第8話 大物に好かれたい訳じゃないのになぜこうなる?
「闇ヒーラーのゼノスだな。オーク族の首領、レーヴェ様がお呼びだ」
ワーウルフのリンガ達がやってきてから五日後。
昼下がりに現れたのは、豚と猪を混ぜたような顔の男だった。
「やっぱりそう来るかぁ……」
「ゼノス、なにがやっぱりなの?」
「リザードマン、ワーウルフと来れば、次はオークってわけだ」
きょとんとするリリに、ゼノスは軽いため息をついて言った。
これで貧民街を支配する亜人の三大勢力全てと関わりを持ったことになる。
しかも、オーク族首領のレーヴェと言えば、魔石採掘で財をなした大物だ。
別に有名人に関わりたいわけではないのに。
「ちなみに、まともな奴なんだろうな?」
「愚弄するかっ。レーヴェ様は聡明かつ崇高なる威厳に満ち満ちたお方であるぞっ」
使いのオークが怒り出す。
「だったらいいが……」
なんせ、リザードマンのゾフィアは毎日豪華な贈り物を届けてくるし、ワーウルフのリンガは建物に傷をつけた詫びと言って勝手に隣に荘厳な宮殿を作ろうとする(勿論、断った)。闇営業だから目立つのは駄目だと何度も言ってるのに、あいつら全く聞く耳を持たないのだ。
レーヴェがまともだと聞いてとりあえず安心した。
「ところで、どうして本人がこないんだ?」
「笑止。ここにはリザードマンとワーウルフが出入りしているそうじゃないか。敵対勢力の中に、むざむざレーヴェ様をお連れできると思っているのか」
「あんたらの対立は、俺には関係ないんだがなぁ」
ゼノスは溜め息をついた後、ふと真面目な顔つきになった。
「……重症なのか?」
「動けない状態だ」
「それを先に言え」
自分で動けない患者なら、往診もやむなしだ。
リリとカーミラに留守を任せ、ゼノスは治療院を後にすることにした。
「この奥だ」
その後、ゼノスは貧民街の一角に連れて行かれた。
背後に岩山がそびえ立ち、岩盤をくり抜いた洞窟が幾つも並んでいる。魔石の採掘場と、住居を兼ねたオークの根城だ。オークの縄張りに不用意に近づく者などいないので、貧民街に住んでいた時には足を踏み入れたことはなかった。
「レーヴェ様、闇ヒーラーのゼノスを連れてきました」
「よく来たな。我がレーヴェだ」
奥の玉座に座る女が、よく通る声で言った。
思ったより若い。女にしては大柄で、栗色の髪に、燃えるような赤い瞳が印象的だ。
しかし、口元の鋭い牙は確かにオークのものだった。
剛腕のレーヴェ。さすがに大物らしく、かなりの威圧感がある。
周囲に控えた大勢の部下達が、こちらを値踏みするような視線を送ってきた。
「あんたがレーヴェか。俺のことをどこで知った?」
「どこもなにも、おぬしは貧民街の裏社会では有名人だ」
「え、そうなの……?」
「リザードマンとワーウルフが、超すごいヒーラーがいるんだぜぇ、目立ったら駄目だから教えねえけどなぁ。と言いふらしているぞ。だから、気になって調べた」
「あいつらぁぁ……!」
結局、目立ってるじゃねえかぁぁ!
