10.友達のような
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「ルナビア様ッ!!ご機嫌ようッ!!」
「ル、ルナビア様……おはようございます」
「パドメ! もっとはっきりお話しなさい! ルナビア様が怖いとでもおっしゃるの!?」
「エスメ様、そういうわけでは……」
「エスメ様、『ルナビアは怖くないから安心して。もっと堂々とお話しなさい』とおっしゃった方が素敵だと思いますわ。そしてパドメ。エスメ様の言う通り、そろそろ遠慮せずに話し掛けてくださいな」
ルナビアが優しく取り成す。
エスメグレーズとパドメの騒動から1カ月がたった。
騒動の翌日、エスメグレーズとパドメが揃ってルナビアに面倒を掛けたことを謝罪し――パドメは早速最先端のドレスを着ていた――、それ以降はことあるごとにルナビアに話しかけるようになった。
つまり、2人に完全に懐かれた。
エスメグレーズは何かとパドメの世話を焼いているようで、服装やらマナーやらを教え込み、「ハーベルス侯爵家仕込みの服とマナーを身に着けたのだから、もっと堂々と振る舞いなさい」とパドメをよく励ましていた。
最初は怯えていたパドメも、エスメグレーズの言い方はきついが善意の塊のような行動を前に、だんだんと打ち解けていき、エスメと愛称で呼ぶほど心を許すようになっている。
さらに、あの場を収めたルナビアには物語の中のお姫様のように気高かったと憧れを抱いているらしく、いまだ控えめではあるもののよく近づいてくる。
ルナビアもエスメグレーズも「敬称がつくのに慣れないので、お嫌じゃなければパドメと呼んでくださいませんか?」と恐る恐る、それでいて照れたように頬を染めて頼んできたパドメの愛らしさに無事ノックアウトされた。なんだこの小動物は。
パドメ・キーリッシュの家は男爵であるが、平民であった曾祖父の商才により爵位を得た名ばかり貴族で、それこそ平民と同じような暮らしを続けていた。そのため学園で高位貴族に囲まれると見劣りするマナーに引け目を感じていたという。
さらにパドメの父の代から事業が振るわず、だんだんと服装や持ち物の準備も苦労するようになっていた。どんどんと俯き暗くなっていくパドメに最初に気づいたのが、エスメグレーズ・ローズ・ハーベルスだった。
ハーベルスは帝国との貿易で巨額の利益を得る名実ともに有力な家だ。エスメグレーズ自身も帝国から輸入したての最先端のドレスをまとったファッションリーダーのひとりで、しかも他家の商売の情報にめっぽう聡い。
そういうわけで、パドメの事情をいち早く察し、学園生活を手助けするために有り余る衣服を譲ると申し出たのだ。
「エスメ様のおっしゃることは、よく聞けばいつも優しいですから」
お友達になれて夢みたいと、パドメが嬉しそうに目を細めた。
「よく聞かなくても優しくてよッ!! 聞き取りも鍛えて差し上げましょうか?」
ふんと鼻を鳴らすエスメグレーズ。だが明らかに嬉しそうだ。
うん、ヒロインと悪役令嬢だわ、これ。
身分が低くて自信がなさげな天使と、ツンデレ悪役令嬢が揃ってるじゃん。
私の存在って必要あった?
「パドメみたいな愛らしい子を押しのけてサマンサ様がヒロイン……。世界観がわからない……」
遠い目をしたルナビアが意識を明後日の方向に飛ばしていると、エスメグレーズがぐいっと顔を寄せてきた。
「それで! 我がハーベルス家の夜会の招待状は届きましたの? まだルナビア様に出席のお返事をいただいていないのですけれど?」
「エスメ様、お顔が近いです。招待状はいただいています。まだ出席するかどうか決めかねているのでお返事を出していないのですわ。ごめんなさいね」
「ぜひ! ぜひいらして!」
「私、婚約破棄された訳アリ令嬢ですもの。ちょっと迷ってから決めますね」
お父様にも聞いてみないとと困り顔で返すと、エスメグレーズもぐぬぬと残念そうな表情をしたものの、それ以上強いてはこなかった。
「ではパドメ。あなたは絶対いらしてね」
「わ、私も……。しばらく社交界には参加するなと家族に言われていて」
「え!? どういうことですの?」
パドメは泣きそうな顔をして俯いた。急にそんな顔になるものだから驚いて、ルナビアもエスメグレーズもパドメの肩に手を置いて顔を覗き込んだ。
「私の兄さん、いえ、兄のルーカスが問題を起こしたので、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていなさいと言われていて」
「あー。でもパドメには関わりのないことではなくて?」
「でも言いがかりを付けられたら、うちみたいな男爵家はどうにもできないので。父ができるだけ隠れていようって」
「わかるわ。キーリッシュ男爵の言うことも。完膚なきまでに叩きのめされましたものね。それでもパドメまでとは可哀想だわ」
「私がもっと兄を諫めればよかったんです」
