらりと地面に落とすと、血走った目でこちらを睨みつけた。
「……サマンサ様。どうしてこちらに?」
辺境の修道院で軟禁されているのではなかったのか。かつての愛くるしい容姿が今は見る影もないようなやつれぶりで、しかも何かに激怒している様子に見える。
「壊しにきたの」
困惑して押し黙っていると、ウイリアムが代わりに口を開いた。
「ルナとの接触と学園への立ち入りは禁じられているはずだろう。咎めないから今のうちに立ち去った方がいい」
するとサマンサはケタケタと乾いた笑いを漏らし、それからルナビアを指さして叫んだ。
「こいつが全部滅茶苦茶にした! だから今度は私が全部滅茶苦茶にしてやるの! たまたまいい家に生まれただけで、金も名誉も欲しいままにするがめつい女め! 許すわけないでしょう!」
ねえ、そうでしょうとサマンサは周囲に問いかけた。偶然居合わせた生徒たちが恐れをなして口をつぐむ。
まただ。また断罪されている。
ふっと婚約破棄の夜会を思い出した。
(説明したとして、サマンサ様に冷静に聞いていただけるかどうか……)
だまれとウイリアムが喉の奥で唸るような声を出し、さらに言い返そうとした瞬間、ある生徒が口を開いた。
「それはサマンサ様がおかしいのでは?」
その声に続くように、生徒たちが口々に反論する。
「ルナビア様は身分に相応しい行いを心がけていらっしゃいますわ」
「がめついなんてどこを見ているのか。聖女のように清らかではないか」
「サマンサ様こそ高位の貴族にだけ媚を売って、それ以外は虫けら扱いだったじゃないか」
やいのやいのと非難の声が浴びせられる。
ウイリアムはルナビアにぴたりと寄り添い、励ますように肩を抱いた。
そのぬくもりが嬉しくて、さらに距離を縮めようともたれかかると、頭の上から「大丈夫だ。守る」と世界で一番頼もしい声が降ってきた。
(あの夜味方はウィルだけだったけれど、今回は皆が庇ってくれる)
「ひとりじゃないのね」
「その通りだ」
前世の記憶を得てからずっと、ゲームの世界にひとりで迷い込んだ気がして心細かったのだ。ルナビア・ルクレシアとして振る舞うことに必死だった。
それが今は友人や同級生に囲まれ、日々をルナビアの心に従って生きている。ここにいても良いのだという実感がルナビアの胸を満たした。
「うるさいうるさいウルサイウルサイウルサイ」
サマンサは狂ったようにそう叫ぶと、手に持っていた鍵を地面に叩きつけた。すると台地がぐわりと揺れて、ルナビアや居合わせた生徒たちはその場にしゃがみ込んだ。
「壊してやる!! あいつも、あの裏切り者も皆道連れだ!」
悲痛な叫びを残して、サマンサはどこかに向かって駆け出していく。ルナビアはその場にへたり込んだまま、恐ろしい可能性に気づいて戦慄する。
「こ、これ! クリスルートでバッドエンドのときのルナビアの行動よ!!」
そう、ヒロインがクリストヴァルド攻略を選んでも、十分に好感度が溜まらないと、いやそれどころか、選択肢を間違えまくって好感度ゲージが空っぽ状態だと、見事バッドエンドを迎える。その場合は辺境の修道院に追いやったはずのルナビアが邪悪な魔道具を持って学園に現れ、王都で魔獣を放ち破壊の限りを尽くす。
プレイヤーは攻略対象のキャラクターたちと力を合わせてルナビアを止めようとするが、ヒロインを庇ったクリストヴァルドが犠牲になってしまう。
(死ぬ間際にクリストヴァルドがヒロインへの恋心を自覚して告白してくれて、なかなか綺麗なスチルがもらえるんだけど、楽しむ暇もなくエンディングなのよね)
何故ヒロインポジションのサマンサが暴れているのかは分からないが、このままだと王都が破壊されるし、最悪クリストヴァルドが死んでしまう。止めなくては。
「ウィル、サマンサ様が持っている魔道具のせいで、王都が滅茶苦茶になるわ! サマンサ様を止めましょう」
それだけ言って駆け出したのに、ウイリアムは何も言わずに一緒に走ってくれる。その信頼がどれほど力になることか。ルナビアはバッドエンドを絶対止めると意気込んだ。
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