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11.夜会にいきます(ウィルサイドあり)

 ウイリアムが迎えに来たという知らせを受けて、ルナビアはゆっくりと玄関に向かっていた。今日はついに、ハーベルス家で例の夜会が催される。


 ルナビアが身にまとうドレスはウイリアムから贈られたもので、深い紺色のシフォン生地を贅沢に重ね、銀糸で刺繍した薔薇をふんだんにちりばめている。


 このドレスを受け取ったときに、父親がわけ知り顔で「よかったね」と言ってきたのが気になるが、上品で華やかなこのドレスは気に入っている。


「おまたせ。どうかしら」


「すごく似合っていて綺麗だ。着てくれてありがとう。念願のエスコート役だから精いっぱい頑張るよ」


「あ、ありがとう。せいぜい頑張ってちょうだい」


 とろけるような微笑みを向けられて、どんどん身体が火照ってくる。

 今夜のウイリアムはルナビアと同じく紺色に揃えていて、胸ポケットのハンカチやボタンなど、ところどころに銀色が見える。大人っぽくて素敵よと褒めたいところだが、上手く言葉にならなかった。


 ぽっぽと赤くなる頬を見られるのが恥ずかしくなって、苦し紛れにツンと手を差し出した。


 ウイリアムは恭しくその手を取り、そっと口づけをした。それから薔薇の花束を差し出した。


「初めてエスコートする記念に」


「綺麗ね……」


 ここまでお姫様扱いされるのは初めてだった。きっと全身真っ赤だろう。ふわふわとした気持ちで花束を受け取り、ふと思いついて薔薇を一本抜き取った。


 ウイリアムが不思議そうに見つめる中、そっと近づき胸ポケットに薔薇を差し込む。


「お揃いにしましょう。ね」


 ドレスの薔薇を示してそう言うと、耐えられないとばかりにへにょりと微笑んだ。


 ウイリアムにエスコートされて馬車に乗り込み、ハーベルス家に向かった。

 何か話しかけられていた気がするが、ルナビアはふわふわと火照ってそれどころではなく、ウイリアムと目が合って恥じらったり、余裕そうなウイリアムを見て腹を立てたりと内心必死で大忙しだった。


 玄関に着くと真っ先にパドメが目に飛び込んできた。隣にはパドメと同じく優しそうでふんわりした、そしてちょっと気弱そうな男性が立っている。


 ひそひそと話してはふふふと笑い合う様子を微笑ましく見ていると、ぱちりとパドメと目が合った。パドメは嬉しそうに小さく手を振り、隣の男性はぺこりと一礼した。


(へえ、あれが噂のレオン様。お似合いじゃない)


 またねとばかりに小さく手を振り返す。


「よそ見をするなんて妬けるな」


「ちょ、ちょっと! パドメの恋バナに散々出てきた相手なのよ。エスメ様が頑張ってくっつけようとしていて面白かったの。上手くいったみたいで嬉しくなっただけよ」


「散々他の男の話をしていたのか。俺の話をすればいいだろう」


「してるわよ!」


 あ、しまったと思った時にはもう遅く、ウイリアムがにやりとする。


「そうかー。恋バナに俺が出てくるのか」


「そうは言っていないでしょ!」


 周りに聞かれないよう声を潜めていたつもりだったが、いつも冷静沈着で表情を変えないウイリアムとルナビアが、ころころと豊かに表情を変えて話す様子はとても仲睦まじかったという話が社交界を駆け巡ることに、ルナビアはまだ気づいていない。



 ***



 会場に入ると、無数の視線が突き刺さった。

 ルナビアがうっと気圧されているのを感じると、ウイリアムはぎゅっと手を握って励ました。守るよと視線で伝えると、ルナビアはぐっと気合を入れ穏やかで優美な「ルクレシア公爵令嬢」の仮面を取り付けた。


 ルナビアは緊張して気づいていないが、周囲の視線のほどんどが羨望であることにウイリアムは気づいていた。類まれな容姿に月の光のように輝く銀髪。繊細な刺繍を施した上品なドレス。この世のものとは思えない美しさをまとうルナビアに、まるで月の女神のようだという称賛が漏れ聞こえる。


 ルナビアに絶対似合うと思って作らせたドレスだ。美しいに決まっているだろうとウイリアムはほくそ笑む。


 また、一部からはウイリアムとルナビアが婚約間近なのではないかという囁きが聞こえてきた。これこそウイリアムの狙い通りだった。


 クリストヴァルドという重荷から解放されて、日に日に朗らかになっていくルナビアに想いを寄せる貴族令息は多い。ルナビアの父エドモンドの牽制――王家に散々な目に合わされた娘にしばらく言い寄ってくれるなという圧力――のおかげであからさまなアプローチは少ないが、虎視眈々と狙っているのがわかる。


