14.閑話 ……臆病王子(レオンサイド)
……気まずい。悔しい。腹立たしい。
「でね! 目が合ったんだけど、さすがに公爵令嬢のルナビア様が助けてくださるとは思わないじゃない?」
……パドメを助けるのは自分だったはずなのに、結局臆病さが勝ってしまった。
「『皆様ご機嫌よう』って! 本当に素敵な言い方でね。エスメ様たちがあんまりびっくりするから怖さが吹っ飛んだの」
木陰でふふふとほんわり愛くるしい笑みを浮かべるパドメに、レオン・ケインズナーは苛立っていた。
最初にパドメを見かけたのもこの木陰で、彼女は声を押し殺してひとりで涙をながしていた。1度目は迷った末に声を掛けられず、2度目に遭遇した時には声を掛けようと決めたものの言葉が見つからず、3度目に見つけた時にやっとの思いで話しかけることができた。
その3度目でさえ、彼女が「消えてしまいたい……」だなんて物騒なことを口走るものだから、慌てふためいて思わず止めに入ったにすぎない。
……そう、レオンはとんでもなく臆病だった。
思わず「消えるのは良くないんじゃないか?」と気が利かない言葉を返すと、パドメが弾かれたようにこちらを見た。
初めてまともに顔を合わせた彼女は、目元が赤く腫れ、涙でぐしゃぐしゃであっても、言葉に詰まるほど可憐だった。
ハンカチを差し出すとそのまま会話を続けることが出来て、この可憐な人とどうやって話そうかと迷ったものの、やはり先ほどの様子が気にかかって理由を問うてしまう。
すると彼女が矢継ぎ早に自分を責めるものだから、慌てて彼女を冷静な世界に引き戻そうとした。
「自分を責めすぎないで」
「で、でも私……」
あまり納得していない様子のパドメを説得したくて、柄にもなく「目の前で消えられるととても怖い」と必死におちゃらけて見せた。
さらに豪傑な妹の話を面白おかしく話してみせたり――妹にばれたら殺されるかもしれないが、ちょっとくらい大目に見てほしい――、自分が失敗した話を大袈裟に聞かせたりしているうちに、ついにパドメは笑い声を上げた。
「あははっ、全然だめじゃない!! あ、ごめんなさい」
可憐な、それでいて他の令嬢のように取り繕わない素直な笑顔を向けられて、レオンの心はざわりと揺れる。
動揺を誤魔化しながら何とか言葉を続けるレオンに対し、パドメがさらに追い打ちをかけてきた。
「……そ、そのキーリッシュ嬢というのも慣れなくて。できればパドメと呼び捨てていただけないかしら? お嫌なら無理強いはしませんわ」
(うっ…………!!)
パドメと呼び捨てていいのか? 是非ともそうしたい。パドメとは親しくなったと思っていいのか? そうだよな? もっと親しくなるにはどうしたらいいだろうか。
ぐるぐるとそんなことを考えながら次の一手として捻りだすことが出来たのは、ただレオンと呼んでくれという願望だけだった。
それからレオンとパドメはよくこの木陰で落ち合って、互いに勉強を教え合ったり愚痴を言い合ったりするようになった。
あの可憐な優しい笑顔に触れる時間が長くなるほど、レオンの胸にある感情がいつか漏れ出してしまうのではないかと怖くなる。
(この関係を壊したくない……)
パドメは兄ルーカスの失態を未だに気にしていて、レオンの立場を慮ってなかなか堂々とは会おうとしてくれない。それをとやかく言うこともできず、むず痒く感じていると、パドメが無邪気に言った。
「私、たぶんレオンしか友達がいないわ! なんて社交性がないのかしら。どうしよう!」
(そそそそ、それは親しい男性も僕だけということか? そうだな? いやそうだと言ってくれ!!!)
