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2.国を救えと言われても

 なぜこんなに面倒臭いことになったんだろう。ルナビアは茫然と馬車の外を眺めていた。


 ルナビアにだって、「転生者」という言葉に心当たりがないわけではない。


 ルナビアが2歳になった夏のこと。

 あの日は何故だか無性に駆け出したくなって、侍女の制止を振り払って走って。当然のごとく盛大に転んでしこたま頭をぶつけたとき、ふと前世の記憶を思い出した。


 前世のルナビアは、ごく普通のOLだった。いや、普通よりは少し付き合いが悪かったかもしれない。仕事は与えられたものを効率的に処理し、定時でさっさと切り上げ、家に帰ってゲームをする。仕事はゲームをするためにやっているだけなのだから、残業なんて言語道断だった。


 前世最後の日も定時に帰宅して……よく覚えていないが、転んでしこたま頭をぶつけた気がする。で、気が付いたら2歳児だ。


 転んで突っ伏していたルナビアは、ごろんとあお向けに寝転がり、前世の記憶をたどりながらぼんやりと空を見上げていた。


「ルナビア様……? 誰か……!!! 医者を!!!!」

「そんな!ルナビア様に何かあれば……! ソルジール様に殺される!!」

「ルナビア様? 聞こえていらっしゃいますか??」


 侍女や使用人がわらわらと屋敷から出てくる。蝶よ花よと育てられたルクレシア公爵令嬢ルナビアがすっ転んでそのまま起き上がらないとなれば、そりゃあ大騒ぎだろうと思う。


(……待って、ルクレシア公爵令嬢のルナビアって言った?)


 ルナビアはぎょっとして起き上がった。

 散々呼び掛けても反応がなかったルナビアが、突然ガバリと覚醒したため、周りの使用人たち飛び上がって驚いている。


 そんな周囲に目を向ける余裕もなく、ルナビアは近くの噴水に駆け寄り、水面を覗き込んだ。すると、前世でやりこんだ乙女ゲームで一番嫌いだった顔、まっすぐな銀髪にサファイアのような青い目、目鼻立ちはきりりと強気な美少女が、唖然とした表情で見つめ返してくる。


 これ、よりにもよって「イケメンたちと本気で恋するドキドキ★ローズ学園」の悪役令嬢に生まれ変わってるわ。


(……詰んだ)


 ルナビアは天を仰いだ。


 大慌ての侍女や使用人たちを何とかなだめて持ち場に返してから、自室に引きこもって覚えていることを紙にひたすら書き出した。


 この国の言語だと、幼いルナビアには書けない単語も多かったので、とりあえず日本語で書き殴る。


 乙女ゲーム「イケメンたちと本気で恋するドキドキ★ローズ学園」、通称薔薇学は、貧しいヒロインが楽しい学園生活の中で、高貴なイケメンたちとうふふあははな関係を築き、めちゃくちゃ玉の輿に乗る王道ストーリーだ。


 豪華声優のフルボイスと綺麗なスチルが人気を呼び、ヒロインを変えて3作も続編が出ている。

 そして私、ルナビア・ルクレシアは3作目に登場する。3作目はパッケージの色から「青薔薇」と呼ばれていた。


 ルナビア・ルクレシア公爵令嬢は、母親のお腹にいる頃から王太子の婚約者で……


 ここでルナビアはすでに婚約を結んでしまっている状況に気づき、ぐぬぬと呻いた。


 ……母親のお腹にいる頃から王太子の婚約者で、ヒロインがどのキャラクターとエンディングを迎えた場合でも、王太子の17歳の誕生パーティーでこれまでのヒロインへの嫌がらせや横暴の数々を断罪され、婚約破棄を突き付けられて辺境の修道院に追放される。


 ルナビアと王太子の婚約は到底覆せるものではないので、悪役令嬢のポジションを返還することは難しい。そうなれば、あとは追放された後で快適に暮らせるようにするしかない。