 ここまで待って、奪われてたまるものか。

 幼いころにルナビアに出会ったとき、天使が舞い降りたと思った。

 親友のソルジールが、妹を天使だ女神だと溺愛するのがよくわかる。大人っぽい立ち振る舞いが凛々しいルナビア、その一方で時折年相応にへにょりと困り笑いを浮かべるルナビア。さくさく効率的に進めたがる割に、他人の面倒ごとに手を差し伸べてしまうルナビア。愛おしくてたまらなかった。


 だが、一目ぼれした少女には、まだ母親の腹にいる頃から王太子との婚約――しかも誰にも覆せない王命での婚約――が定められていた。


 苦い思いを押し殺して、せめて傍にいたいとルクレシア公爵家に通い詰めると、あるときぽつりとルナビアが漏らした。


「ウィル、前世の記憶があるって言ったらどうする?」


 ふと閃いたことがあったが、焦る気持ちを押しとどめて優しく話を聞く。

 慎重に、ときに冗談めかしてルナビアの記憶を引き出していくと、彼女が話すことはやはり、アルバータイン家に伝わる転生者の記録に酷似していた。


 代々伝わる歴史書やアルバータイン家が輩出した「救国の転生者」シャルロッテの日記を読み漁り、ルナビアが「救国の転生者」かもしれないという可能性を見出して以来、ウイリアムはずっと婚約破棄を待っていた。


『救国の転生者は皆、婚約者から公衆の面前で断罪され婚約破棄をされる』


 だんだんと疎遠になっていくルナビアとクリストヴァルドを見ても、手助けひとつしなかった。一言物申してやれば、クリストヴァルドだって立場を理解しルナビアに向き合うだろうとわかっていながら、何もしなかった。書物のこの一文を信じて、ドロドロとした感情を抱え生きてきた。


 婚約破棄騒動の日、ウイリアムは歓喜した。


 その少し前からクリストヴァルドと取り巻きたちが騒がしかったのを覚えている。

 サマンサとかいう馬鹿みたいに媚びへつらう男爵令嬢に現を抜かした連中が、あり得ない言い分を鵜呑みにして断罪の手筈を整えていたときには、手を貸してやろうかと思ったくらいだ。


 断罪の会場で、ルナビアは少し震えていた。それでも整然と身の潔白を証明する姿はこの上なく美しかった。おそらく会場中の皆がそう感じていたと思う。


 完膚なきまでに叩きのめされたはずなのに、それでもなおクリストヴァルドたちはルナビアを捕らえて貶めようとした。そうはさせない。


「ルナビア・ルクレシア公爵令嬢は『救国の転生者』だ」


 ウイリアムがそう言い放つと、周囲が大きくどよめいた。この国に生きるものなら皆が知っている。一度断罪された令嬢が、国を救う偉業を成し遂げることを。


 いまだにルクレシア公爵は王家との対話を拒んでいるらしいが、やはり王家もルナビアを「救国の転生者」だと認定したらしい。そう認定されてしまえば、王家が婚約の継続を望んだとしても、「救国の転生者」であるルナビアの意思の方が尊重される。


 これでもう、ルナビアを縛るものは何もない。


 婚約破棄騒動の翌日、いの一番にルクレシア公爵家を訪ねてルナビアとの婚約を願い出たウイリアムに、ルクレシア公爵は「娘の心を得たあかつきには許可しよう」と答えた。

 それからは毎日ひたすらルナビアに愛を伝え続けた。


 今回だって、ウイリアムの瞳の色をした生地にローズ・アルバータイン家を示す薔薇の刺繍を入れてドレスを仕立ててルナビアに贈った。


 アルバータイン家では「独占欲剥き出しか」と若干引かれたが、ルナビアはすんなり身に着けてくれたし、なんなら贈った薔薇をウイリアムの胸元に飾ってくれた。

 ドレスの意味に気づいているかは怪しいところではあるが、ことあるごとに照れて真っ赤になるルナビアもまんざらでもなさそうだ。


 ようやく回ってきたチャンスを、決して逃しはしない。外堀も内堀も埋め尽くしてやろう。


 ウイリアムはダンスホールに入ると、最愛の人に請うた。


「ルナ、今日は俺とだけ踊ってくれないか?」


「そのつもりで来たのだけれど?」

 ルナビアは今更どうしてと不思議そうな表情をする。


 ああ、この女神はいつも何の気なしに、願ってやまない答えをくれる。

 これからは決して辛い思いはさせない。何からだって守って見せる。


 そんな決意を胸に秘め、ルナビアをダンスフロアにいざなった。

わー!! (作者なのに読者並みの感想)


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