実態は無ライセンスのしがない闇ヒーラーなのに。
「おぬしは、金さえ払えば、それに見合った治療を提供すると聞いている」
「ただ働きは勘弁なんでね」
「我は今動けずに困っているのだ。おぬしに理由がわかるか?」
どうやら、試されているらしい。
ゼノスはやれやれと肩をすくめ、レーヴェに手をかざした。
「<診断>」
白い線状の光が、レーヴェの頭から肩までを通り抜ける。
「何をしている?」
「外傷はなさそうだから、体の中をチェックしている」
「そんな治癒師、聞いたことがないぞ」
「え、逆に体の中もわからず、みんなどうやって治癒するんだ?」
外傷なら見たまま治せばいいが、体内はそうもいかない。
まさか普通の治癒師はそんな必要もなく治癒できるのか。
くっ、さすがライセンス持ちは違う。
悔しいが、無ライセンスの自分はこうするしかないのだ。
なぜかあっけにとられた様子のレーヴェをよそに、ゼノスはスキャンを続ける。
「腹の中に硬い塊があるな。これは魔石か?」
「素晴らしいな、その通りだ。我の腹には、魔石がある。それも特大威力の【爆発】のな」
魔石とは魔素の結晶で、これを使えば魔法と似た効果が得られる。
中でも【爆発】は攻撃用魔石の最上位だ。
そんなものが腹の中にあるとは、穏やかではない。
「まさか、誰かに盛られたのか?」
「いや、握り飯と間違えて食べてしまった」
「馬鹿なの?」
「こう見えて、我は食いしん坊なのだ」
「知らんわっ!」
なにが、聡明かつ崇高なる威厳に満ち満ちたお方だ。
疾風のゾフィア。暴君のリンガ。剛腕のレーヴェ。
貧民街にいた時は影すら踏めない相手だったが、全員ただの変人じゃねえか。
真面目に聞いて損した。
「あほらしい。ほっとけばそのうち下から出てくる」
「そうもいかん。食べた時に、外殻の一部を噛み砕いてしまったからな。爆発までそれほど時間がない。しかも、迂闊に刺激を与えても爆発する」
「なるほど。だから、動けないわけか」
レーヴェは頷いて、真剣な表情で続けた。
「困ったのは、部下達が我のそばを離れないのだ。爆発するとこいつらを巻き込んでしまう。しかし、言ってもきかないし、追い払おうにも我は動けない」
「首領、死ぬ時は一緒です。俺達がお供します!」
オーク達は、レーヴェのまわりから動こうとしない。
握り飯と間違って【爆発】の魔石を食べたイタイ首領のくせに、人望はあるようだ。
「で、俺にどうしろと?」
「おぬしに我らの財産を寄付したいのだよ」
レーヴェは思わぬことを口にした。
「これが爆発すると、我らは死ぬだろう。街のオーク族は今日で終わりだ。その前に、我らの財を役立ててくれる相手に譲っておきたい」
「俺は初めて会ったばかりだぞ。そんな相手にどうして?」
「どうせ同族以外に信頼できる相手はおらん。おぬしは中立の立場だし、結構な対価を要求する割に、子供はただで診るらしいじゃないか。我は子供好きだからな」
レーヴェは宝物庫の鍵を指で弾いてゼノスによこした。
「我らレーヴェ様の配下、あの世までついていきます!!」
部下のオーク達は感極まって泣いている。
「……そのままじっとしていろ。舌かむなよ」
ゼノスは人差し指を立てた。
「<執刀>」
指先に魔力が集まり、白く光る刃物の形になる。
そして、いきなりレーヴェの体に切っ先を突き立てた。
「レーヴェ様ぁぁっ!」
「貴様ぁ、何をするっ!」
取り巻きの部下達が、襲いかかってきたが、ゼノスが掲げた手を見て動きを止めた。
そこには、赤く点滅する魔石があった。
レーヴェが腹を押さえて、まばたきをする。
「い、今何をした?」
「別に。腹を切って魔石を取り出した。で、傷を完全に塞いだ」
「あの刃物のようなやつはーー」
「体内治療用に魔法で作ったナイフだよ。なんでも切れるし、清潔だし、自動回復で痛みもないし、出し入れ自由だから便利なんだ」
「そ、そんなことが……」
「無ライセンスだから、この程度しかできないがな」
そこでレーヴェは気づいたように叫んだ。
「だ、だが、刺激を与えたら爆発するぞっ」
「そうだったな」
ゼノスは魔石を両手に包み込んだ。
直後――、ボグァァァンッ、と巨大な爆発音が手の中で鳴り響き、岩山が揺れた。
小さな瓦礫が、頭上からぱらぱらと降ってくる。
「む、無傷だと……?」
「手の平を防護魔法で覆った。でもちょっと痛かったから、回復させた。はい、終わり。感動的なシーンを中断して悪いが、この程度で呼びつけられても困る。宝物庫の鍵は返しておくぞ」
「なんという奴だ……」
レーヴェは感嘆した様子でつぶやいた。
「しかし、黙っていれば、我らの財が手に入ったものを」
「言っただろ。俺は労力に見合う対価を要求する。この程度の労力じゃ、あんたらの財産には見合わない」
「はっ。はははははっ」
オーク族の首領は、手を叩いて大笑いした。
「気に入ったぞ、闇ヒーラーのゼノスっ! おぬしはオーク族の恩人だ。おぬしの身に何かあれば、我らはいつでも馳せ参じよう」
「いや、むしろ来ないで欲しい」
「ははは、謙遜するな。なんなら我ら全員で、おぬしの治療院を一日中警備してもいい」
「それは、まじでやめろぉぉ!」
なぜだ。目立ちたくないと言っているのに、また厄介な奴が増えた……!
「しかし、安心したら、腹が減ったな。ゼノス、握り飯でも一緒にどうだ?」
「握り飯だけはやめとけ? 次は絶対助けないからな?」
こうして、ゼノスは想いとは裏腹に、裏社会の有力者達に次々となつかれていくのであった。
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