15.閑話 君のためなら勇敢に(パドメサイド)
パドメとレオンのお話は本日でおしまいです!
頑張れレオン……!
「と言うわけで、夜会でエスコートしてくださる男性にあてなんてありませんッ」
パドメはそう言うと、ぱたりと机に顔を伏せた。
「パドメが最近よくレオン様と話している」とエスメグレーズが言うものだから、ルナビアまで食いついてきて、これまでのあれこれを全て白状させられることになってしまった。
(まあ、こんなお話をする相手ができるなんて思っていなかったから、とっても幸せなのだけれど……)
レオンのどっちつかずな態度に苛立ちながら、それでもちょっと冷たくしてしまったことに後悔しつつ、もやもやとした気持ちを抱えていると、ルナビアがぱちんと手を叩いた。
「エスメ様の出番ではなくて?」
ルナビアの顔が心なしかにやけているように感じる。
「……どういうことですの?」
エスメグレーズがこてりと首を傾げている。
「エスメ様がレオン様のことをはっきり問い詰めて差し上げたらどうかしら? パドメが夜会に誘ってほしそうにしているのに、どういうおつもりかしらと」
先ほどからルナビアが怖いほど完璧に整った美貌――月の妖精だとか聖女だとか呼ばれているが、本当にその通りの美しさだと思う――の陰からちらちらといたずらっぽい笑みをのぞかせている気がしてならない。
するとエスメグレーズまで、なるほど納得といった表情で手を叩いた。
「なるほど? ではレオン様が逃げられないように、きちんと人数を集めて追い込んで差し上げますわ?」
パドメがちょっと待ってと言う隙も与えず、エスメグレーズがいつもの友人の元にすっ飛んでいく。すると教室の向こうからエスメグレーズとその友人たちがこちらに向かって「任せて!」とばかりにひらりと手を振り――あろうことかルナビアが余裕の微笑みで振り返した――、そのまま猛烈な勢いで去っていった。
(おおお、面白がられている!?!?)
レオンとエスメグレーズ軍団を引き合わせたらレオンが死んでしまう気がする。そんな最悪の事態を防ぐため、パドメも慌てて後を追うのだった。
パドメがレオンの元に駆けつけると、すでにエスメグレーズたちに取り囲まれ詰問されており、レオンはげっそりとした表情で突っ立っていた。
「ほら! パドメが来たわよッ」
「パドメが誘ってほしいとわかっていて誘えないなら、男性として情けないですわよ」
「パドメに惨めな思いをさせる気!?」
そんなにめちゃくちゃに言わないでほしい。恥ずかしすぎる。
(消えたい…………)
自分の頬が真っ赤に染まっていくのがわかり、いつかそう言った日とは全く違った意味で、パドメは消えてしまいたくなる。
するとレオンがおずおずとパドメに近づき、今にも吐きそうな表情で言ってきた。
「ぱ、パドメ。嫌じゃなければ……、嫌なら断ってもいいんだけど。その、この前迷っていた夜会の話をしていて……、えっと。それで……」
「さっさとなさいッ!」
エスメグレーズが喝を入れると、レオンは思わず飛び上がって、それから待ち望んだ言葉をやっと口にしてくれた。
「夜会に……今度の夜会に一緒に行かないか?」
「………‥!! 行くッ!!」
わあと喜びの声を上げてから、はっとエスメグレーズたちがいることを思い出して固まってしまう。すると目の前でレオンがみるみるうちに真っ赤になっていくではないか。目のやり場に困って、おろおろするパドメだった。
***
夜会当日、レオンが馬車で迎えに来てくれた。両親と兄がとても喜んでくれるものだから「ちょっと一緒に夜会に行くだけよ!」と半分怒鳴りながら屋敷を出ることになってしまった。
「あの、よければ記念に贈らせてほしい……」
そう言ってレオンが差し出したのは、パドメが今日着ている淡い黄色のドレスによく似合う、小さなエメラルドが入ったネックレスだった。
(レオンの髪みたいな……色……!)