 前世の記憶を思い出したルナビアにとって、質素倹約や自炊、内職などに取り立てて抵抗はない。しっかり練習しておけば、修道院でもそれなりに暮らしていけるだろう。


 なんだ、辺境の地で魔獣の餌にされたり、生涯地下牢で幽閉されたりするわけじゃなかった。1作目と2作目の悪役令嬢はそんな感じだった気がする。


「せっかくなら環境のいい修道院に行きたい。ふかふかのベッドで寝たい。よし、今のうちにめちゃくちゃ課金して環境を整えておくか」


 自分の状況を整理してからのルナビアの行動は迅速だった。早速、身の回りの支度や料理、街での買い物などを一通り教えてくれるような侍女をつけてほしいと父親におねだりした。


 さらに、辺境の修道院のリストをもらってひとつひとつ訪ね、聖職者と話し合い、古い設備を改築してふかふかのベッドを導入させ、必要経費を寄付して回った。


 ルナビアのおねだりに、父親も最初は渋い顔をしていた。


 しかしルナビアが兄のソルジールを抱き込み、「お料理を習って、ソルお兄様に美味しいって言ってもらいたかったのに」「修道院のお勉強をして、ソルお兄様に褒めていただきたかっただけなの」と言うと、唐突に父親が折れて、ルナビアの願いを全て叶えてくれた。


 この頃使用人の間では、ルナビアの手料理を絶対に食べたいソルジールが、一日中父親に付きまとい説得していた。ソルジールが職場のトイレで背後に現れ恐れをなして――父親が恐怖の悲鳴を上げたという説もある――ついには了承したとの噂が駆け巡った。


 初めてクリストヴァルド王太子と対面したとき、スチルのままの光り輝くような美しさに感動したことを覚えている。もともと「薔薇学」の3作目青薔薇に登場するクリストヴァルド王太子が最推しで周回していたルナビアである。造作もなくクリストヴァルドが好みそうな受け答えや行動を取ることができた。


 どうせ婚約破棄をするのだからと適度な距離は保っていたが、お互いそこそこ親睦を深めることができていたはずだった。


 ところが、ひとつ年上のクリストヴァルドが学園に入学した頃から状況が一変する。クリストヴァルドから毎週のように届いていた手紙が月に1度になり、毎月のお茶会も2回に1回は急用でキャンセルされるようになった。


 ルナビアが1年後に学園に入学すると、案の定、クリストヴァルドの横にはストロベリーブロンドの愛くるしい少女がいた。クリストヴァルドと同学年の男爵令嬢で、入学当初から傍を離れないらしい。


 ふわふわゆるゆるの髪、ころころと変わる豊かな表情、誰にでも物怖じせずに距離を詰めていく積極性、それでいて危なっかしくて、実年齢のわりに幼く庇護欲をそそる外見。


 実年齢より年上に見える、冷たい美貌、隙のない完璧な淑女などと言われるルナビアにはどれも得難いものだった。


 特にどれだけパーマを掛けようとしても、絶対にするんとまっすぐに戻ってしまうこの薄い色の髪が恨めしい。

 前世で癖毛の愚痴を言っていたけれど、アレンジができないほどまっすぐになりたいとは言っていない。あんなふうにゆるふわパーマになりたかった。


 ルナビアが厳しい王妃教育に勤しんでいる間も、クリストヴァルドはゆるふわ男爵令嬢と取り巻きたちを連れて遊びまわっていたらしい。らしいというのも、学園でクリストヴァルドたちに会う機会もなかったし、わざわざ挨拶に行くこともしなかった。


 そもそも、ここまで王妃教育が厳しいものとなったのも、ひとえにクリストヴァルドのせいだ。彼が幼少期から面倒な学習や公務から逃げ回っていたせいで、クリストヴァルド派の求心力は年々落ちていった。