待て、何を言っているか全然わからない。先ほどから全く会話についていけないルナビアは、ねえねえとパドメをつつく。
「待ってちょうだい。あなたのお兄様は何をしたの?」
「「え?」」
「え?」
え? と言われたことにえ? である。
これ本当に言っていいの? という顔をしたエスメグレーズが言いにくそうに
「パドメのお兄様のルーカス・キーリッシュ様は、例の婚約破棄騒動があった夜会で、ルナビア様を王太子殿下やサマンサ・ロックウェル嬢と一緒になって断罪する側にいらしたのですわ。王太子殿下の横にいらっしゃったでしょう?」
と言ってきた。
「え? クリス様とサマンサ様のほかにもいたかしら?」
全く覚えていないのだけどと首を傾げると、本当に言ってる?という顔でパドメが付け加えた。
「うちの兄は同じ低層貴族の男爵だというのでサマンサ様に肩入れしていたようなのですが、あの方の言い分がめちゃくちゃだとわかって大変なことになって。ルナビア様に、いえ、救国の転生者となるお方に大変な無礼をして、このままでは家が潰れてしまうと、父は兄に謹慎を申し付けたんです」
「へえ?」
「念のために申し上げますけれど、ルクレシア公爵家は王家を未だ許していないというお話は有名ですわ」
物凄く怪しみながら――この人何も知らないかもしれないという顔――で、エスメグレーズが教えてくれる。
そういえば、お父様は王家からの使者を追い返し続けていたけれど、世間はそれを王家への怒りが収まっていないと捉えるのか。
「それなのに、王太子殿下たちに加担したキーリッシュ家の私にルナビア様は手を差し伸べてくださって。まるで聖女様、いえ、物語の中のお姫様だとお慕いしているのです」
あんな兄でごめんなさいと、パドメは辛そうに顔をゆがめた。
「あら? すっかり忘れていたけれど、そういえばまだ収拾はついていなかったわね?」
***
「というわけなのよ」
今日も図書館裏のベンチでウイリアムとふたり、昼食のサンドウィッチを頬張る。
もちろん今回もウイリアムの手作りだ。
「夜会いいじゃないか。確か俺のところにも招待状が来ていたはずだ」
「え~。なんで乗り気なのよ」
「だってルナをエスコートできるチャンスじゃないか。これまでクリスにエスコートされていただろう?」
ウイリアムはずずいとルナビアに詰め寄った。懇願するような目で、しかも小首をかしげてルナビアの顔を覗き込み、上目遣いで見上げてくるからたちが悪い。
「うっ。そ、そんなに一緒に行きたいのかしら?」
「もちろん」
即答をするな。
「でも夜会にはあんまりいい思い出がないのよね。クリス様に付き合って何度か踊ったくらいだけれど、最後の方は入場するときにエスコートされるだけで、あとは壁の花だったでしょう? 今回はそれに加えていろいろ噂されるだろうし」
クリストヴァルドと一緒に入場しても、一度ダンスを踊ったきりで帰る時間まで放置された思い出しかない。
サマンサに出会った後のクリストヴァルドはもっとひどくて、ルナビアをエスコートして入場すると、とっととサマンサのところに行ってダンスを踊り、その日はもう戻ってくることはなかった。
心配したウイリアムがずっとそばにいてくれることもあったが、気まずいことに変わりはなかった。
「じゃあいい思い出に塗り替えよう。絶対に守るから」
「うーん」
「俺のことが信用できないか? それに、夜会でそのキーリッシュ家の令嬢とは親しいとアピールしておけば、彼女の助けになるんじゃなか?」
「それもそうねえ。知らないところでパドメが困っているのも申し訳ないし。なにより、ウィルと一緒なら大丈夫ね」
何気なくそうと言うと、嬉しそうにウイリアムが笑った。
教室に戻ると、ルナビアはエスメグレーズとパドメに夜会に出ると伝えた。
「本当ですか!!! 嬉しいですわッ!!!」
「パドメも会場でフォローしますから、どうか安心して参加してちょうだい」
「ルナビア様もそうおっしゃっているのだから、パドメも来なさいね! 私もお母様に、新しいお友達を紹介してと言われていますのよ! 遠慮せずに参加なさい」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
「で、パドメは誰と参加したいの? エスコートしてくださる方にあてはあるのかしら?」
「ええっ! な、ないですあてなんて」
パドメがおどおどと手を振って否定する。
「あら? パドメが最近よくお話をしているレオン様はどうかしら?」
「そそそ、そんなんじゃ」
「あら、その話は知りたいわ。教えてちょうだいエスメ様」
きゃあきゃあと恋バナをするのはいつぶりだろう。きっと転生してからは初めてじゃないだろうか。なんだか懐かしい気分になって、珍しくはしゃぐルナビアだった。
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