その意味を察すると、恥ずかしくて嬉しくて、いつもみたいに話せなくなってしまう。それでも早速ネックレスを身に着けたから、パドメが喜んでいることは伝わったようで、レオンがほっとした表情を見せた。
会場につくと、どっと緊張感が押し寄せてくる。
「や、やっぱり来ない方がよかったかもしれない……」
「エスメグレーズ嬢にあんなにパドメのことを頼まれたんだぞ? これでパドメが帰ってしまったら、僕はエスメグレーズ嬢に殺されてしまうよ」
レオンがおよよと情けない泣き真似をして、パドメの緊張をほぐそうとしてくれる。
「……もっと早く誘って欲しかったわ。そうね、レオンがエスメ様に怒られるようにしてやろうかしら? 仕返しよ!」
冗談を言い合うことで緊張がほぐれていき、いつも通りふふふと笑っていると、玄関がざわりと大きく沸き立った。
少しずつ人だかりができ始めた方向を見やると、真っ直ぐで艶やかな銀髪の女性が薔薇の刺繍をふんだんに施した紺色のドレスに身を包み、優雅に歩を進めていた。月の女神にも見える女性をエスコートするのは、ドレスと全く同じ色の目をした茶髪の美青年。胸ポケットにはパートナーとお揃いになるように、薔薇の花を一輪挿している。
「素敵……」
(姿も中身も、まるで物語のお姫様と王子様みたい……。見ているだけで幸せになるほど素敵だわ……)
じっとふたりの方を見ていると、ルナビアと目が合った。
「あ! ルナビア様が見てくれた! わああ!」
大はしゃぎでこそこそと手を振るパドメの横で、心なしか機嫌が悪そうなレオンがぺこりと一礼する。ルナビアもこっそりと手を振り返してくれるものだから、パドメはそれこそ大興奮である。
その後なにやらイチャイチャとじゃれ合う様子のルナビアとウイリアムを見て、「なんて素敵なんでしょう」とパドメが溜息をつくと、レオンがむっとしたように言ってきた。
「でも、さすがにあのふたりは婚約するんじゃないかな?」
「そうなったらいいなと思ってる」
「え……? 婚約してもいいのか?」
レオンがきょとんとしている。
「あれ? もしかして、ウイリアム様に憧れていると思ってる?」
レオンはきょとんとしたままこくんと頷いた。
「違う違う、私はおふたりが仲睦まじくされている様子が好きなの。並ぶとあんまり素敵だから溜息がでるわ。まるでお姫様と王子様みたい」
そこまで言うと、レオンが突然息を吹き返した。あまりの挙動不審っぷりに、大丈夫かと心配になってしまうくらいだ。
何か言おうとしてはぱくぱくと口だけを動かして黙ってしまうへんてこなレオンを前に、どうしようか迷っていると、どこからともなく嫌味な声が聞こえてきた。
「……よくもまあ兄があんなことをしでかしておいて、夜会に出てこられるわよね」
「行儀を知らないのではなくて?」
(やっぱりか……)
ルナビアとエスメグレーズは大丈夫だと言ってくれたけれど、この令嬢たちのようにパドメのことを悪く言う者はまだいる。ぐっと唇をかんで、その場を立ち去るべくレオンの手を引こうとすると、レオンがぐっと手を握ってその場に留めてきた。
「それはパドメのお兄様の話であって、パドメ自身に非はないでしょう? それか、最近は公共の場でむやみに人を悪く言うのが流行っているのですか?」
「れ、レオン?」
「行儀知らずはそちらではありませんか? ねえ、パドメ」
レオンは言い返すのが苦手なはず。その証拠にパドメよりもきつく唇を結んでいる。ただ、その目ははっきりとそれ以上言うなら許さないと語っていた。
すると先ほどの令嬢たちは「これはあの……」と言い淀むと、ばつの悪そうな顔をして立ち去っていく。レオンはそれを見送ると、無言でさっさとダンスフロアに向かってしまう。
「レオン、ねえレオンってば!」
「……なに」
「さっきのあれ! ありがとう。嬉しかった」
パドメがそういうと、レオンは突然しょんぼりと肩を竦めた。
「この前エスメグレーズ嬢に連れていかれたとき、何もできなかったから。ずっと悔しくて。ルナビア嬢に負けちゃったし」
「……! いいのよ、おかげでルナビア様とエスメ様と親しくなることができたのだし。それより、私はレオンが無理して庇ってくれたのが本当に嬉しいわ」
まだ元気がない様子のレオンに焦って、パドメはさらに言い募る。
「そ、それに、初めて会った時も嬉しかったのよ。自分を責めすぎないでって言ってくれたでしょう? あれがなければここまで頑張れた気がしないもの。今日も本当に勇敢だったわ」
「いつも臆病だよ。勇敢になれたのだって今日と、パドメに初めて声を掛けた日の2回だけ。格好悪いだろう?」
そう言って自嘲気味にへらりと笑うレオンは、パドメがまともに顔を上げられなくなっていることに気づいているのだろうか。
(レオンが頑張ってくれるのは、私のためだけってこと……?)
どうにかこの気持ちを伝えたくて、伝えたら元気を出してくれるような気がして、パドメは真っ赤な顔でしかとレオンを見つめ、ぎゅっと手を握りしめる。
「勇敢な姿を見せるのは私にだけにしてちょうだい。他の子までレオンのことを好きになったら困るもの」
パドメの言葉を聞くと、レオンはあんぐりと口を開けてからみるみるうちに真っ赤になり、全身ゆでだこ状態になったと思えば、許容値を超えたのかさーっと熱が引いていき、突然ぱたりと無表情になった。口も閉じた。
その後パドメに引きずられて何とかダンスを踊りはしたものの、夜会の間じゅうずっとうわの空だったレオンは「本当にひどい有様だったわ」と、しばらくの間パドメにからかわれ続けることになった。
パドメのお話にお付き合いいただき、ありがとうございました! 私はエスメが好きです……。
明日からは本編に戻ります。
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