 ルナビアが厳しい王妃教育をこなしていずれ完璧な伴侶になって支えると示し、さらに公爵家の力で庇護することで繋ぎとめていたにすぎない。


 ルナビアはクリストヴァルドと取り巻きたちにはできる限り関わらないようにしていた。クリストヴァルドとゆるふわ男爵令嬢がこの調子なら、おそらくルナビアへの断罪と婚約破棄は免れないだろう。ここまでくれば、王太子を諫めて逆上されても迷惑だ。あんなに優しくて格好よかったキャラなのに、傍から見ると相当頭が悪そうに見える。


(あーあ、国王陛下の頼みだから、渋々婚約を承諾したお父様の面目丸潰れね)


 これまでのあれこれを思い出しながら、ぼんやり外を眺めていると、ウイリアムが遠慮がちに声をかけてきた。


「ルナ、あー…。大丈夫かな?」


「大丈夫に見えるときだけそう言って」


「すまない。先ほどのことなんだが」


「ああ、私に非がないことを説明してくれて感謝しているわ。でも、王太子殿下相手にあんまり無茶をしないでちょうだい」


 ウイリアムは恥ずかしそうにボリボリと頭を掻いた。


「あまりに一方的な言われようだったから、我慢ならなくて。あとからソルジールに知られたら、王太子と取り巻きたちを殺してまわりかねないし」


 ルナビアはぐぬぬと眉をひそめた。ソルジールは普段はとても優しい兄なのだが、妹への愛情がたまにおかしな方向に走ることがある。残念ながら否定できない。


「それより、問題はその後よ」


 ルナビアは目の前のウイリアムをまじまじと見つめた。するとウイリアムはとても極まりが悪そうにもごもご「救国の転生者」のことかと言った。


「それよ。なぜ私がそうなるのよ」


 ルナビアは心底不満そうな表情で、とっても面倒臭そうな言いがかりはよしてちょうだいとウイリアムを睨みつける。


「説明するよ。そもそも過去にこの国に現れた『救国の転生者』が、みな王族からの婚約破棄を受けて、そのあと類まれなる才能を発揮し、この国の発展に貢献したことは知っているだろう? 王家に誹りを受けてもなお、国に尽くした大恩人として崇められている。そして、転生者を輩出した家にはローズの家名が贈られる」


「ええ、たしか2世紀ほど前に、あなたの家から転生者のシャルロッテ・ローズ・アルバータイン様が出ているわね。今ある冷風機やら文字複写機やらは転生者シャルロッテが前世の記憶を元にこの世にもたらしたもので…」


「戦で荒廃したこの国に急激な成長をもたらし、今でも崇められている」


 そう、原動力が電力か魔法かの違いはあれど、冷風機はエアコン、文字複写機はコピー機そのものの見た目をしている。

 転生者が自分に近い存在なのは薄々気づいていた。たしか転生者シャルロッテは、一度何かの罪で投獄されたあと、その類まれな才能に免じて恩赦が下ったのだっけ。


「その前の転生者は確か4世紀前に現れて、婚約破棄後に追放された国境で魔獣を倒しまくって平和をもたらしたのだったわよね。でも、それと私にどんな関係があるというの?」


 絶対に関係ない。あってはいけない気がする。


「この国にとって転生者は繁栄をもたらす貴重な存在だ。だから王家はできるだけ早く転生者を見つけ出すために、転生者たる条件を内々に調査した。その調査には、過去に救国の転生者を輩出したローズを賜る家も関わっていて、他に知らせていない情報を知っている」


「で?」


 過去に偉大な業績を残したご令嬢方と並べられるなんて、期待値が高すぎて困る。今のところ共通点は婚約破棄だけだ。そんな令嬢は山ほどいるに違いない。そうだそうだ。


 ルナビアはウイリアムに「絶対に当てはまらないぞ」という圧をかける。


「過去の転生者はいずれも公衆の面前で婚約破棄をされているんだ」


 ウイリアムは圧に気づいてすごく申し訳なさそうに呟いた。

続きが気になると思っていただけたら、下にある【☆☆☆☆☆】を多めにつけてくださると幸いです。


そうでもなかったな……と言う場合は少なめで。


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