すんでのところで漏れそうになった心の声をしまうと、何か言いかけたことがパドメにばれて詰め寄られてしまった。苦し紛れに、パドメと出会った頃の自分が言いそうな言葉を必死で口に出す。
「……ぼ、僕も友達がいないから。同じだなって」
「……もう知っているわ?」
いつものおどけた答えを期待して、パドメがじっと見つめてくる。その瞳に吸い込まれそうになって、いやでも吸い込まれてはいけない、悟られてはいけないと必死にこらえていると、パドメが急に目を逸らした。
(耐えたのか……? 今まで通りにできた……か?)
そんな期待も虚しく、なんだか気まずい雰囲気で下校することになってしまったのだった。
玄関に向かう途中のレオンとパドメには、なんとも言えない空気が漂っていた。
この関係を崩したくないのに、出会った頃とは同じ気持ちではいられない。いや、出会った時から心惹かれていたのだから、そもそも手遅れだったか。
そんなことを考えて黙り込んでいると、気が付けば周囲を令嬢軍団に囲まれてしまっていた。
「……!」
思わず硬直するレオン。普段令嬢に接することがほとんどない引っ込み思案のレオンが、よりにもよって高位貴族に取り囲まれたら、びっくり仰天して硬直してしまうのも無理のない話だ。
狼狽して思わず目線を下げた瞬間に、一瞬パドメと目が合った気がしたが、パドメに加勢しようと覚悟を決めたときには、もう彼女は連れ去られたところだった。
そうして話は冒頭に戻る。
その日からパドメに会えない日が続き、やっと木陰で落ち合えたと思ったら、彼女は艶やかな微笑みをたたえ、嬉しそうに「エスメ様」と「ルナビア様」の話をし続けるようになった。
何かから解放されたように軽やかなパドメは、エスメグレーズに融通してもらったという美しいドレスに身を包み――もちろんとても似合っている。素敵だ……――、いかにエスメグレーズとルナビアが素敵か熱心に聞かせてくる。
レオンにとっては腹立たしいことに、ルナビアが颯爽と救いの手を差し伸べてくれたことにとりわけ感動していて、「ルナビア様は聖女だ」と何度も言ってくる。
(あの時はっきり庇っていれば……)
ここまで夢中になる相手が僕だったかもしれないのに。そう思うと悔やんでも悔やみきれない。
しかも話の流れがわからないが、ウイリアム・ローズ・アルバータインが物語の王子様のようで素敵だったと熱を上げているようすなのだ。
最悪なことに、確かにウイリアムは格好いい。いつも冷静沈着で成績優秀、身分も高くて、しかも眉目秀麗ときた。無理だ、無理すぎる。打倒ウイリアムだと拳を振り上げてみたものの、そんな完璧伯爵令息には到底太刀打ちできなくて、心の中で振り上げた拳をどこに降ろせばいいのかすらわからない。
「……てば! ねえ、レオン。聞いている?」
「……!! ご、ごめん」
「もー! ちゃんと聞いていてよ!」
拗ねてぷうと頬を膨らませた姿もこの上なく愛くるしい。レオンはくらくらしながらパドメにもう一度話してと頼んだ。
「だーかーらー! エスメ様が夜会に誘ってくださったのだけれど、参加していいものかしらって話! お父さんにはしばらく社交界には出なくていいんじゃないかって言われているから、迷ってるって話なの!!」
(……これは、誘えということか? いや、ただの相談か? いや、誘うか?)
ハーベルス家の夜会への招待状はレオンにも届いていた。パドメを誘うべきか否かをもはや気分が悪くなりそうなくらいに頭をフル回転させて考えているが、踏ん切りがつかない。
するとパドメが少し機嫌を悪くした様子でふいっと視線を逸らし、木陰からぽんと飛び出すと、またねとだけ言って歩いていく。
「ぱ、パドメ!?」
「もう休憩が終わるでしょう? レオンも教室に戻りなよ?」
怒ってはいないようだが何だかよそよそしくて、ふっと不安に襲われる。
するとパドメが急に振り返り、ひらりと手を振ってからまた歩き去っていく。
混乱の最中にいるレオンには、遠くなる背中に向かって茫然と手を振り返すことしかできなかった。
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